乳歯のまま大人になった私たち ④
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たとえば、まだ残っている乳歯がこれからも抜けていく将来を考えたとき、数少ない永久歯を土台にブリッジをして、私は本当に後悔しないだろうか?
そんなわけで、治療を終えてから数日間、私はめちゃくちゃにブリッジについて検索していた。あるいはまた『歯が抜けたら』といったようなキーワードで検索していた。
ここで一つ補足しておきたいのだが、それは、私には歯に関する知識が『本当に』ない、ということだ。何せ今までひたすら目を背け続けてきた事柄である。
したがって、私がネットを検索することによっていろいろと調べた知識に関しては、まったくの素人が、ただただネットの海に広がる嘘とも本当ともつかない情報を集めただけにすぎない、ということだ。
たとえば、左下の歯は、遠い昔に一番最初に抜いた乳歯の一本目である。
抜けた歯について検索した結果、その隣の歯は倒れていくのだといった内容の様々なページがヒットする。なるほど、であれば、私の一番最初に抜いた歯の両隣の歯は、かなり傾いてきているのではないだろうか。
次にブリッジについて検索した結果、前述のような場合でのブリッジでは、倒れた歯を起こしてからブリッジする、というようなページがぱらぱらとヒットする。
となると、B歯科医院では、私のこの一番古い左下を次回ブリッジすると言っていたが、果たしてそのときに瞬時に歯を起こせたりするものなのだろうか、あるいは起こさないままブリッジをするということなのだろうか……。
何が正しいのか、なんにも分からないのである。
それでも、私にはひとつだけ分かっていることがあった。
それは、『私はB歯科医院において、先生に、この疑問をぶつけることはできない』ということだ。
なぜなら、怖くて厳しそうだったからだ。静かな迫力があった。有無を言わさない空気があった。少なくとも私にはそう感じられた。
いずれにしても、決心はつかない、そう思った。
私は、キャンセルの電話をした。
あるいは、左下に関しては悩まずささっと治療してもらえればよかったのかもしれない。あるいはまた、私が診療台の上で、さあ治療するぞ、といった先生を前にして「ブリッジする前に教えてください!」と元気よく疑問点を質問できる人間であればよかったかもしれない。そうすれば疑問はすっきりと解消され、治療を受けられたかもしれない。
しかし、疑問点が解消しなかった場合、元気よく「すみません、ではブリッジはしません!」と言えただろうかと思うと、そんな気は全くしなかった。
私はあの優しいA先生からも逃亡を図るような人間である。いわんやB先生をや、である。
そして私はB歯科医院からもまたもや逃亡したのであった……。
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それにしてもこのキャンセルはギリギリまで迷ってしまった為、本当ご迷惑をおかけしてしまったと思う。直接謝罪することのできないこの弱虫の心を許してほしい。許してほしいとかいうのもおこがましい。それでもずっと心に引っかかっているので、届くことはないと思うけれど、この場を借りてお詫び申しあげたい。誠に申し訳ございませんでした。
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さて、私は三本目の乳歯を失って、またスタート地点に戻ってきてしまった。いや、なんならこれが本当のスタート地点なのかもしれない。
こんなにも長い間抱え続けてきた問題を、私はあまりにも気楽に考えすぎていたのだ。すなわち、歯医者探しである。
あらためて先天性欠如歯についての検索を再開し(※このときもまだ私は『先天性欠如歯』というワードを知らないでいた)、そして少し距離を延ばして歯医者をネットで検索することにした。
あまりに長いあいだ目を背け続けてきた為に、私は私の抱える問題について、どこに何をどんな風に訴え相談すればいいのかが、本当に分からなかった。暗闇でさらに目隠しをしているようなものだ。手探りにもほどがある。
しかし、B歯科医院の先生に診てもらったおかげで、あまりにも巨大でぼんやりとした自分の不安がどこにあり、何を望んでいるか、ということが、本当にかすかながら分かるところがあったような気がしていた。暗闇の中で目隠しくらいは外せたかもしれない。
結局、左下に関しては、ブリッジでいいとも思っていた。Bの先生がおっしゃったように、治療の後がある歯と全くの健康な歯を削るのでは事情が異なるようだったし、なくなった歯をすべてインプラントにした場合、費用がどれくらい跳ね上がるのか正直考えたくなかった。しかもまだ抜けるのだ。怖い、怖すぎる。
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このあたりで、noteの『良い歯医者を見つける唯一の方法』という記事に行き当たったと思う、これは大変参考にさせていただいた。届くことはないと思うけれど、この場を借りてお礼申しあげたい。誠にありがとうございました。
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そんなわけで、ほどなくして私は、ホームページにブリッジに関して詳しく記載している歯医者を見つけた。職場から遠くないC歯科医院である。
納得できる内容だと思えたし、歯をなくした人へ、といったようなページもあり、今失っている歯をどうするか悩んでいる私にぴったりだと思った。カウンセリング、丁寧、納得、といった単語にもグッときた。(グッときてばっかだな私は。)
ブリッジに心は傾いていたが、それでもブリッジすることによって他の歯にかかる負担のことを考えると私の気分は晴れなかった。だってただでさえ乳歯はいずれ抜けるのだ。残った永久歯には元気でいてほしい。ブリッジについて検索してヒットしたページなどによると、保険診療でのブリッジの寿命は七、八年らしいし……。(※個人的インターネット調べ/真偽不明)
まあしかし、C歯科医院のホームページでは歯をなくした方へのメッセージとともに、入れ歯・ブリッジ・インプラントの文字が掲げてあった。今後を考えていったいどれが最適なのか、相談すればいいだろう。そう思った。
そうして、私はC歯科医院の予約を取った。
(つづく)