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♪はーるのーうら〜ら〜の♪瀧廉太郎の「花」は4曲で構成された組歌《四季》のうちの1曲です
23歳10ヶ月で亡くなった瀧廉太郎が、1900年21歳の時に作曲した組歌《四季》。
それまでの外国曲に日本語の歌詞をつけた唱歌ではなく、日本語の歌詞に質の良い音楽をつけて発表することで、少しでも日本の音楽の発展に役立つことができれば、という思いで作曲されました。
すでにあった「花」と「雪」の詩に先に作曲し、夏の詩は先輩の東くめに依頼し、秋の「月」の詩は瀧廉太郎自身が作詩してから作曲したようです。
①四季それぞれの詩を見てみましょう。
「花」
作詩:武島又次郎(武島羽衣)
春のうららの 隅田川
のぼりくだりの 船人が
櫂のしずくも 花と散る
ながめを何に たとうべき
見ずやあけぼの 露浴びて
われにもの言う 桜木を
見ずや夕ぐれ 手をのべて
われさしまねく 青柳を
錦おりなす 長堤に
暮るればのぼる おぼろ月
げに一刻も 千金の
ながめを何に たとうべき
「納涼」
作詩:東くめ
ひるまのあつさの なごりみせて
ほのほぞもへたつ ゆふべの雲に
くれなゐそめなす 入日(いるひ)のかげ
波間に落つるや 沖もくれぬ
やけたるまさご路 いつかひえて
しほかぜ涼しく 渡る磯を
ものすそかゝげて ひとり行けば
よせ来るしらなみ 足をおそふ
すずみに来(こ)しかひ ありそ海の
波にも戯れ 月にうたひ
更け行く夜さへ わすれはてて
遊ぶもたのしや 夏のうみべ
「月」
作詩:瀧廉太郎
ひかりはいつも かはらぬものを
ことさらあきの 月のかげは
などか人に ものを思はする
などかひとに ものを思はする
あゝなくむしも おなじこゝろか
あゝなく虫も おなじこゝろか
こゑのかなしき
「雪」
作詩:中村秋香(あきか)
一夜のほどに 野も山も
宮も藁屋も おしなべて
白銀(しろがね)もてこそ 包まれにけれ
白珠(しらたま)もてこそ 飾られにけれ
まばゆき光や 麗(うる)しき景色や
あはれ神の仕業ぞ
神の仕業ぞ あやしき
文語で書かれているので、一見難しそうですが、内容は日本の四季の美しさを詠っているので共感できる部分は多いのではないでしょうか。
現代の言葉の意味と違うという部分で気をつける言葉は次の2つです。
かげ🟰光
あやしき🟰神秘的だ
②演奏形態は?
「花」二部合唱曲
「納涼」独唱曲
「月」無伴奏四重唱曲
「雪」ピアノとオルガン伴奏の混声四部合唱曲
演奏形態だけを見ると、独唱曲「納涼」ならメロディを覚えて歌えそうに思えますが、長調→短調→長調と展開する上に、その中でも揺れ動く曲調はまるでシューベルトの歌曲のようで、音楽経験者でなければさすがに「花」のように気軽には口ずさめそうにありません。
他の2曲も、メロディは美しいのですが、やはりハモってこその美しさと歌う喜びがあります。
そういうわけで、明るくのどかな、流れるようなメロディで、ハモりやすい「花」が広まっていったのも納得です。
それでも、日本の音楽の発展のために、熱い想いで作曲されたこの組歌はどの曲も美しく、その季節ごとの情景や温度が表現されていて、ピアノパートも素晴らしいです。