サンドイッチ❨深夜編❩【ショートショート】
時計の針がてっぺんに揃う頃、ホテルの部屋で彼と2人、見るともなくテレビを見ていた。
画面から流れてきたのは、地元ローカル局制作の街ぶらロケ番組。時々見かけるお笑い芸人が、最近オープンしたばかりのお洒落なベーカリーの紹介をしていた。
「カミさんが、家でパン焼くんだよね。だからパン屋って暫く行ってないな」
彼がふと漏らした「カミさん」が、あまりに自然で優しすぎたから、まるで小骨のように細く尖った何かが、私の喉へと突き刺さる。
「それなら坊ちゃん達は、お母さん手作りの焼き立てパンをおやつに食べられるんだね」
「うん。まあ、そうだね」
出来るだけ明るく尋ねたつもりの私と、出来るだけ素っ気なく応えたつもりの彼。
だけどその瞬間から彼の頭の中には、自宅の穏やかで暖かなリビングが、一気に広がり始めるのがわかる。
「だったら家族でピクニックに行く時は、手作りパンのサンドイッチを持っていくの?」
「そんな時もあるね」
「いいね。美味しそう」
「でもまあ、そんなにたいしたもんじゃないよ。素人のパンなんてさ」
それは、つまり謙遜?
謙遜していいのは、そのパンを作った本人だけのはず。それとも夫婦は一心同体だから、妻に成り代わりましての謙遜ってこと?
帰りのタクシーに乗り込んでからも、私に突き刺さった細く鋭いその棘は、奥へ奥へと入り込んで、どうにも抜くことが出来なかった。
そしてその夜から一週間後、私は彼に別れを告げた。
本当は私も料理が好きで、お菓子も作るしパンだって焼く。
なのに「苦手で全然作れない」って最後まで偽り続けたのは、その困り顔に気づかないフリして「ご飯食べにどこか行きたい」って、無邪気に提案したいから。ホテルと私の部屋以外に、どこでも良いから2人で出かけられる、さり気ない口実が欲しかった。
出会う順番が違っていたらとか、考えたところで何かが変わるわけじゃない。
彼の知らない、私の作るサンドイッチ。
「たいしたもんじゃない」って謙遜するのは、少なくても彼ではなかった。