優しいだけでは、いけない。
何でも知りたがる人。
何でもかんでも知りたがる人とは
付き合わないようにしよう。
人のことを
根掘り葉掘りと
深く聞き出して
自分のことは
ほとんど言わない人がいる。
それは
「聞き上手」とは言わない。
今日も私は、私のためにnoteを書く。
相談に乗る振りをして
他人の情報を
沢山聞き出そうとする人がいる。
上手く優しく頷きながら
相手の悩みや弱みを聞き
人の情報をいっぱい得て
それをまた誰かに伝えることで
優越感を得る。
一見、知りたがりの人は…
優しい言葉を使う。
世話好き。
リーダータイプ。
愛情深い。
相談しやすい。
寄り添ってくれる。
仕切り上手。
だけど本当は
他人の情報をたくさん集めるために
優しく寄り添って来るだけだ。
なぜなら
“多くの人の情報を誰よりも知っている”
ということこそが
相手を支配している気分になれるからだ。
そして
知りたがる人は、暇人だ。
自分のことを
ほったらかしにしているから
他人が気になってしまう。
自分のこれから先を
どうしていくのかには目を向けず、
やりたいと思うことにチャレンジできず、
楽しみを見つけられず、
変化を怖がってしまっている。
自分のことを
コントロールできないと
外側にいる他人を
コントロールしたくなる。
自分を変えることができないから
他人を変えようとしてしまう。
自分が満たされてないから
他人の成功が許せない。
自分が頑固であるから
他人の考えを受け入れられない。
そうやって
自分自身を守り固めてしまっていると
話題や展開、変化がなく
人も寄って来なくなるから
人生がつまらなくなる。
暇でつまらない生活を
少しでも埋めるために
今日も
他人の上手くいっていない部分を
見つけては自分と比べ
「ああ、この人よりまだ私が勝っている」
…と安心する。
なので
気になる相手の情報は知りたがり
なるべく近くに寄ろうとするが
自分より劣っていると思う人間には
一切関わろうともしない。
このように
他人との比較で幸せ具合を測ろうとする
知りたがる人の本性は
劣等感の塊なのだ。
だからといって
当然そんなことを続けていても
奥にある劣等感は
埋まることはない。
そして
そのままでいると
待っているのは
孤独や虚しさだけになる。
淋しい…
虚しい…
つまらない…
面白くない…
やることがない…
…という、大きな心の穴。
知りたがりの人は、
可哀想な人。
知りたがりの人は、
自分の可能性が見れない人。
知りたがりの人は
希望が持てないでいる人。
きっと
子供の頃に
自分を肯定できなくなった経験をして
その心の穴を
必死に埋めようとしている。
角度を変えて見ると
可哀想な人なのだ。
しかし
可哀想だからこそ、
知りたがりの人のペースに
乗ってはいけない。
本人の問題は
本人が気付き
苦痛だと思えたとしても
その人自身の
『成長の道』がある。
だからこそ
何でも知りたがる人とは距離を置き、
付き合わないようにしよう。
彼らにとっては
それが
気付きのためのカケラとなり、
成長になり、
愛情となる。
“相手のことを思う”ならば
そういった冷たいと思える選択も
必要なのだ。
自分のためは、相手のため。
相手のためは、自分のため。
この世界は
みんな全てが
繋がっているのだから
優しいばかりでは
いられない。
自分のペースに巻き込んでいく
知りたがる人とは距離を置き
自分は自分の調和を保つ。
なぜなら
自分を整えることが一番
世界のためになっているのだから…。
ここまで読んでくれて
ありがとう。
明日もnote、
書けたらいいなぁ。