「ぼく、知ってたよ」
「いつ死んでもおかしくないです。」
衝撃的だった。
片親だけでやんちゃな小学生男子を育てるちょっとくたびれた外見の父親。子供を育ててるのに落ち着きのないひと。俺の近所での噂はそんなところだ。
少し体調が悪かっただけだった。軽い気持ちで病院へ行き風邪薬を貰う予定だった。
まさか、自分がそんな言葉を聞く日がくるなんて思ってもなかった。
病院から帰ってきて息子が帰ってくるまでソファで只々呆然としていた。
兄夫婦が交通事故で亡くなってから引き取った子。最初は笑う事もなく、話すことも無くコミュニケーションを取る事に必死になっていた日々。兄から託されたから頑張ろうって。悲しい気持ちに蓋をしてコイツは俺がこれから守っていこうと決めたのに、何故俺がこんな目に遭わないといけないんだと友人に零しては酒を煽り自己嫌悪に陥った日々。毎日一生懸命に生きてきて、気が付いたら引き取った子が少しづつ笑う様になってきていて、それからはあっという間だった。気が付けば俺たちは親子となっていて、知人にもいつの間にか俺の息子と紹介するのが当たり前となっていた。
今では、片親だから仕方無いのよ。って噂される程のヤンチャっぷりを発揮してる悪ガキ。学校でやったイタズラを満面の笑みで報告してくる息子に一緒に笑って学校からの呼び出しには一緒なって先生から怒られる。その事で友人にはからかわれ親子揃って赤面したり。
そんな日々を思い出していた。
これからどうしよう。親友に電話を掛けていた。呼び出し音を聞きながら、これからのことを無意識に考えていた。やっぱり俺にとっての1番はアイツなのか。と苦笑をもらした。
繋がった。
「おう、どうしたよ。」
高校の教師だったか市役所職員だったか一流レストランのシェフだったか、俺よりはるかに出来の良い親友。だけど俺みたいな奴とつるんで未だに馬鹿騒ぎする外面だけは良い親友の声がした。
「…仕事中に悪りぃ。」自分でも隠すことが出来てねーなと思える程の掠れた声だった。
医者から言われた言葉、今の自分の状況、息子の事、不安な事、とにかく色々話した。
親友が仕事の合間に電話に出てくれた事も忘れとにかく話した。途中声が詰まって鼻をすすり親友の声すら聞こえない程一方的に全て話した。
「……そうか」
「…うん、」
「……」
「…………」
長い様な短い様な沈黙が続いた。
「…息子を頼む」いつの日か俺が兄から聞いた言葉が自然と口を出る。俺は親友の返答を聞いてスッキリした様な安心した様な不思議な気持ちになった。
もうそろそろ息子が帰ってくる時間だ。アイツには隠そう。俺はいつも通り馬鹿でアホな親父だ。だから、何か特別な事をする訳じゃない。いつもの日常を過ごしていよう。ただアイツはもう時期卒業だから卒業式の日に俺のいつもの呑み友達を呼んで息子を入れた5人で卒業祝いをしよう。何かある度に祝いと称し親友共を家に呼んではどんちゃん騒ぎをしていたから今回も呆れながらクソ親父。って笑って、でも最高!って満面の笑みを見せてくれるだろう。
ああ。1日が短いな。
卒業式の日が来た。
朝からずっとテンションの高い息子を「式にはいつもの親友3人を引き連れて行くからな!楽しみにしておけ。」と送り出した。
送り出して一息着いてふと、もうそんなに長くねぇな。と思った。
「どうだったよ?親父、おれかっこよかったろ?」息子が満面の笑みで言った。
「おう!すげぇかっこよかったぞ!それより、お前自分の事ぼくって呼んでなかったか?」
「もう、中学生になるからな。親父が俺って言ってるから俺もおれって言う事にしたんだ。」
「…そうか。」ちょっと照れくさかった。
「ただ、この前の忘年会で親父の友達たちに外では僕って言ってろ。って笑われた」少しむくれた表情をしている。
「ばかだなぁ。お前。そりゃ、アイツら言う事は聞いておけ。俺と違って世渡りが上手いからな。」
「ふーん。親父も外面は良くしておけって言うの?」
「そりゃぁな。」
ピンポーン
チャイムの音がした。式終わりに買い出しに行ってくれた野郎共が帰って来たらしい。
「おれ、開けてくる!」
息子が走って玄関へ向かう
早くコタツに入ろうやら。ジュースも買ってきたやら。休日だけど美味しい鍋作ってやるやら。ガヤガヤと騒がしくなる我が家。
「おうおう、独り身の寂しい野郎共がやっと来たか!」
「なにを!?」俺と親友達とのいつも通りのやり取り
息子の笑い声も聞こえてこれが幸せかと
「かんぱーい!」
出来上がった鍋を囲んで野郎共は酒を片手に息子はオレンジジュースを持ち俺は酒に見立てた水で乾杯した。
口々に発せられる「おめでとう!」に息子が照れくさそうに見せる笑み。
幸せだった。俺専用の酒の瓶。俺の状況を息子に何としてでも隠したいと親友達にお願いして、馬鹿野郎など涙ながらの罵声になってない罵声を聞き、しょうがねぇなお前は。の苦笑と共に親友達と用意した、空の酒の瓶に予め水を入れておきいつも通りに酒を煽ってる様に見せることにする為だけの。俺だけの特別な酒。全てが幸せだった。
「親父!」息子の声にハッとした。
「ありがとうな」満面の笑みだった。
涙が出てきた。嬉しかった。照れくさかった。
「…おう。じゃあ、野郎共!今日は騒ぎ明かすぞ!」その合図と共に飲めや歌えや踊れや騒げやの馬鹿騒ぎ
楽しい時間はあっという間だ。
「もうそろそろ、お開きにするか。」
親友の内の誰かの声を聞いた。
「卒業おめでとう。かっこいい男になれよ。
お前らも、ありがとうな。」
俺の言葉に一瞬空気が変わった。
「…な、なんだよ。照れくせえな。お前がお礼なんて珍しいな。明日は雨か?」
そんな風に茶化されて
「馬鹿野郎!俺でも礼くらい言うわ!」
「初めて聞いたかも」
「なにを!?」ってバカみたく笑いあって
息子も大笑いしてて
そんな時だった。
「っ、おい!?大丈夫か!?」
気が付けば俺の口から血が溢れ出ていた。
死が近い。
息子を見た。目を見開いていて表情が凍ってる。
「馬鹿野郎!何でもねぇよ!酒の飲みすぎだ!大丈夫だ!」
馬鹿みたいに笑って友人の酒を奪い取って
「ほらな!」と笑って見せる。
必死に俺を止める親友達、
「クソ親父、でも最高!」
って泣きじゃくりながらも満面の笑みの息子を最後に俺の視界は真っ黒く染まった。
「ぼく、知ってたよ。」
息子と親友の声が聞こえた気がした。