53 定刻通りに通過する三河安城をご紹介します
みなさんは三河安城という駅を聞いたことがあるでしょうか。
たいていの人は、東京方面から来たのぞみ号がこの駅を通過した際に車掌から案内される「三河安城駅を定刻通りに通過しました」ので聞いたことがあるだけで、降りたことなどないと思います。
実は私は安城市出身。しかも実家の最寄駅は三河安城。
生粋の地元民です。
今回は三河安城駅とその周辺をご紹介します。
三河安城駅は1988年にできた新幹線駅です。新富士、掛川、新尾道、東広島と同じ日に開業しました。開業前は豊橋と名古屋の間に駅はなく、西三河地区に駅の設置を、という請願が実現した形で設置が決まりました。当時の国鉄はひかり号を増やす計画で、この辺りに待避線をつくりたいという思惑もありました。
三河安城駅の新幹線駅はご覧のような駅舎。
かつて農業が盛んで、日本のデンマークと言われた安城市。北欧風の駅舎と言われましたが、開業当時多感な高校生だったわたしは「ゴキ◯リホイホイ」と呼んでいました。
新幹線の駅前です。昔から人が歩いていないと言われますが、やはり今日も歩いていません。それでもそれなりに商業施設やマンションが建っていて地方の新幹線駅らしい光景といえます。
こちらは新幹線改札。こだましか停りませんがそこそこの需要はあります。高校卒業して親元を離れたときはここから旅立ちました。懐かしいですね。
ただ現状東京に行くなら一旦名古屋に出てのぞみに乗るほうが早いですし、豊橋から乗れば特急料金が安いですので、大阪方面に行くときに時間が合えば使うかどうかといったところです。
改札を出ると山ちゃんや浜松餃子、そしてキーズカフェという喫茶店があります。アラビアータをおいしくいただきました。
ちなみに安城市のゆるキャラは「きーぼー」。それにかけているのかもしれません。開業当時は京樽とユーハイムがいました。
こちらがきーぼー。七夕まつりが有名な安城市。願いごとの「希望」とかけています。
駅のコンコースの真ん中に地域の地図があります。ボタンを押すとその町が電球で光る、昭和チックなやつです。
と思ったら、今は使えません。確かに西尾市に合併した吉良町などがそのまま直されずに残ってます。
が、西尾市と吉良町などが合併したのは2011年。何年調整してんねん。
さて、三河安城駅は新幹線駅のほか、北に在来線の駅があります。三河安城駅がここにできたのは両線がクロスして乗り換えに都合がいいためでした。
ただ、両線は150mほど離れているため、改札を出ないと乗り換えはできません。
両線をつなぐ連絡通路がこちら。雨に濡れずに乗り換えがスムーズにでき便利です。
ちなみに通路にある案内表示。新幹線の表示が未だに0系のまま。昭和がここにも残っています。
こちらが在来線の三河安城駅。
新幹線併設駅なのに各駅停車しか停りません。快速、区間快速、新快速、特別快速は全てすっ飛ばしていきます。利用客はそこそこいるんですけどね。
ちなみに路線バスもコミュニティバスしかありません。
パークアンドライドの駐車場はあって、ここまで車で来るか、迎えにきてもらうかといった感じです。愛知県は都市の部類に入りますが思い切り車社会です。
駅の駐輪場。なんと未だに無料です。安城駅も新安城駅も有料なのに。有料にするほどの需要がないということでしょうか。利用者としてはありがたいですが。ちなみにこの上にあるのはさっき紹介した連絡橋です。
三河安城駅の新幹線側。三河安城きっての名店、北京本店があります。店自体は私が幼いときからありましたが、B級グルメ「北京飯」で一気にブレイク。今日も行列ができてます。
甘辛い味付けの卵丼に豚の唐揚げを乗せたオリジナル料理。何度か食べたことがありますがとても旨い。まさに安城名物です。ちなみにここの店長は小学校の同級生です。
駅のすぐ東にある用水路の上は豊田まで続く遊歩道ですが、ここは桜が見事。この日もプチお花見をのどかに楽しむ人がいました。私はここを通って通学していました。葉桜にいた毛虫に刺されて大変なことがありましたが🐛。
新幹線秘境駅というわけではないですが降りる機会が少ないと思われる三河安城駅。もし近くに来ることがあれば立ち寄って散歩してみてください。