消えた500万と20日間の留置生活。
「お忙しいところ申し訳ありません、トラブルが起きました!」
震える声でカリアゲから電話があったのはGW初日、4月30日の正午過ぎだった。
いかんせん寝起きだった為イライラしていたが、慌てふためくカリアゲを落ち着かせて話を聞くと、どうやら俺が経営しているとある店舗の売上金を持ち逃げした奴が現れたという話だった。
金額は500万弱。
持ち逃げが確定している以上、今焦っても状況が良くなるわけでもないからとりあえず奴の自宅に張り込んでおけと伝え電話を切った。
この店はカリアゲに管理させていたからアイツが焦る理由も分からないでもないが、こういう事件が起きた際はいかに冷静に対応できるかが重要となる。
GWということもありカリアゲの奥さんには申し訳なかったが、仕事としてカリアゲに管理させている以上回収努力をするのは当然だろう。
その日からカリアゲの張り込み生活がスタートした。
張り込み開始から6日が経ったが一向に進展はなかった。
俺の方でも人員を出して実家を張り込ませたりもしたが、500弱を持ち逃げしているということもあり家に帰ってくる可能性は限りなく低いといわざるを得なかった。
まあ普通はそうだよな。
自宅や実家の住所が割れていることは奴にも分かっているはずだし、500弱もあれば沖縄辺りに飛べば半年くらいは身を隠せるだろう。
そんな状況でノコノコ家に帰ってくる奴がいるならホームラン級のアホといわざるを得ないが、やみくもに探すわけにもいかねえしとりあえずできることをやろうということでGW中くらいは頑張る予定だったんだ。
それに奴は状況からみてかなり急いで逃げたはずだから自宅に置き忘れた物を取りに来る可能性もないとは言い切れないしな。
結果的に大型連休を無駄にした形にはなったが、俺たちの努力は実を結ぶことになる。
6日目の夜、奴は家に帰ってきた。
「奴を確保しました!」
警察官が長年追っていた犯人を確保したかのような興奮に満ちた声でカリアゲから電話があったのは18時頃だった。
確保の際、奴は全力の抵抗を見せ最後の悪あがきを図ろうとしたらしいがなんとか制圧することができたらしい。
俺は店舗を任せていることもあり当然奴を知っている。
ソイツは若い時からずっと鳶職人をしていたこともありある程度腕っぷしには自信があるタイプなんだよな。
対照的にカリアゲはお世辞にもパワータイプとは言えず、いつもPC作業ばかりしていることもあり筋肉指数はかなり低いから取り逃がしリスクとカリアゲの安全を考慮して俺も現場に顔を出すことにした。
現場は神奈川県の神奈川区。
江戸時代には開国の舞台にもなり、当時を忍ばせる「神奈川台場公園」などの史跡がおすすめの散策スポットらしいが俺自身は通ったことしかないくらいなじみがない地域だ。
現場に着くとカリアゲが包丁を突き付けていて、二人とも血だらけになっていた。
血だらけとは言っても鼻血が飛び散っているだけで包丁の刺し傷等はないし、おそらく確保の際もみ合いになりお互い死闘を繰り広げた後、包丁を手にしたカリアゲが制圧したような形だろう。
カリアゲに包丁を下ろさせると奴の前に座りなんでこんな事をしたんだ、と問いかけたが奴は特に理由を言うわけでもなくただ泣きながらごめんなさいと繰り返すばかりで全く話にならない。
盗んだ金はどこだ、と聞くとビジネスバッグに入ってますと答えたためすぐにカリアゲに確認させると現金440万が裸で入っていた。
一応奴の財布の中身を確認すると現金10万とここ数日間のホテルの領収書、母の日に実家に届くように設定された5000円のカーネーションの郵送控えなどが見つかった。
ここまでに出てきた情報で奴がこの6日間どういう生活をしていたのか大体把握した。
4月30日、突発的に犯行を起こした奴は500弱を持って都内のホテルを転々としていた。
その間奴はホテルからほとんど出ずに潜伏生活をしていたが、母の日のカーネーションを5月5日に予約している。
突発的な犯行だった為、自宅に取りにいかなければいけないものがいくつかあったんだろう。
そうして5月6日にコソコソ帰宅したところをカリアゲに確保された、という流れだ。
突発的な犯行ならと俺が考えていたわずかな可能性の予測は見事に的中していた。
金の減り方から見てほぼほぼホテルに潜伏していて外に出ていなかったことは間違いないだろう。
特に散財もしていたわけでもないし、母の日のカーネーションを買ったくらいっぽかったし結構カリアゲがバチバチにやっていたから俺はその場の金だけ回収して許すことにした。
罪を憎んで人を憎まずともいうし、何よりキャバクラで散財していたとかだったらそりゃ怒るけど母の日のカーネーションなら仕方ねえだろ。
だって盗んだ金でまず母の日のカーネーションを買うなんてこんなに悲しい話あるかよ?
とりあえずこんなことしでかしたんだからクビにはするけど、金は回収できたしそれで終わりにすることにした。
少なくとも奴は俺の下で数か月の間働いてくれたわけだしな。
不義理なことばかりしていると誰からも信用されなくなるぞ、と一言告げて俺とカリアゲは帰路についた。
これでこのトラブルは全て終わり、とはならなかった。
奴はテメエが金を盗んだのにも関わらずそれを隠して警察に駆け込みやがったんだ。
その二日後の5月8日の朝、俺は傷害で逮捕された。
朝8時に俺のマンションまで押しかけてきやがってロクに調べもしねえで奴の言うことだけを聞いて逮捕しに来た警察には心底腹が立った。
手錠をかけられ数名の捜査員と共にエレベーターを降り通りすがりざまにコンシェルジュを見ると驚きと戸惑いの表情をしていて非常に気まずい思いをしたことを覚えている。
高速に乗り神奈川のとある警察署に連行された俺はすぐに顧問を呼ぶように要求した。
顧問は早朝にも関わらず1時間弱で警察署に到着し早速面会という流れになった。
とりあえず事実を淡々と話したんだが、事情がどうであれ逮捕要件を満たしている以上拘留はされるだろうという見解だったためとりあえず周囲には入院したと伝えておいてくれとだけお願いしておいた。
帰り際に顧問は「20日で必ず出れるようにしますので取り調べはひとまず完黙しておいてください」と告げると面会は終了した。
そもそも奴が先に金を盗んだのにも関わらずこちらが逮捕された点について全く納得はいかなかったが、こうなってしまった以上顧問を信じて任せるしか俺に方法はない。
まあでも顧問には昔から世話になっていてその実力は誰よりも俺がわかっているから間違いなく不起訴になるだろうと信じていたし特に事件に対する不安みたいなものはなかった。
そもそも俺は悪い事なんて全くしていないしな。
カリアゲが少しやりすぎちまったってのはあるかもしれねえけど奴が先に金を盗んだ点を考えると妥当なもんだろう。
軽い取り調べを完黙した後、連行された警察署の留置所が満員だった為俺は近くの別の警察署に移送され5月8日の午後から拘留生活がスタートした。
↑の本にも書いてあるけど留置に入ったのはこれが初めてではないし、どういう生活なのかある程度把握していたつもりだが、歳を食って久々に入る留置所は肉体的に結構きつかったな。
これを読んでいる奴らの90%以上は留置された経験がないと思うから留置所における1日の流れを説明しよう。
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~留置所の1日~
7:00 起床
7:30 朝食
12:00 昼食
17:15 夕食
19:00 就寝準備
21:00 消灯
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基本的には上記のような流れとなる。
20日間の間で数回警察、検察の取り調べが行われること以外は基本的には特にやることもなく出来ることといえば筋トレと読書くらい。
部屋は3枚の畳に和式トイレがついているシンプルなタイプだ。
俺は結局20日間、最後まで1人だったから部屋を自由に使える分そういう意味では割と快適な生活を送ることができたと思う。
正直言ってここまでの流れは不幸としか言いようがないような流れではあるが、実際のところこの20日間は自分の人生についてよく考える良い機会になったとは思う。
上記の通り留置所はとにかくやることがないから否応なしに自分と向き合うことになる。
これまでの自分、今の自分、これからの自分。
会社は俺がいなくても通常通り回っているのだろうか、スカーフェイスグループはどうなっているんだろう、そういえば今日は他社との会議の日だったな、などなど
考える時間は腐るほどあれどその疑問に答えを出すことはできないからこの部分で病んでくる奴らも多いと聞く。
だが俺は特にその点はあまり気にならなかった。
というのも会社もスカーフェイスも俺が自信を持って集めた仲間でやっていることだし、奴らが俺を信用しているように俺も奴らを信用している。
会社は俺がいなくても2番手の奴が上手く回してくれるだろうし、スカーフェイスの方はというと俺の予想に期待して入ってくれた奴らには申し訳ないと思っていたが他予想師達がしっかり結果を出してくれるだろうと確信していたからそういう意味での不安はあまりなかった。
それに今できないことを考えたところで何の意味もないわけだから逆にこれから何が出来るかを考えたほうがよっぽど生産性のある思考だと思うしな。
どうしたら会社がもっとうまく回るか、スカーフェイスの発展に必要なことは何なのかなど、先の事ばかり考えていた。
スマホも何もない20日間、大抵の人間は苦しい生活を余儀なくされるが俺は仕事について考える時間や筋トレの時間など上手く一日をスケジューリングすることにより割と快適な生活ができたと思う。
毎日スマホばかりいじっている俺としては逆にそういう環境を求めていたのかもしれないとさえ考えるほど余裕があった。
結果的にその余裕に呼応するかの如く、特に何かあるわけでもなく完黙を貫き通した俺は不起訴になり昨日の午前中に釈放された。
被害届を出したあのクソ野郎は金を盗んでおいてお咎めなしという点についてはムカつく話だが、奴のように世話になったにも関わらず不義理なことをする人間は自然と不幸な道へ進む事になるからまあいいだろう。
金より信用が大切とはよく言ったもので極端な話、人間は信用さえあれば何でもできる。
だが奴のように不義理なことを繰り返して生きていると結果的に周りに誰も寄り付かなくなり、誰からも助けてもらえなくなっちまうんだよな。
本当に困った時に助けてくれる奴がいないってのは悲しい話だぜ。
まあ奴は一応俺の下で働いていたわけだしこれ以上深追いはしないぜ。
そんな暇もねえしな。
出所してからすぐに会社やスカーフェイスの状況を確認してみたが、俺がいなくなったということで逆にみんないつも以上に働いていて、この点には流石に俺も感動した。
会社では二番手の奴が本来俺がこなすべき各種対応を完璧にやり遂げていたし、スカーフェイスでは予想師達がいつも以上に気合の入った予想を出して雑談処を盛り上げていた。
流石は俺が自信を持って集めた仲間達だな。
この場を借りて今回迷惑をかけちまった会社の連中やスカーフェイスの運営メンバーには謝罪と感謝を送りたい。
今回の逮捕と留置生活をきっかけに本当の信用とはなんなのか、よく考える良い機会となった。
人生という長い道のりの中で考えれば決してマイナスの経験ではなかったと思う。
これからも俺は信用できる仲間達ともっと上を目指して日々自分の仕事をこなしていく。
その先に何が待っているのか、俺にも分からないがどんなに険しい状況でも全員が信用しあって自分の仕事をこなせば道は自ずと開けるだろう。
会社のみんな、スカーフェイスのみんな、10万人近いフォロワー達、俺にかかわる全ての者達。
今後も迷惑をかけちまうこともあるかもしれねえけど末永く宜しくな。
明日のダービーは楽しもうぜ。
カポ峯