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来られて良かった海

海に寄るなんて一言も言ってなかったのに。
その日、日曜日の家族ドライブの最後に、不意に海岸へと車を走らせた夫。

事前に言ってくれてたら、それなりの持ち物を準備してきたのにと、少し不満に思いながらもとりあえず車から降りた。まもなく1歳になる息子を抱きかかえ、その3つ上の娘に「靴下と靴は脱いで、車に置いて降りてね」と声をかける。

お盆を少し過ぎた季節のことで、夕暮れ間近の時間帯だから、砂浜は少しも熱くないらしく、さらさらと砂が足の指に纏わりつくのがひたすら楽しい様子の娘。息子を抱いたままの私は波打ち際より少し手前で立ち止まったけれど、夫と娘は手を繋いで、くるぶしの浸かるくらいまで海へ入っていった。

さほど波の高い日ではなかったものの、それでも時折ざざあっと打ち寄せる。
「ワンピースの裾が濡れないように、波が来たら手でこうやって少し上にあげてね」。自分のスカートを片手でつまんで見せながら娘に声をかけると、「わかった」と、満面の笑み。
その楽しくてしょうがないという笑い顔に、私は初めてハッとする。前に娘を海へ連れて来たのは、ちょうど今抱いている息子と同じくらいの頃。その時のことなど、当然ほとんど覚えていないだろうから、娘にとっては、今日がほぼ初めての海なのだ。
「何で今更、海?汚れるし、帰宅が遅くなるし、何で?」と、さっきまで自分の中で燻っていた不満が、一気に洗い流される気がした。

そんなことを考えていたら、あっと思う間に、ここ1番の大きな波が父娘を襲撃。娘のワンピースは、お腹の辺りまでびしょ濡れになってしまった。その瞬間、裾を持っていた手を離していたらしい娘。「そのせいでこんなに濡れてしまった」と思ったのか、やや気まずそうな顔をして、びしょ濡れの裾を持ち上げて私を見る。濡れてから持ち上げたって遅いからねって、思わず吹き出しそうだったけど、「大丈夫だよ。もう真っ直ぐおうちに帰るだけだから。パンツは脱いで、服は車にあるタオルで拭けるだけ拭いて帰ろう」と声をかけた。

「うん」と、弾む笑顔の娘。
やっぱり今日、海へ来られて良かった。


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もう20年ほど前のことなのに、今も何となく忘れられずにいる海での思い出。
ささやかな家族の時間を、懐かしみつつ書いてみました。

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律子
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