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「パートナーシップ」を学んだ日。

主人の実家に
お歳暮を持って行く。

今日は



両親共に家にいた。


今日も私は、私のためにnoteを書く。



家が近いので
行こうと思えば
いつも会えるけれど

主人の両親は


私たち夫婦が訪れると
すごく喜んでくれる。


そして

「今日は、
 一緒に食事にでも行きましょ!」と

義父ちちのお気に入りの
和食のお店へ4人で向かった。

今日は特に
義父ちち義母はは
会話が弾んでいる。


私も、その場を楽しむ。


主人は、その様子を見ながら

言葉は少なかったが
ゆっくりお酒を飲んで
くつろいでいたようだ。


そして
両親とも

「幸せ、幸せ」と言っていた。



息子夫婦が来るって
そんなにも
嬉しいものなのだろうか。

いや
私でなくて

「息子が来たから嬉しい」
のであったとしても

それで良いではないか。





私にとって両親が
幸せそうにしているのは

とても良いことだ。



そろそろ健康を気遣う
歳になったので

両親が元気である事は
すごくありがたい。


自分の親も元気で
好きなことを楽しんでいるけれど、

主人の親も
元気で仲が良い。

親が元気であること、
仲が良いこと、
好きなことが出来ていること、
幸せそうにしていること、

私たちのことを
いつも大事に思ってくれること…。


どれも
当たり前のようだけど、

これは
当たり前ではない。



世の中には
色んな家族がいて

色んな関係があり

複雑な家庭も
いっぱいあるだろう。


相手の親と揉めて

「早く死ね」だの
「ケチ」だの
「自分だけに冷たい」だの
「追い出された」だの
「生意気」だの
「許さない」だの

他人同士が付き合うのだから
亀裂が入ることもいっぱいある。


私たちにも
何もなかったわけではない。

最初は
色んなことがあり
戸惑っていたこともあったけれど

だんだんと


「表現の仕方が違う」


…だけなのだとわかった。



だから
私は



「愛」の形は
みんな違ってもいいのだと


学んだ。


そして

パートナーの大事にしているものを
自分が大事にすれば

パートナーとの関係は
より良好になる。




相手を認めると…

なぜか自分も
認められる。



私たちは

とても
恵まれた環境にいる。


義父ちち義母はは
今日は特に、会話が弾んでいる。


私も、すごく笑っていた。



両親二人のやりとりは
自分の親とは違うところも
いっぱいあるけれど

ここは、
この二人だからこそ

幸せなのだ。


表現は違っていても

夫婦は
長年のやりとりの中で


「本当の夫婦」になっていく。


ここにいる
義父ちち義母ははにも

色んなことが
あったんだろうなぁ…。


そして

それを乗り越えてきて
今こうして

自分たちの幸せを
私たちに


分けてくれているのだろう。





今、

結婚しない人や
離婚する人も多くて

色んな人生の形があるし
自由に選べる。




そんな自由な世界に
なりつつあるけれど

こうやって

人生のパートナーと
歳を重ね合い

気兼ねなく

笑っていられる姿を見ると


長年寄り添う
相手がいるというのは


「喜びも倍になる」


…ということなのかもしれない。



彼らを見ていると


私たち夫婦も

そんなパートナーシップを
築けていけそうな気がしてくる。



本当の娘のように
私を可愛がってくれる

義父ちち義母はは



二人共
健康で

仲良く
笑っていて欲しいな。




今日のように

ずっと
これからも…。




ここまで読んでくれて
ありがとう。





明日もnote、
書けたらいいなぁ。





















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麻生かおり
温かなお気持ちに感謝します💗