向日葵が眩しすぎたから【ショートショート】
容赦なく照りつける日差しが、夏の訪れを知らせていた。
一体どうして、こんなに暑くて明るくて眩しいのだろう。
昨夜は、正彦の実家に泊まった。
ちょっと怪しい職場の研修で正彦と出会ったのは、ちょうど半年前。
名簿を見ながら上から順番に電話をかけて、旅行に安く行けたりレジャーに特別なオプションがついたり、あれもこれも良いことだらけで、人生が今よりずっと楽しくなる英会話教材を数十万円で買いませんか?と言う練習をする毎日。初めは十数人いた同日入社の仲間が、日を追うごとに1人辞め2人辞めして、3週間後に残っていたのは正彦と私だけだった。
そしてその私たちも、練習ではなく実際に電話をかけ、自分たちとほぼ同年代の相手に「それじゃあ○月□日に△▽ホテルのロビーで。詳しくはその時に」とアポイントを取りつける所まで行った時に、さすがにこれはやばいよねとなり、一緒に上司へ「辞めます」と外から電話。3週間分のお給料は消えたけど、これで良かったんだよね?と確認し合う頃には、何となく付き合うことになっていた。
正彦は、顔がとにかくカッコよかった。ただ「本来なら、俺はこんな所にいる人間じゃない」とか「学校は大したとこ出てないけど、本当の意味で頭がいいってそういうことじゃない」とか、自分でそれ言っちゃったらカッコ悪いよと思うようなことを平気で言った。でもそれは2人でいる時だけ。他の人のいる前では決してそんなこと言わなかったから、それだけ私に甘えてるんだって思った。
そのすぐ後に、私は小さな会社に就職を決めた。お給料は高くはないけど、安心して仕事の出来る地味で堅実な会社の事務。一方、正彦はあれこれ理由をつけては、次の仕事をなかなか決めなかった。だから、2人で外食をしたり買い物をしたりする時に、払うのは当然いつも私だった。
ある日、先輩に借りた車をぶつけてしまって修理代が必要だと言われて、10万円を正彦に貸した。このあたりから、そろそろこの付き合いを客観的に見た方が良いと思う自分と、まだ見たくない離れたくないと思う自分がせめぎ合うようになっていた。
一方で、正彦は私を何度か自分の実家へ連れていった。実家は、高速バスで片道1時間半くらいかかる隣の隣の隣の市。すぐ近くとは言えないし、まだ二十歳そこそこの私たちは、と言うか少なくても私は、結婚とか全然考えられないでいるのに、やたらと実家へ連れて行きたがる正彦はちょっと謎だった。
正彦の家族は、ごく自然に私を受け入れた。話好きでお洒落なお父さんと、どちらかと言えば物静かなお母さん。正彦にあまり似ていない優しいお姉さんとお兄さん。構えるでもなく無視するでもなく、初めから私を家族の一員みたいに受け入れて、食卓で一緒にご飯を食べたり、リビングで皆でテレビを観たりした。いつも土曜の午後に行き、一晩泊まって日曜に帰るパターンだった。
人と喧嘩をすることをあまり好まない私だけど、正彦とはしょっちゅう喧嘩になった。
そして昨夜も、実家の2階にある正彦の部屋で、小さなことから始まった言い争い。延々と長引いて、いつまでも終わらないように感じた私は、ずっと喉元で留めていた言葉を、遂に言い放ってしまう。
「私たち、もう無理だよ。別れよう。」
正彦は、それまであんなに喋りまくっていたのに、その瞬間からぴたりと口をつぐんだ。
夜明け近くになって、正彦はやっと一言だけ呟いた。「皆がっかりするから、明日帰るまで、家族の前では普通にしてて」。
わかってるよ。そんなこと言われなくてもわかってる。私だって、この家にもう来ることが無いことや、ここの人たちにもう2度と会えないことを思うと、そのことは寂しい。ものすごく寂しいよ。
ただもうこれ以上言い合いたくはないから、一言「うん」と言って頷いた。正彦は、ちょっと泣いてるみたいだった。
そして今日、お昼前に正彦の実家を出て、ついさっき自分の最寄り駅に降り立った。
目の前にあるのは、いつも見慣れた、変わり映えしない近所の公園。普段はちっとも意識してなかったけど、ここって、こんなに向日葵が咲いていたんだね。
見てるつもりで見えてなかったもの、わかってるつもりでわかっていなかったものが、ずしりと私にのしかかる。
私は正彦のことが、本当に好きだった。
それにしても、どうしてこんなに暑いんだろう。それに向日葵が眩しすぎる。
汗ばんでいるのか泣いているのか自分でもよくわからないまま、濡れた頬を手でそっと拭った。
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以上、yuca.さんの「お花見note✳2021夏」の参加作品です。