さぁ、昔話をしてみよう※桜の話*
思い出は五感を刺激されるとあふれてくるもの。
わたしは桜の季節になると、幼い頃暮らした「桜田」という故郷を思い出す。
四季の存在もよくわからない幼い頃、雪が溶けて川向こう山がピンクに染まる。
家のそばの木にもピンクの花が咲き、ハラハラと花びらを降らせる中で笑いながらしたままごと。
心がふわふわとくすぐったいくらい浮き立った日々。
世の中のすべてが素晴らしく感じた幼い日々。
そんなものが、うぁーと押し寄せて胸がいっぱいになる。
桜はしあわせな時間を思い出させる。
桜田の小学校には、夏までのほんの短い間しか通っていない。
複式学級の小さな小学校で、6人しかいない新一年生はみんなに可愛がられた。
内弁慶で、従兄弟と幼なじみとしか遊んだことのないわたしは、学校では無口だった。
毎日が緊張と驚きでいっぱいで、何も話せなかった。
先生もずいぶん心配していたみたい。
家では、長子として妹たちを仕切って元気いっぱいだったのだから、母も困っていたようだ。
それでも、徐々に学校にも慣れていった。
桜田の学校で覚えているのは、遠足と運動会。
遠足は桜を見に山まで行ったこと。
どこに行ったのかは覚えていないのだけど、桜の花がたくさん咲いているところへ行ったのを覚えている。
その圧倒的な美しさに、心を奪われたのを覚えている。
とても強烈な思い出。
桜の花の美しさしか覚えていない。
担任の先生のことも同級生のことも覚えてないけれど、桜のことだけは忘れられなかった。
今でも、春がきて桜の季節になると思うこと。
「故郷の山はピンク色に染まっているのかな?」
まだ確かめることができずにいる。
確かめに行くには桜の季節は短すぎ、時は流れてしまう。
そこから離れて50年。
それでもまだ強烈な印象が残る場所。
桜の花の下、降りそそぐ花びらを追いかけるわたしと妹たちを微笑んで見ている両親。
嬉しい気持ちで心が満たされた時、場所だから忘れられないのだろう。
そうだ。
わたしには「桜」はしあわせの象徴なんだ。
だから、桜の季節に優しい気持ちで思い出せるのだろう。
いつか、故郷のピンクの山を見てみたい。
変わらずに咲いていてくれるといいな。