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天色ストーリー⑥❨雲は流れて❩【連載小説】
美彌子の勤務先では、欠員の補填や引き継ぎ業務の都合から、退職の希望は2か月前に申し出るのが慣例となっている。
秋以降、再びむくむくと湧き上がる進学への渇望を抑えられなくなった美彌子は、考えに考えたのち、翌3月末をもっての退職の意志を年末に上司へ伝えた。
温かく迎え、また時には厳しく育ててもらった職場には、心から感謝しかなかった。それなのにこんなにも早い退職は不義理でしかなかったが、だからこそ早めの申し出が、せめてもの誠意だと思った。
上司からの引き留めも母の落胆も、すべては辛くも想定通り。だけど今回は美彌子も引かなかった。
一方で、学力の低下は火を見るより明らかで、合格が極めて遠いこともまた事実だった。
すべり止めの私大受験も考えたが、美彌子が1年間必死に貯めたお金では、初年度の納付金合計額にも満たない。やはり国立大一択しか道はなかった。
やがて3月に入り、美彌子は1年ぶりにして2度目の不合格を味わう。
更には今月末での退職も確定している。
母は、ほら見ろとばかりに退職をなじり、「そこまで進学にこだわるのは理解出来ない」と、もはや独り言のように繰り返した。
もしその理由を言うならば、1つはシンプルに学びたかった。
世界史が好きだった美彌子は、史学をもっともっと勉強したかった。
もう1つは、親しい友人の誰もが当たり前のように経験している大学生活を、自分だけ経験できずにいる現状を何かのせいにしたくなかった。それこそ第1志望の国立大がダメで、それでも私大で楽しげな日々を送る友人達。
自分との差は何だったのかと、その根本を探らず明らかにせず生きていくとするなら、違いを自分で埋める以外に道はないのだ。
3月も下旬に差しかかった頃、美彌子は市内のとある専門学校の存在を知る。ホームページによれば、いくつか擁する学科のうち観光学科では、様々な地域の地理と歴史、英語を学べると書かれている。
自分の希望にかなり近いと感じた美彌子は、早速学校へ問い合わせてみた。すると、今年度の最終追加募集中で、すぐに願書を提出すれば数日後の試験に間に合うと言う。
あれよあれよという間に事が運び、気付けばそこから半月後には、その専門学校の新入生として、美彌子の新しい春がスタートを切った。
大学ではないが、学べるならもうそれで良い。その時は心からそう思った。
入学して間もなく気がついたのは、そこへ通う学生や、また一部の教諭は、それまでに美彌子が近しく接した人達とは大いに違う人達であること。
3月末近くまで新入生の募集をし、授業料は市内の他校に比べて良心的。つまり、極めて門戸の広い学校に集まってきている人々なのだから、極端に言うなら、ちょっとした人種の坩堝。もっと言えば、美彌子が高校でも会社でもまるで接点の無かった、気合の入ったヤンキー系学生が大多数だった。
観光学科1年の同級生は約40人。
そのうち女子はわずか5人で、美彌子を除く4人が気合いさん。
美彌子は、そのうちヤキを入れられるか又はリンチにでもあうのではないかと、暫くはドキドキしながら通うことになった。
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