宗教二世が思うこと

自分のため他人のため神様のため
辛い時迷っている時寂しい時頼るかもしれない
少しでも軽くなったりいい気持ちになれるかもしれない

なれたとする

いろいろなしがらみから解放されて気持ち良くなる
その先は?

自分みたいな人にも教えてあげたい
救ってあげたい
神様の考えだとかはその時は考えない
ただ事実として自分にとっていいことが起こっていると解釈する

そんないいこと辞める理由があるのか

人としてどうあるのが正解なのかはもちろん人それぞれの正解があるし答えなんてないと思う


あくまで自分の考えとして

一時的に救われることを続けていって人間として成長していくことを放棄しているように思える

救われない人に救いの手を差し伸べると言ったらとても傲慢な聞こえのように感じるので言い方を変えると
せっかくいいことを知ったので自分と同じような境遇にあっている人に賛同するかどうかは置いといて情報として教えてあげたい
という気持ちでご奉仕しているのかもしれない

そんなことする前に自分の人生を見つめ直すべきでは、と思う

神様のためと言うなら人としてやるべきことをたくさん与えてくれているのだからそちらをまず遂行すべき

衣食住を整える
そのためにお金を稼ぐ
仕事をもらうために勉強する
仕事でうまくやっていくために人間力を高める
人間力を高めるために人とたくさんふれ合う
そんな中で自分の得意なところ不得意なところがでてくる
不得意なものを高めようと努力してより自分が生活しやすいようにする

神様は現世でできることをこれだけ与えてくれている
人生一生かけてでも終わらないような課題を与えられているのにそれを放棄していることにはならないだろうか

そういったことをコツコツする人間と自分は違うのか?

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