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121 和歌山 山の絶景、海の絶景ドライブ(廃線編)
夏休み期間中に行った和歌山へのドライブ。先日2回にわたり記事にしました。
実は、山編と海編に移る間に、1箇所寄り道をしました。
山編に登場した有田川町にはかつて有田鉄道という私鉄が走っていましたが、2003年に廃止されました。終点だった金屋地区に記念館が残っているというのでこれを訪ねたのです。今回は「和歌山 山の絶景、海の絶景ドライブ(廃線編)」と題してかつて活躍した鉄道の遺構を紹介したいと思います。
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有田鉄道はJR紀勢本線の藤並駅と金屋口駅を結ぶ鉄道でした。金屋口駅は上の地図の「有田川町鉄道公園」付近にありました。かつては藤並より先にも線路が延びていましたが先に廃止、JR紀勢本線の湯浅駅まで乗り入れていた時期もありました。もともと人を運ぶ目的ではなく、この地域特産の有田みかんを運ぶために造った鉄道であり、みかん輸送がトラックに委ねられるようになると経営が悪化していきました。
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現役のころの時刻表。当然有田鉄道は地図に記載がありますが、並行して青い筋、バス路線もあります。
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トップ画像に載せた当時の時刻表。これだけ電車が走っているように見えますが実は電車は太字の分(5往復)だけ。細字(20往復)は有田鉄道がバスで運行していました。最晩年には電車は2往復になっていたそうです。右の休日ダイヤに至っては太字はなし。つまり鉄道は休日運休でした。バスには鉄道の定期で乗れたので老朽化した鉄道に廃止の話が出たときも不便との異論は出ずすんなり廃止が決まったようです。
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そんな有田鉄道ですが、終点金屋口駅付近には当時をしのぶ鉄道公園がつくられています。
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在りし日、通学生を中心に多くのお客さんを運んだ列車が今は公園の中で静かに休んでいます。オレンジのラインはみかんをイメージしたものだったのでしょうか。
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こちらのミニレール。動かすことができるのですが、
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動力はこのエアロバイク。家族連れの方が子供を汽車に乗せ、お父さんが必死にバイクをこいで汽車を動かしていました。お父さん汗だく。おつかれさまです。
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鉄道公園の建物の中にはNゲージがあります。この地域独特の景観であるみかん畑の中を走る列車の姿をリアルに再現しています。ここは入館料200円が必要です。
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鉄道が活躍していたころの写真や、行き先標などの在りし日の姿を偲ぶ品々が展示されていました。
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こちらは金屋口駅跡。特定の日しかホームに入場することはできず外からの見学になります。ただ、ホームのすぐ向かいに有田川の堤防がありそこからホームの姿は見ることができます。片面1線の簡単な作りですが、かつての活躍を偲ぶことができます。
もともとが貨物輸送のために造られた鉄道だったのでそれが廃止されたときに有田鉄道の命運は決まっていたのでしょう。でもそれから20年ほど旅客輸送だけで地域の足としての役割を担ってきました。晩年はあまり惜しまれることもなく廃止されてしまった鉄道ですが、この地域の産業を支えるために活躍した鉄道であったことを地域の方は忘れてほしくないと思います。そのためにもこの鉄道公園はいつまでも残ってほしいものだと思いました。
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