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「寝た子を、起こす。」
ある午後、開いたページからニャアという声がしたのでびっくりして雑誌を放り出し、そのままリビングへ駆け降りたが、そんなときに限って誰もいない。仕方ないのでそのまま昼寝をしていたら猫の夢を見た。あまり愉快な夢ではなかった。
「だからねこの話はヤメとけゆーたやろ?」
でも、それは僕の話ではありません。じゃあ誰の話や?/きゅんくんが…
答えた瞬間、はたと気づきました。話どころか、僕は“きゅんくん”に会ったことすらないのです。
「とにかく」と、不機嫌なハナザカリくんは続けます(不機嫌の理由は、次のライブで予定されていたソロが、前日になって急になくなったから)。
ねこが主人公の連載?そんなもんは絶対読むな。ねこの話も、ねこ語で話す奴らも、みーんなアウト。「いやし」と「まどろみ」の区別もつかへん奴ばっかりやろ? 眠いわ退屈やわキリがないわでわやや/キミ、ねこアレルギーやった?/ちゃう、関係ない。悪いことは言わんからヤメとけって/だから、そんなこと言われても僕の話とちゃうねん/そんなもんどーでもええ/(ほんまに誰の話やったか分からんなってきた)
僕は目を閉じ、目の前にいるその子に話しかける。こんにちは。あのね、ジブンなあ…
「それや! 自分と相手が入れ替わる瞬間」
新しいセブンスターに火をつけながら、ハナザカリくんは弾けたように喋り出し…かけたのですが…
明日、俺が吹くんはペットのソロに絡む一種の裏メロ。つまり、いつでも表と入れ替われるメロディや/そんなん言うとったらまたバンマスに怒られるで/心配ない/心配とかそゆのんやなしに…
まったく、何のこっちゃ。僕には、裏だの表だのというポジション取り、それに必死になってメロディを紡ぐ作業が馬鹿みたいに思えた。そもそも、聴衆は、演奏者の意図とは関係なく、出ている音の全ての音域から、自分が聴きたいメロディを抽出し、体験することができるのだから。
「それはテクノ系の話や」と、アルト吹きはリードを舐め舐め苦笑する。
俺らの演奏する周波数帯域は、それぞれの担当楽器ごとに否応なく制約受けるから、バンドの編成によっては、特に少人数のグループの場合は、真空の周波数帯域がどうしてもあちこちに出てくる。だからな、ほんまはメロディなんてどーでもええんよ。俺がやりたいのは要するに眠気覚ましの一撃、ねこの昼寝みたいなぬるい催眠ぶち壊して日本じゅうの寝た子を起こすこと/やかましいとか言われへん?/意外とダイジョブ、それに、最近は理解者もぼちぼち現れはじめた/ほんまに?/ああ、こないだもトイレで言われてやあ「目の覚めるような演奏でした」てな。
FUCもといFAQ:
Q.自称「深淵越えを達成した」人が、まわりに増えています。(1)深淵越えって何ですか?(2)彼らの主張は本当ですか?
A.それでは手短に。(1)ある種の橋を渡ること(2)本人がそう主張するからには本当なのでしょう(たぶん)。ただし、彼らの世界はある種の入れ子構造になっているので、どの階層の深淵かは不明です。鏡の中の鏡の中の鏡の中の鏡に映った、かなり下層世界のマイクロ深淵かもしれません。もちろん、第1階層の深淵越えだけに照準を定める猛者もいます。けれど、それもまた物語なのです。
気がつくとそこにいる、二日酔いのユキミザケくんが、まるい雪見窓から外を眺めながらいました。
「雨が降っている」
確かに降っている。その物語は、僕を拘束しない。その代わり、助けてもくれない。そう思うと、とても落ち着いて、心がキーンと澄んだようなすがすがしい気分になって、僕は静かに胸を張りました。
その時です。ガサッ!
いきなり障子を破って、ねこが飛び込んで来ました。にほんねこは畳の部屋が大好きだからね。
「だから、ねこの話はヤメとけゆーたんや」
それもまた、一つの物語です。
(2014年 インプロヴィゼーションtp#3)