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杮の館の殺人 【ショートショート】

「とんでもねぇ館だな」
 警部はボリボリと柿の種をかみ砕いた。
 現場となった建物は杮の館。上から見ると「杮」の字の形をした異形の館なのだ。フォントは不明だが、トメ・ハネ・ハライまで忠実に作られている。
 部下の刑事が首をかしげる。
「どうして柿なんでしょう。名産地でもないのに」
「さあな。隣のコンサートホールの完成に合わせて作られたって話は聞いたことがあるが」
「それと何の関係が?」
 〈木へん〉のフロアにいた二人は、一度外に出て敷地内を歩き、〈なべぶた〉のフロアに入った。漢字を見てわかるように、〈木へん〉と〈なべぶた〉は分かれている。
 被害者は〈なべぶた〉の長い廊下で倒れていた。縦棒と横棒の交点、という方が正しいだろうか。明らかに他殺だった。
「容疑者は二人か」
 当時、館の中にいたのは二人だけ。一人は木元。〈木へん〉のハライの部屋で本を読んでいたという。もう一人は巾田。〈巾〉のハネの部屋でスマホを見ていたらしい。
「どちらかが犯人だな」
「しかし警部。敷地内の監視カメラから、二人とも一度も建物の外に出ていないことが確認されています」
 警部は眉をひそめた。
「なら、二人とも〈なべぶた〉にはやって来れねぇな」
「そうなりますね」
「だったら外部犯だ」
 所轄の刑事が申し訳なさそうに言った。
「それが、ちょうど敷地の外で道路工事をやっていまして。誰も敷地を出入りしていません」
 警部は目を剥いた。
「誰にも犯行は不可能じゃねぇか」
 警部はじっと考え込んだ。他殺なのは間違いない。犯人は存在するのだ。
 腕を組んでいた警部は、袖元に木くずがついているのに気づいた。ここへ来るまでのどこかで付いたのだろうか。この館とは関係のないものだ。
 その時、警部はひらめいた。
「いや、やっぱり犯人はあいつだ」

  ※※※以下、解決編※※※
 
「警部、このショートショートのタイトルを見てください! これは柿(かき)の館じゃありません。杮(こけら)の館です」
「やっぱりか」
 警部は頷いた。柿(かき)の字は〈なべぶた〉と〈巾〉が分かれているが、杮(こけら)の字は縦棒が一貫している。
「コンサートホールの完成はこけら落とし。袖に付いた木くずはこけらだ」
「なんですかそれ」
「細かいことはいい。ここは杮(こけら)の館だったってわけだ」
 警部は現場となった〈なべぶた〉の廊下から、〈巾〉に通じるはずの壁を見た。一歩下がり、勢いを付けて肩越しにぶつかる。
 軽い手応えがして、壁はバラバラと砕け散った。その向こうには、〈巾〉のフロアが続いていた。
「犯行の後、犯人はこの壁を工作したってぇわけだ。これなら建物の外に出なくても犯行は可能だ」
 警部は告げた。
「犯人は巾田だ」
 
  

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