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刺したのは私【ショートショート/夏ピリカグランプリ】
ただの気のせいだなんて、どうしたって思えない。
バス停からずっと誰かに後を尾けられている気がしてならない。
こちらが少し速く進めば足音もそれに続き、緩めるとそれに倣う。思い切って止まり、後ろを振り返る勇気などあるはずもなく、かと言って急に猛ダッシュでもしようものなら、それをきっかけに最悪の事態にならないとも限らない。
少し遠回りにはなるけれど、これはもうあそこを通るしかないと思い立つ。
そもそもあの場所は、本当はあまり好きではない。人と人がぎりぎりすれ違えるくらいの狭いトンネルみたいな形で、ざっと見たところ50〜60メートルにわたる長い長い通路。骨組み以外は半透明の壁で覆われて、防犯のためなのか外から中がほぼ丸見え。中から外も見通せるのに、それでも何だか窮屈で息苦しい。
でも家までは、少なくても残りあと400メートル。このまま怯えながらひたすら真っ直ぐ帰るより、あのトンネル通路の入り口に設置されている防犯用ミラーで後ろを確認できるなら、その方がいい。絶対に。
だけどもしも、そのミラーに映るのが、それはそれは柔和な面持ちの優しいお父さんみたいな人だったら?それならこちらも気を利かせて、彼が温かな家庭へと早く帰り着けるように、さりげなく道を譲ってあげる。
もしもキラキラの恋に胸を焦がす若く美しい女の子だったなら、大切な彼氏の元へと急げるように、邪魔はせず無言のエールで見送ってあげる。
もしもすべてに疲れきり、もう何もかもが辛く淋しくやるせなくて、ただただ虚ろな目をした人がそこにいるのなら、私が優しく手を差し伸べて、たった1人の友達になってあげる。
ああだからどうか。後ろの誰かが、恐ろしい凶器など持っていませんように。想像するのさえ悍ましいことを、ひっそり考えたりしていませんように。
もう間もなくミラーへたどり着くというその時に、後ろの誰かが小さな声で話し始める。
「ああ、俺。うん、あともう5分くらいで着く」
携帯電話?
相手は誰だろう。
「うん。それがさ、さっきからずっと俺のすぐ前に飛んでるんだよ、蜂が。そう、蜂。わざとゆっくり歩いたり追い抜かそうとしても、ちっともいなくならなくてさ。マジでうざい。消えてくれないかな。
あっ、いてっ。やばい、刺された。うわあ最悪だ」
気がつけば、違う道へ行ったのだろうか。後ろの誰かの姿はいつの間にか消えて、今このミラーに映るのは、あまりに小さな私だけ。
淋しいあなたのたった1人の友達に、
なってあげようと思ったのに。
(1030字)
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2022年の「夏ピリカグランプリ」へ応募させて頂く作品です。
今回は、今まであまり書いたことのないようなものにチャレンジしたいと思い、自分なりに迷いながら悩みながら、そして楽しみながら書きました。
素敵な企画に参加させて頂いて、今回もどうもありがとうございました。
(2022/7/16追記)
光栄にも、染葉ゆか賞を頂きました。
どうもありがとうございました。
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