司法試験は、一人で受けるな。

結論~前提

時間がない人のために、結論からいいます。

司法試験は、一人では受けるな。
特に論文試験の答案練習は、自分以外の受験生に見て貰い、厳しめの指摘を受けろ。

これに尽きるように思います。

わたしは今15年目の弁護士ですが、受験生当時のいつ終わるかも分からない不安感や、何者でもない自分に対する焦りがあったことは記憶しています(やや薄れてきていますが…)。
わたしは漫画が好きで、タイムリープものも好きなので、たまにもし今の知識・経験を持ったまま高校時代や、大学時代に戻ったら、どうするか?ということを空想することもありますが、そのたびに子供じみた考えに固執していた当時の自分を思い出して、恥ずかしい気持ちになります。

以下では、このような空想をする度に思い返す、わたしの恥ずかしい過去から、現在司法試験を受験している方に向けて、「司法試験を受ける心構え」のようなものをお伝えしたいと思います。

結論としては、上記に書いたとおりですので、時間がない方は、ここまでで十分です。

わたしの司法試験受験歴

わたしが初めて司法試験を受けたのは、大学3年生のときでした。そのときはロースクールは存在しておらず、丙案という受験回数3回目までの若手を優遇する制度があったように記憶しています。

幼少期から、「やってやれないことはない(自分は天才だ)」と思っていたわたしは、親の影響もあって(別に弁護士というわけではないが、司法試験に憧れがあった)、自然に法学部へ進学し、学部1年生の後記から、司法試験予備校に通うようになりました。

わたしの失敗(司法試験予備校の利用方法)

司法試験予備校の基礎講座は、地方だったこともあって、ビデオ講座でした。最初は真面目に行くだけ入っていたのですが、その内、講義をテープレコーダー(そういう時代でした)に録音して、「あとから聞こう」と、講義に行くのすらサボるようになってしまいました。

サボった原因は、講義を聴いてもよく理解できなかったこと、後から聞き直せばよいと安易に考えていたことからです。しかし、今聞けないものを、後から聞くなんて到底出来ません。しかも、講義は週に2回あるので、どんどん聞いていない講義が溜まっていってしまうのです。


法律(実務)の勉強は、全体の一部を緻密に理解するより、全体像を見渡した後に、個別の論点等について検討した方が理解が深まるように思います。

たとえば、非常にわかりにくい科目である民事訴訟法についていえば、処分権主義、弁論主義等の個別の論点を深く掘るより、このような論点が、どのような趣旨から導きだされているのかをやや大づかみに理解した方が、正確に理解しやすくなります。

結局、民事訴訟法は、当事者間の公平、判決等に対する納得感等を実現するために手続を保障するために作られた法律ですので、全ての制度はこの趣旨・目的を達成するために制度設計されているのです。

より具体的にいえば、原告からすれば、訴訟をするかしないかについてのイニシアティブがありますので、訴状記載の請求原因に含まれていない事項が既判力によって遮断されたとしても、「まあ、しょうがないかな」という感じがします。一方で、被告側からすれば、原告において、いつでも追加の主張(訴えの変更)ができたのに、これをしなかった場合に、後訴において当該主張を根拠として訴えられたら、「またかよ…原告側に有利すぎない?訴えたもん勝ちだな…」という感じがすると思います。


話は戻りますが、予備校の基礎講座は、理想的には予習複数をしておいて、学習効果を高めた上で受講するのが理想ですが、なかなかそのように対応できる人はいないように思います(当然、短期間で合格した方々はそのように努力しているのだと思いますが…)。

予備校に注力するあまり、大学の勉強や、友人関係等が疎かになるのも、その後の人生からすればマイナスの可能性もあります。
したがって、わたしの考えですが、基礎講座は、とりあえず9割は出席して、寝ないで聞く。分からないと思ったところはテキストにその旨メモ、わからない部分があっても、とりあえず先に進む。という作戦がよいのではないかと思います。

後に答練をして、テキストを見返したときに、「ああ、この部分が最初からわかっていなかったのか」と認識できれば、その後対応できると思いますので、少し気を長くもってもよいのではないかと思います。

わたしの失敗(大学生活、その後)

わたしは最終的には、旧試験6回、新試験1回受けました。旧試験は、1回目(3年次)、2回目(4年次)は択一落ちで、その後は、4回連続で択一は合格しています(要するに、4回連続で論文試験に落ちた訳です)。

大学を卒業した後の年間のスケジュールとしては、5月に択一試験を受けて、その後、論文試験に挑み、合格発表までの間は休養する(遊ぶ)というものでした。卒業3年目くらいまでは、司法試験受験生仲間がおり、たまに飲んだりしていたのですが、それ以降は皆受験を止めてしまい、一人で勉強することになりました。
ちなみに、旧試験最後の受験時に東京に移住しました。大学の後輩が東京で勉強していることを聞き、彼を頼って自主ゼミ等に参加できるかも?と思ったのです。

ところが、いま思い返しても、この時期に自主ゼミ等に参加して、他の受験生と答案等を見比べたりした記憶がありません。おそらく、受験生同士、何となく勉強した気になって、言葉は悪いですが、お互いに慰め合って終わっていたのではないかと思います。

この時期に知り合った人とは、今はまったく連絡を取っていません。理由としては、ほとんどが受験を諦めてしまったこと、また、合格した者でも、実際にはそれほど深いつきあいがなかったからでしょう。

ロースクール進学、そして合格

上京した後(最後の旧試験を受けた年)、私は両親から、「ロースクールでも行ったら?」と助言を受けたことから、いくつかロースクールを受けていました。
実は、ロースクール初年度に、当時受験要件を満たしていた中大は受験したのですが、不合格となっていたため、旧試験に注力することにし、丸2年経過していました。

当時受験要件になっていた適性検査は受けており、割と高得点をとっていたので、私大3つ、国立1つを受験することにしました。
結果として、早稲田は書類落ち、慶應は不合格、中大合格、東大合格というもので、学費が安かったこと、東大ブランドへの憧れがあったことから、東大に進学しました。

ロースクールに進学した後は、久しぶりの学生生活で、舞い上がってしまい、勉強<遊びのような感じになってしまい、危うく留年の危機になりましたが(刑法、刑訴を再履修となりました)、何とかストレートに卒業して、卒業後1回目の新試験に合格した訳です。

旧試験に6回連続で不合格になったわたしが、新試験は1回で合格したのは、よく言われる新試験の方が簡単…ということもあったのかもしれませんが、ロースクールの2年目に意識が変わったからだと思います。


ロースクール2年目は、上の学年で、1回目の新試験に不合格となった者2名と自主ゼミを組んで、土日を中心に過去問を解きまくりました。
2名の内1名は、大手事務所に内定していたにも拘わらず、新試験に不合格となった奴で、ロースクールでも優秀層にいた奴です(東大ロースクールは、成績順に1ブロックから4ブロックまで4分割されるのですが、彼は1ブロックにいたようです)。

その彼が自主ゼミを引っ張ってくれており、過去問を解いた後、その日のうちに答案を見せ合って、それぞれの答案にそれぞれが講評をするというスタイルの勉強会を行っていました。

これが、最初に述べた結論部分に当たるのですが、わたしはここに来てようやく合格するための勉強に着手したのです。わたしが合格できたのは、彼のお陰といっても過言ではないです。
つまり、自分では理解しているつもりでも、実際に答案に書いて、その理解を伝えられるかということとは別問題になります。しかも、理解している「つもり」という場合も多いのです。そのため、理解度を確認する上でも、受験生同士が作成した答案を見せ合って、講評し合うのは非常に重要です。

友人とはいえ、他者に答案を見せるのは何となく抵抗感があります。しかし、よくよく考えると、弁護士になれば準備書面という形で相手方の弁護士と裁判官に自分の考えを披露することが必須ですし、相手の弁護士はその書面を熟読して厳しく批判してきます(いつもどう批判されるのかドキドキします)。
受験時代に勉強仲間に対して見せることなど、気にしている場合ではありません。


重要なことなのでもう一度

司法試験を数年単位で受けると、特にロースクールを卒業してしまったとか、所属する組織等がない場合は、何者でもない自分に対する漠然とした不安感が精神的にキツイ場合があります。しかも、実家が太いとかの理由で、お金に困っていないとかでなければ、お金もないので、その意味でも精神的にはキツイです。
かなり楽観的な思考であるわたしでも非常にきつかったように記憶しています。そのため、できれば同じ境遇の友人とガス抜きをするのも受かるために重要な要素だと思います。

私の場合は、既に社会人になっていた友人が助けてくれましたが、何となく引け目を感じてしまうのと、同じ立場の者にしか分からない苦しみもあるのですよね。

一方で、ガス抜きだけしていてもしょうがないので、お互いの答案をシビアに批評しあえる受験仲間の存在は必須です。その一点では、気が合うとか、好きだからという理由だけではなく、「合格に近づきそうだから」という理由で、自主ゼミの構成を検討した方がよいと思います。

書いていて思い出しましたが、わたしはロースクールの成績は4ブロック(わたしは揶揄して、カーストの4番目の身分である「シュードラ」といっていました)で、キャラクター的にも同学年には自主ゼミを組んでくれる人はいなかった(私の被害妄想かも知れませんが…)ので、上の学年の彼らと自主ゼミを組めたのは幸運でした。

この記事を読んでくれた方には、わたしと同じような失敗をしないように、参考にしていただければと思います。

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