ハイテクIT分野で先端を行くカナダ ウォータールー大学の面白さを解説
カナダのキッチナー・ウォータールー関連を紹介している Tezzan です。これまで KW(キッチナー・ウォータールー)のエコシステムやスタートアップ企業などの紹介を note で展開してきました。
エコシステムの投稿でも述べましたが、KW 地域の進化の源泉は、今回お話するウォータールー大学(University of Waterloo)と言えます。じゃ、なぜその大学がエコシステムを作り出せるのか、どういう企業が生まれてきているのか、といったところを在住10年の筆者が私的に解説してみたいと思います。
トロントなどカナダのメジャー都市と違って、ウォータールーに長らく在住してその地域の裏の裏まで知っている日本人は少ないですし、ネット上の情報も限られると思うので、これが何かの参考になると嬉しいです。もちろん、不足している、もしくは間違っている部分が一部あるかもしれませんので、何か不備ありましたらご指摘よろしくお願いします。
ウォータールー大学の強い分野や得意領域
ネットで探すと、ウォータールー大学=コンピュータ・サイエンスや数学に強い大学、という情報にたどり着けると思います。
その特徴の要因は、Faculty of Mathematics、つまり『数学部』の存在でしょう。理学部や理工学部の『数学科』じゃありませんよ。『数学の学部』です!
その数学部の中に、以下の学科(講座)があります:
- 応用数学:Applied Mathematics
- 組合せ論・最適化:Combinatorics & Optimization
- コンピュータ・サイエンス:D. Cheriton Schools of Computer Science
- 純粋数学:Pure Mathematics
- 統計・保険数理:Statistics & Actuarial Science
日本では過去数十年ほどの時間をかけて、『数学科』という名前の学科が徐々に消えていった歴史があるわけで、それを考えると堂々と『数学』という名前を学部につけ、そして研究・教育を推進しているというのは面白いですね。
なお、後で解説するウォータールー大学のインターン制度である Co-op の際に受ける給料(時給)においても、数学部の学生は他の学部と比較しても高額な時給設定を得られる傾向があります。詳細は以下のページに掲載されています。
数学やコンピュータ・サイエンスに加えて、私がこれまでに実際に見てきた経験で言えば、エンジニアリング分野においてもウォータールー大学には非常に優秀な学生と研究者が揃っていると思います。
※筆者は同大学の研究者チームと共同研究プロジェクトや研究協力関係を築いてきた経験あり。
ウォータールー大学の特徴とも言えるのですが、学部間を横串にした研究組織の構成が非常に充実しています。
例えば、自動車分野。いまや自動車単体や要素技術の研究もさることながら、Mobility as a Service (MaaS)といった、環境や高度交通システムなどのモビリティ統合システムとしての研究が盛んですが、ウォータールー大学はいち早くそのような複合分野の研究を推進する研究センター、通称 WatCAR(Waterloo Centre for Automotive Research)を構成し、数々の自動車メーカーとの大規模共同研究(研究資金が数億円〜数十億円レベル)を続けています。
https://uwaterloo.ca/centre-automotive-research/
自動車分野ひとつ取っても、その研究推進のために工学部内のあらゆる学科を巻き込んでいます。加えて、工学部内だけでなく、他の学部、例えば数学部や応用健康科学部、環境学部なども巻き込んだ形で横断的な研究体制を築き上げていることが特徴です。
後述するインターン制度と相まって、ある一分野の研究者を育成するだけでなく、産業界で即通用できるスキルを持った人材の育成こそがこの大学の強みとして知られています。
ウォータールー大学のインターン制度
ウォータールー大学に入学すると、通常は学部の卒業には5年かかるのです。その理由ですが、学業期間が長いわけではなく、最大2年間分(4学期〜6学期分)の時間がインターン(Co-op:コープ)に使われるからなんです。
少しだけ詳細に説明しておきましょう(なお、ここでの解説はあくまで参考としてください。正式な説明は大学のCo-opプログラムページを参照するほうがよいです)。
ウォータールー大学のCo-opプログラムは、日本でいうインターン、つまり『就労体験』ではないです。学業での習得知識を踏まえて、実社会・実業務での学生当人の能力育成、現実的な課題解決能力の育成を目的にしています。この点、日本のインターンとは大違いですね。
育成体験ではなくきちんとした就労なので、当然給与も発生します。学生さんであってもお金(対価)をもらう以上は中途半端な仕事はできませんし、企業側にしても支払う給与なりの成果は必要となります。つまり、どちらも真剣にCo-opプログラムに参加しなければならないわけです。前章でも書いたように、そこそこの給与を学生さんに支払う必要があります。
大学時代にそのような”リアルな”就労を経験するゆえに、ウォータールーの学生さんは卒業までの間に著名な IT 企業(GAFA)やハイテク企業からのオファーを受けることが多いです(しかも結構いいお給料)。また、実社会での課題を目の当たりにした時間を過ごすことで、自ら起業へと進む学生さんも多数います。
大学側は、日本企業からのCo-op採用についてもオープンかつ積極的な姿勢です。すでにこれまでにも数社の採用経験はあるとのこと。(筆者確認済)
英語での採用や時給や労働条件で不明点はあるかもしれませんが、世界でも通用する学生さんと出会うチャンスがウォータールー大学にはあるものと思います。
※Co-op採用に関して興味ある方は筆者にもご相談ください。企業の方に対してお手伝い(コンサル)もできるかと思います。
ウォータールー大学の研究成果とその産業利用
これも資源はあれど産業を持たない国カナダらしい大学の政策とも言えるのですが、ウォータールー大学においては、研究を通じて得られた発明(知的財産)の権利について、基本的には発明者が所有する、というポリシーがあります。
シンプルにいえば、研究で得られたアイデアや技術で、大学の先生でもどんどんビジネスにしてください、というような仕組みになっているわけです。もしも起業や事業化で成功した際には、その成果(金銭的な享受)は巡り巡ってカナダの社会に還元される、という思想に基づいているとのこと。
※少し裏事情を言うと、カナダは比較的税金(所得税や消費税)の高い国です。つまり、起業含めてチャレンジし、成果を得られた際には高い税金を納めることで社会に還元してください、という意図もあります。
日本や一部の国では知的財産権を大学に帰属させても産業応用できなかったり事業成長へと結び付けられない事例もたくさん聞きます。それもそのはずで、発明した技術の真髄を知っているのは発明者本人であるわけです。大学自体が産業化のプロではないからこそ、発明者自身、または発明者とビジネスに長けた人がタッグを組むほうが、長いスパンでは事業化メリットを活かしやすい、という考えに基づいているわけですね。このようなウォータールー大学のアプローチを取る背景には、対アメリカへの戦略の一環でもあると言えます。
ウォータールー大学の卒業生や企業
ここまで大学の特色・特徴と大学の成果利用について述べましたが、ではその実例となる企業だったり、有名な卒業生にはどんな人がいるか、一部ですが紹介してみましょう。なお、スタートアップ・スケールアップについては過去記事でも解説しています。そちらもご覧ください。
- Mike Lazaridis(マイク・ラザリディス):BlackBerry創業者
スマホには負けてしまったものの、それ以前の北米・欧州での携帯電話市場を席巻した会社こそBlackBerry(当時 Research In Motion、RIM社)です。同社での成功を手に、Lazaridis氏は KW 地域に様々な貢献をしています。具体的には、ペリメーター理論物理学研究所の設立やウォータールー大学量子計算センター及び量子ナノ研究センターの設立、ウォータールー大学のお隣、ウィルフリッド・ローリエ大学での MBA コースの設立など、後進の育成のための資金援助を数々行っています。
- Gaston Gonnet(ギャストン・ゴネ):現 スイス ETH 教授
ゴネ先生は、ウォータールー大学で自身の学位を取得した後、現代のコンピュータ技術やインターネット技術に通じる重要な研究をいくつも行ってきています。企業として成立した代表例は、Maplesoft と OpenText でしょう。
Maplesoft 社は、同僚の Keith Geddes(キース・ゲッデス)先生と共に、数学処理をコンピュータ上で行うプロジェクトに始まった数式処理システム『Maple』の研究・開発を行う会社です。Maple はその後システムシミュレーションを行う『MapleSim』製品の基盤技術としても用いられていて、上述したWatCAR等の自動車研究分野でも使われているソフトウェアとして発展しています。
OpenText 社はおそらくゴネ先生の成果としても一番成功した事業だと思います。いまや従業員12,000人を超えるカナダの有名大企業で、Enterprise Information Management、企業向け文書管理システム・ソリューションを展開しています。
Maplesoft
https://jp.maplesoft.com/products/MapleCompanion/index.aspx
ちなみに Maple については上記のような日本語の解説本も出ていますね。
2019年、ウォータールー大学卒業生が興した企業で著しい成長を残した企業を表彰したイベントがありました。このリストを見るとカナダ内でも高成長企業の多くがウォータールー大学から出てきたものということがわかります。
以上、ウォータールー大学について他の大学とは異なる特徴を中心に解説してみました。
大学への留学、特定分野での研究協力、学生Co-opの採用、などなどいろんな可能性を見ていただけたら嬉しいです。
ちなみに、キッチナー・ウォータールー地域には、日本人はおそらく500人程度しかいないと思われます。日本人が少ないということは、普段はほぼ完全に英語漬けの生活になるわけで、英会話スキルを磨きたいという方には最適な街です!w(トロントなどの主要都市には日本人がたくさんいますので)