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ラッキーな1年生【ショートショート/絵から小説】

もうずっと前から、演劇部の強豪として地元では名の通った高校だったけど、私達が入学したあの年は、特に入部希望者が多かったよね。

9月中旬に地区大会、それに勝てば11月に全道大会、そしてそこで勝ち抜けば、翌年の夏休みに開催される全国大会へ出場できるっていう、年度をまたぐ高校演劇の謎システム。だけどそのお陰で、私達は4月に入部した時から、数か月後の全国出場が約束されてるラッキーな1年生だった。

でもラッキーなんて思えたのは、本当に初めの数日間だけ。最低5km、日によっては10kmのランニングから入って、果てしなく長い柔軟運動と声出し。連日の厳しい基礎練習と身体作りに「演劇やるつもりで入部したのに」って、ボヤく同期も少なくなかった。え?私もボヤいてた?それを言うならあなたもじゃない。 

それでも毎日とにかく必死にやってたら、4月下旬のキャスト発表で、あなたも私も選ばれた。そもそも、前年の全道で勝ち上がった時のメインキャストは卒業しちゃった先輩達。その上、受験を理由に一気に辞めてしまって3年生はたった1人、たまたま入部の少ない年だったとかで2年生も5人、そして右も左もわからない私達1年生がわちゃわちゃしてる状況で全国に参戦っていうんだから、顧問の先生方は相当焦っていたと思う。

上位入賞なんて夢のまた夢だけど、せめて「ナニこれ?」って皆から笑われないくらいの舞台を作り上げようと、私達は頑張った。私達なりには相当頑張った。

そしたら、夢のまた夢の、そのまた夢が起きたよね。大会最終日の発表で、最優秀校として名前を呼ばれたのは、正真正銘うちの学校。キャストの半分以上が1年生の私達の学校が優勝だなんて全国1位だなんて、本当に嘘かと思った。信じられなかった。

先生方や同行した大学生の先輩達は、目を真っ赤にして喜んでいたっけね。
だけど舞台の上で、作品の中で、目一杯笑って目一杯泣いた後だったから、私達はもう誰も泣かなかったね。ただただびっくりして、ひたすらキョトンとしてた。

懐かしいね。
色々辛かったけど、それより楽しかった。
だってあの夏、夢のまた夢の、そのまた夢を一緒に見られたんだもの。

この先も時には厳しいこととか悲しいこととか色々あるかもしれない。だけど相当頑張ったら何とかなるって知ることが出来たから、考えたらやっぱり私達、ラッキーな1年生だったのかもしれないね。



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以上、清世さんの「絵から小説」企画に参加させて頂きました。

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律子
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