公演中、彼女は一度も音程を外さなかった―Homecomings(ホームカミングス)のライブがすごかった
それほど音楽好きでもない自分が、とあるバンドに衝撃を受け、その半月後に、人生で初めてライブハウスに行くことになるとは……
Homecomings(ホームカミングス)というバンドを知ったのは今年の初めのことです。それは、エフエム京都の『NICE POP RADIO』というラジオ番組を聴いていたときでした。冒頭で『白い光の朝に』という曲が流れました。そのポップでキャッチーで若々しくて明るい曲調に、私はたちまち虜になりました。
読み上げられた曲名をすぐさま検索すると『白い光の朝に』は、「Homecomings」というバンドとシンガーソングライターの「平賀さち枝」さんがコラボした曲だということが分かりました。ホームカミングスとひらがさちえ。ポルノグラフィティとレミオロメンとキリンジと山下達郎と久保田早紀ぐらいしかまともに聴いたことのない自分には、どちらも知らない名前でした。
YouTubeに公式のMVがあったので見てみると、投稿日が10年前です。なんとこの曲は10年も前に発表されていたのです。さっそく再生すると、「当時流行した、古いカメラで撮ったようにわざと彩度を下げて四隅を暗くした映像」「まだビッグシルエットじゃなかった頃の、みんなの服のサイズ感」「バンドのボーカルの子の、毛量多めのキュートな黒髪ボブ」「自分にも見覚えのある場所の風景」……映像全体に溢れる10年前のこれらが、エモが、急激に押し寄せてきました。私はその日じゅう、この曲のことばかり考えていました。私はこの曲に、まず耳で圧倒され、そのあと目で圧倒されたのです。こんな気持ちになったのは、生まれて初めてです。
何度も同じ曲をリピートしました。さすがにこのまま過剰摂取するとヤバいと思いました。適度な距離とペースを保つことが必要だと考えました。翌日からは気持ちを落ち着かせながら、ちらほらと他の曲も聴いてみることにしました。どれも良い曲でした。心にスーッと入ってきました。そこで今更ながらに気付いたのです。
このバンド、全く知らなかったけど、実はかなり良いのでは?
Homecomingsは、2012年に京都精華大学の音楽サークルのメンバーで結成された、男性1人・女性3人のちょっと珍しい構成のバンドです。バンドを主導しているのがギターの福富優樹(ふくとみゆうき)さんで、ボーカルとギターを務めるのが畳野彩加(たたみのあやか)さん。この2人は同じ石川県の高校の同級生です。ベース・コーラスは福田穂那美(ふくだほなみ)さん、ドラム・コーラスは石田成美(いしだなるみ)さん。後者の2人は、大学で前者の1年先輩です。
公開されている動画や記事をぽつぽつ見ていると、色々なことが分かってきました。以前は日本語ではなく全編英語の歌を作っていたこと、様々なフェスやイベントに出ていること、くるりやアジカンとの共演経験もあること、映画やアニメとのタイアップの楽曲もあること……
そして意外な事実も知ることになります。インディーズだった時期が長く、結成からメジャーデビューまで9年かかっていたこと、その途中には解散危機もあったこと……これには驚きました。Homecomingsは自分が音楽に疎いから知らなかっただけで、ずっと前に売れていたのだと勝手に思っていたのです。まるで自分にとってのキリンジのように……
私がキリンジを知ったのは2017年、LINEモバイルのCMで『エイリアンズ』が流れているのを聞いたときでした。なかなか良いな、誰の新曲だろうと思って調べると、それは17年も前の曲で、歌っている堀込泰行さんは4年前にキリンジを脱退していました。キリンジはまあまあ有名だったのに、音楽に詳しくない私はキリンジの存在を全く知らなかったのです。
Homecomingsも同じようなものだと思っていました。曲もけっこう出してるし、初期からイケてるMVも制作してるし、フジロックにも出ていたりしたので、私が知らないだけでとっくに有名なんだと思っていました。が、彼らは実はけっこう苦労していたバンドだったのです。
そうした事実に加えて、オリジナルメンバーの一人であるドラムの石田成美さんが昨年にバンドを卒業していたということを知ると、私のなかに焦りに近い思いがよぎるようになりました。
なんでも当たり前に存在しているわけじゃない。このバンドだって、いつか突然なくなってしまうかもしれない
……ライブに行かないと!
アーティストのライブに行こうと思ったのはこれが初めてです。そもそもライブなんて、どうせ即日完売になってチケットなんぞ取れないだろうから、これまで行ってみたいとすら思わなかったのです。でも今回は行きたい!Homecomingsはライブをやってるんだろうか?公式ホームページを見ると、幸いなことに最新アルバムを引っ提げてのツアー中でした。しかしチケットは買えるのか?生まれて初めてチケットぴあにアクセスします……「残席わずか」……まだある!行ける!こうして人生初のライブチケットを購入しました。Homecomingsを知ってから、わずか半月後のことです。
今回のツアーで残っていた日程の会場は、金沢・香川・福岡・仙台・札幌です。このうち都合がつくのは福岡のみ。私の住む地域からは遠く、移動時間と滞在時間に大して差がない日帰り行程になってしまいますが、Homecomingsのライブがこの目で見られるっちゃけんそれでもよかばい。
2025年1月21日18時35分。開演15分前、博多天神。会場のライブハウス The Voodoo Lounge(ブードゥーラウンジ)にやってきました。緊張しながらエレベーターで4階へ。受付を済ませてドリンクを受け取ると、会場には既に多くのお客さんがいました。この日の客数は、最後に呼ばれた整理券番号からして180ほど。客層は若めです。大学生~30代が6割、それ以上が4割といった感じでしょうか。男女比は7:3くらいだったかと思います。全員立ち見で決まった席はないので、どこに立つかはおそらく自由。最前列で見たい人は当然そこに陣取るのでしょうが、私はとりあえず遠巻きにステージが見られる端のスペースを確保しました。
プラスチックのカップに入ったジャワティーを飲みながら周りを観察していると、ステージの奥から「ダンダンダンッ!」とドラムの最終チェックをするような音が。向こうにメンバーがいるんだ!と感じた瞬間でした。
それから少しして、ボーカル・ギターの畳野さん、ギターの福富さん、ベースの福田さん、サポートドラムのユナさん(元CHAI)がステージに登場。遂にライブが始まった!!!
その瞬間、会場に鳴り渡る大爆音の演奏。床にはズン・ズン・ズンという重低音が響きます。先ほど聞こえたドラムの音からも予想はしていたのですが、ライブハウスの演奏はめちゃくちゃうるさいです。正直、好きなバンドでなければしんどいレベルの音量ですが、好きなバンドだから大丈夫。しかし驚いたのは、それだけの爆音にも関わらず、畳野さんのボーカルが決して埋もれることなく、むしろ明瞭な輪郭を伴って耳に届いてきたことです。その歌声を聴いているうちに、これまで抱いていたある思いが確信に変わっていきました。
ボーカルの畳野さん、めちゃくちゃ歌うまいのでは?
Homecomingsのライブ映像を見て思っていたことがありました。ボーカルがうまい。安定している。ムラが少ない。私がこのライブに行くことを決めたのは、曲が良いとか好きとかに加えて、Homecomingsならライブを見てもがっかりしないだろうという信頼感があったからです。そしてその期待は見事に叶いました。
この日のライブ全編にわたって、ボーカルの畳野さんは、一度も音程を外しませんでした。私は音楽に詳しくないので、もしかしたらミスを聞き逃したかもしれません。が、少なくとも私が聴いた限りでは、畳野さんが音を外したり、声が出なかったりといったことは、この日は一回もありませんでした。
中盤で披露された『Moon Shaped』はところどころ高音に切り替わるめちゃくちゃ難しい曲ですが、彼女はそれも難なく歌い上げていました。聴いてもらえれば分かりますが、プロでもミスりそうな曲なのに、です。
歌声自体がとても綺麗なことにも驚きました。透明感があって、伸びやかで、力強い。でも「大声を張り上げる」系の声ではないんです。口を大きく開けてないのに通るクリアな声。畳野さんの地声は低いほうなのに、どうやって発声してるんでしょうか。特別なボイトレを受けた?それともマイクのおかげ?そういうエフェクトをかけてるから?とにかく、他のライブの映像と比べても、この日はベストコンディションと言って良い出来でした。もし口パクだったらと勝手に不安になったほどです。言い忘れましたけど、他のメンバーによるコーラスも正確でした。
ステージ上の彼らには、かつての大学生インディーズバンドの面影はもうありませんでした。浮遊感のある曲調、白で統一された衣装、照明とスモークによる演出なども相まって、なにか一種の神秘性すら帯びた存在になっていました。すごいものを見たと思いました。そんなわけでライブはずっと圧倒されっぱなし。福富さんがあえて「アンコールなし」で表現したかった世界観も十分に伝わってきました。初めて目にするHomecomings体験が、純度100%のワンマンライブで本当によかったと思いました。
やっぱり、Homecomingsはすごいバンドだ!
ライブを見ている私の頭の中にはふと、目の前で演奏しているバンドが、公共放送の有名歌番組の舞台に立っているイメージが浮かんでいました。あるいは「プロが選ぶ 歌の上手い女性シンガー」みたいなランキングに、畳野彩加の名前が載っているイメージが浮かんでいました。たった半月前に知ったばかりの人間が、随分と買いかぶっていると思われるでしょう。ライブの熱気に当てられたからでしょうか。だいたい、当の本人達ですら、別にそこまで行くつもりではないかもしれません。(むしろそうなることで何かを失うことを嫌がりそうです)でも、決してなくはないと思ったのです。なんといっても、ポルノグラフィティとレミオロメンとキリンジと山下達郎と久保田早紀ぐらいしかまともに聴いたことのない自分が、その良さにようやく気付いたのです。それが他のみんなに知れ渡るのも、時間の問題かもしれないのです。
ただ、もしそうなら、こんなに近くで彼らを目にすることは早晩できなくなってしまうと思いました。これからは、ライブハウス◯◯ではなく◯◯ホールでしか公演しなくなるかもしれない。チケットも取れなくなるかもしれない。もしかすると、今回のように彼らのパフォーマンスが見られるのは、今だけなのかもしれない……
でもHomecomingsには、それだけの実力が確かにある……
バスターミナルまでの帰り道、夜の天神を歩きながら、そんなことを考えていました。