『多分、今の自分には肩書きと若さしかない』って話。(移住して1ヶ月目)
移住して感じること
11月5日。
転職して(弟子屈町に来て)1か月が経った。
冗談抜きにして今までで、一番 "長くて" 濃密な1か月間だった。
今までの当たり前があっという間に覆されるような生活リズムや生活環境の変化が起こっている。
例えば・・・(ごく一部だが)
〇夜は22時睡眠 朝が6時起床
〇シャワー生活→天然温泉に浸かる毎日
〇朝8時45分出社で夕方5時15分退社
〇飲み会があっても1次会が終わるのは8時前
〇同年代との会食はノンアルでたこ焼きパーティ(#大学生か!?)
テレビ局員時代の不規則な生活も嫌いじゃなかったけど
なんというか・・
さぼっているわけでもないし、何なら個人の裁量や個人で行う仕事量は圧倒的に増えているけど、時間の経過が本当にゆっくりで・・・
一日がとっても長く感じる。
勝手な分析だが、たぶん、身の回りにせわしなく動くものが少ないから自分の中の体内時計もゆっくりしてきているのだと思う。
(小さな水槽の中でイワシの大群と過ごしているより、広い草原の中でゾウと過ごしていたら後者のほうがゆっくり過ごせそうな感じしますよね?そんなイメージ・・)
別に都会を否定しているわけでもないし、田舎を馬鹿にしているわけでもない。
ただこの感覚は本当に初めてで新鮮で、この1か月の中で1,2を争う新発見であることは紛れもない事実。
若干、25歳にして 人生における『豊かさ』の再定義 がなされている気がする・・・。
ご縁や運は 掴むもの かもしれない
『すべては必然』という言葉に対して以下の記事で言及した。
この一か月で本当の多くの人と出会うことができた。
協力隊の活動の枠をはるかに超える体験や今後の動きも出てきた。目まぐるしく動き出す目の前の事象に対して必死に食らいついている自分がいる。
こうした中で、いろいろなご縁が不思議と形になってきたのかというと
そうではなかったことにも薄々気づき始めた。
例えば・・・
○その日少しでも会う可能性がある人がいるのであれば、徹底的にその人の事前情報を頭に入れてその場へ向かう
○何か可能性を感じるのであれば、その場に顔を出す
○見たことある人がいるのであれば話しかける などなど
『恥ずかしい、どうしよっかな。今はいいかな。』
そんなこと思っている瞬間にきっとチャンスは流れてしまう。
『強運の持ち主』っていう方に今まで何度か出会ってきたが、
そういう人達が本当に運だけで生きてきたのか?と追及をした先には、
実は運以外の部分が間違いなくある。
だからきっと・・・
『すべては必然』という言葉は、日頃の自分の行動や振る舞いを映す鏡なのかもしれない。
目の前のことに対して妥協をしていたり、さぼっていたり、基準を下げていたりすれば、きっと救いの手は来ないだろうし。
目の前の問題から逃げたらそもそも解決策が近づいてくるはずなんてない。
何がいいたいのかというと、目の前のことに全力で向き合い全力で行動していくしかないんだろうなあということに気づき始めました。ってこと。
(#相変わらず回りくどい表現でごめんなさい)
お前には若さと肩書きしかない
『 なんでアナウンサーやめちゃったの? 』
これらの質問を浴びまくった1か月。
言い換えると、『元アナウンサー』という鎧に守られ続けた1か月。
予想はできたし、確かに僕も第三者的な視点で考えたらこの質問が一番最初に浮かぶと思う。
確かにぱっと聞いたらインパクトのあるネタではあると自分でも感じる。
そうしたこともあって有難いことに、この1か月でテレビや新聞、ネットメディアなどの取材もたくさん受けさせていただいた。
これから露出されるものも沢山あるのでまだまだこうした恩恵は受けることができそう。
ただ、マスメディアにいたからこそ、正直な所こうした動きは一時的なものでしかないことも薄々感じている。
今まで自分がやってきたこれらの『点の取材』をどう次に紡いでいけるか。
ここに真価が問われているような気がしている。
そしてもう一つ。
『若いのにどうしてまたこんな町に・・・?』
何かと枕詞のようにこの言葉が付きまとう。
確かに町には20代はそんなに多くないし、町の青年部のメンバーも40代以上の方がほとんど。
この言葉に触れるたびに、おそらく多くの同年代がちょっと何かを成し遂げているような、評価されているような。周りとは一歩違うような感覚に襲われると思う。
ここに関しては、非常に危険な匂いがしている。
勘違いするな。お前は何者でもなければ。まだ何もなしえていない。
チヤホヤされる、褒められているうちはまだお客様。
このことを肝に銘じたい・・・。
ただ、一か月が経過して、ありがたいことに町内の多くの方と繋がることができ同じ時間を過ごさせて頂くことが増えてきた。
その中で、少しずつではあるが・・・
『川上アナ』から一人の人間としての『川上椋輔』と向き合ってくれる方が増えてきている。
お客様扱い、ゲスト扱いはもう間もなく終わり。
一人の人間 『川上椋輔』として・・
きっと真価が問われるのはこの先なんだと思う。
そして最後に・・
『どうしてこんな町に・・』『なんで弟子屈なんかに・・』という言葉が似合うような町に僕は来たつもりは更々ないし、なんならこうした言葉には一切当てはまらない町であると確信している。
まだまだ未熟で何も知らない自分ながらも
今、薄々感じていることをここに書き残すのであれば・・
自分の任期期間中に上記のような言葉が町の人の口からでなくなる弟子屈町になることが一つのゴールであるような気がしている
(#あくまで着任1ヵ月の自分が感じていること)
それではまた来月。