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白雪姫は箱の中

 横たわる男と女。勾玉のように、対になっている。

男)……リカ。 

女)なに?

男)好き?

女)嫌い。

男)好きって言って。

女)ヤだ。

男)刺すよ。

女)いいよ。殺して。

男)やだ。殺さない。

女)なんで。

男)美しいから。

女)花は、咲いているうちに散らしたくならない?

男)折りたくはなる。

女)ヤだ。

男)どうして。

女)あなたのものになりたくない。

男)閉じ込めてあげよっか。

女)嫌。

男)歩けなくなってよ。

女)嫌。

男)なんで。

女)怖い。

男)こんなこと、してるのに?

 男、女の腕に触れる。その腕には包帯がぐるぐると巻かれている。

女)放して。

男)つれないな。

女)つられたくないから。

男)つれちゃったじゃん。

女)まやかし。

男)嘘。

女)……なんでわたしなの。

男)美しいから。

女)やがて、醜くなるのに。

男)その前に、死ぬつもりなんでしょ?

女)……まあね。

男)一緒に死のうよ。

女)一緒に、死んでくれるの?

男)毒林檎を食べてね。

女)もう。やだ。

男)……椎名林檎、好きなの?

女)別に、そういうんじゃないよ。アダムとイブが食べたって言われてるから。

男)楽園喪失、か。……初めては、いつだった?

女)なんでそんなこと訊くの。

男)なんとなく。

女)そういうの、訊かれるの、嫌い。

男)ごめん。

女)聞くのも嫌い。

男)そっか。じゃあ、言わない。

女)うん。

男)……付き合おっか?

女)それ、こうなる前に、言うセリフ。

男)ごめん。

女)いいよ。

男)ホント?

女)壊れよう、一緒に。

男)怖いな。

女)言うのは良くて、言われるのは嫌なの?

男)なんか、本気っぽくて。

女)本気じゃないの?

男)そうじゃなくて。やっぱ、本物だなぁって。

女)なにが?

男)棘のある薔薇って感じ。血まみれになりそう。

女)怖い?

男)いいよ、壊しても。

女)いいの?

男)その血をインクにして書くから。ニーチェも言ってるでしょ。血で書けって。

女)呪われそう。

男)呪ってあげる。

女)鎖にして、繋いで。

男)言ったな。

女)なにを?

男)……俺と付き合え。これは命令だ。いいな。

女)……はい。

男)よくできました。

 場転。

女)

”女”になりたくなかった

いつまでも”少女”でいたかった

痛かった、血まみれになったあの日、

あの時、確かに失ったものがある

それは楽園の喪失

子どもであることを許されなくなった

かといって大人になりたくもなく

宙に浮いたままの

ふわふわした存在として

街を闊歩する

お洒落して化粧して

綺麗でしょ、可愛いでしょ、

認められたくてたまらなくって

ねぇ、わたしに価値はありますか

世界に価値はありますか

生きる意味はどこですか

死んではいけない理由を教えてください

助けて!神様!

 拍手が鳴る。

男)いい感じ。すごいね。

女)まあね。

男)さすが女優。

女)文章がいいからじゃない?

男)素材がいいからだよ。

女)光栄の極み。

男)林檎。

女)はい。

男)付き合ってください。

女)何回目?

男)100回くらいじゃない。

女)リアル。

男)リアリティってなんだろうね?

女)なに?

男)リアリティって、つまりリアルじゃないってことでしょ。嘘ってこと。本当であるかのように錯覚させるための技術。騙すためのトリック。感情移入させるために必要なもの。

女)……でも、舞台でリアリティを感じさせるためには、リアルがないといけないよ。舞台自体が大きな嘘だから、たくさんのホントを積み重ねないとリアリティは生み出せないの。嘘なのに、ホントなの。ホントってなんだと思う? 舞台装置とか、照明とか、音響とか、役者のからだとか、息遣いとか、仕草にひそんでいるものだよ。嘘とホントが両立するところに、リアリティがあるんだよ。

男)ホントっぽい。

女)ホントだもん。ホントに役者だもん。ねぇ。この世界が、ホントはお芝居だったらどうする?

男)なにそれ、リアルがリアルじゃないってこと? それってさ、中学生が考えるようなことじゃないの? この世界ってホントに現実なのかなぁ、この世界で死んだらホントの世界で目が覚めるんじゃないかなぁと思ったとして、それが本当にそうだったとして、でもさ、今、この瞬間、この世界が現実だって呼ばれてる世界だということに変わりはないよね?

女)お芝居だろうとお芝居じゃなかろうと関係ない、今、感じているこの世界がリアルなんだってことだね。

男)そゆこと。食べる?

女)いただきます。

男)ホントは林檎を食べたいけど。

女)(どこからともなく林檎を取り出し、テーブルにのせる)

男)分かってるくせに。

女)林檎じゃない。リカ。

男)こだわりあるんだ。

女)忘れたの? 「毒」林檎だよ。

男)じゃあ、梨には毒がないんだ?

女)なし。

男)つまんないな。

女)あなたが振ったんでしょ。

男)振ったんじゃなくて、告白したんだよ。

女)(頬を膨らます)

男)林檎みたいなほっぺ。

女)林檎だもん。

男)リカじゃなかったの?

女)舞台にいる林檎は食べられません!

男)舞台にある林檎は食べられません?

女)林檎違いです。

男)リカ。好きだよ。

女)(両頬に手を当てて隠す)林檎あげません。

男)リカ。

女)なに。

男)ちょうだい。

女)(果物の林檎を差し出す)

男)林檎はいらない。

女)ひどい。きらい。

男)都合よく林檎になったりリカになったりしないでくれる?

女)わたしは林檎でもあるしリカでもあるの。両立してるの。でも、林檎は食べられないの。

男)なんで。

女)毒があるから。死んじゃうから。

男)一緒に死のうよ。

女)……ヤだ。

男)前と言ってること違う。

女)なんか、ヤだ。

男)なんで。

女)なんでも。

男)……両立してるって、リアリティの話みたいだね。嘘とホントの両立。シュレーディンガーの猫みたい。

女)なにそれ?

男)閉じられた箱の中で、猫が生きている可能性は2分の1、死んでいる可能性も2分の1だとする。すると開ける前の状態では、生きている猫と、死んでいる猫が、重ね合わせで存在してることになるんだよ。

女)ふうん。

男)嘘とホントの重ね合わせ。林檎とリカの重ね合わせ。ね。

女)……生きてる猫と死んでる猫は矛盾するでしょ。

男)うん。

女)嘘とホントも矛盾するでしょ。

男)うん。

女)林檎とリカは矛盾しないよ。

男)ホントだ。……今のは忘れて。

女)忘れない。一生覚えてる。

男)ダウト。忘れるよ、きっと。

女)そうかもね。忘れた! 何の話してたんだっけ。

男)忘れた。……好きだよ。

女)林檎を? リカを?

男)両方。

女)ひどい。二股。

男)都合よく分裂させないで。

女)ひとの心は分裂するものだよ。半分は愛で、もう半分は憎しみでできてるの。一方で世界平和を願いながら、もう一方では、例えば隣の席のひとがマスクしないで咳ゴホゴホしてたら死ねって思うでしょ。

男)妙にリアリティ。

女)リアルだもん。戦争は、心の中ですでに起こってるんだよ。だから、ひとはケンカするの。心の中で起こっていることは、現実でも現れるんだよ。

男)スピリチュアルみたい。

女)バカにしてる? スピリチュアルを。

男)バカにしてないよ。信じてないだけ。

女)バカにできないよ。無宗教という名の宗教があるって言われてるくらいだからね。

男)そうだね。ね、リカはなにを信じてる?

女)……別に、なにも?

男)自分がいることを信じてる? 世界があることを信じてる?

女)……信じてるけど。

男)信じてるじゃん。自分に価値があると思う?

女)たぶん?

男)世界に価値があると思う?

女)……昔、好きなひとがいてね。そのひとが生きている世界なら、価値があると思った。

男)生きる意味はどこにある?

女)……わからない。

男)死んではいけない理由ってなに?

女)……なにも、ない。

男)好きだよ。

 男は、人形を愛でるように、女の頭をなでる。

男)……好きだよ。

 女は、人形のようになる。

男)だあいすき。

女)……ああ、まだ、ネジを巻かれていないなんて!

 オルゴールが鳴る。その音に合わせて踊る女。拍手する男。

男)いい感じ。

女)ありがとう。

男)好きだよ。

女)……うん。

男)最近、人形みたいだね。

女)そう?

男)心ここにあらずって感じ。

女)そうかな?

男)なんで?

女)わからない。ふわふわする。ぐらぐらする。ぐるぐるする。現実なのに現実じゃないみたい。あー。(包帯の上から掻く)あー!

男)落ち着いて。

女)落ち着かない。おうち、着かない。あー!

男)シッ、ダウン。

 女、ぺたんと座り込む。

男)お手。……おかわり。

 女、素直に言うことをきく。

男)落ち着いた?

女)……おうち、着いた。

男)よかった。

 男、女の頭をなでる。

男)いい子だから、言うこと聞いて。

女)うん。

男)ぬいで。

女)……ヤだ。

男)人間らしいとこ、まだ残ってるんだ。捨てちゃいなよ、そんなもの。

女)どうして?

男)リカちゃんは人形なんでしょ?

女)誰の?

男)人生という物語の作者の。

女)神様の?

男)操り人形。

女)なあんだ、操られていたのね! なあんにも、わたしのせいじゃないのね!

男)いーとーまきまき、いーとーまきまき、ひーて、ひーて、とんとんとん。

女)でーきたできた、あーかいおくつ。どこかへいってしまったの。どこへいったの?

男)どこへもいけないよ。ここにしかいられないよ。……この世界は、実は、バーチャルリアリティなんだよ。今歩いてると思うのは、ホントは一歩も歩いていなくて、周りの景色が動くから歩いてるように感じるだけなんだよ。僕らは、人生というゲームをプレイしてるに過ぎないんだよ。

女)お芝居なの? この世界は。

男)そう。筋書き通りに進んでいるに過ぎない。

女)こんな人生望んでいなかった! わたしは、生まれたくなんてなかった!

男)そのキャラクターを選択したのを忘れてるだけ。

女)なぜ忘れるの?

男)生まれる前の記憶を持っているひとがいるって聞いたことない?

女)ある。でも、だけど、なんのために生まれるの?

男)じゃあきみは、なんのために演じるの?

女)……生きていることを感じるために。舞台の上でだけ、生きてるって思えるの。ホントに自由でいられるの。

男)ハコの中にいるのに? セリフに囚われているのに?

女)自由と不自由は矛盾するけど、両立する。

男)シュレーディンガーの猫だね。きみは猫だったの?

女)リカで林檎だよ。にゃーお。

男)それは矛盾しないんじゃなかったっけ。

女)矛盾する場合もあるって気付いた。仕事では林檎じゃなくてリカだし、舞台ではリカじゃなくて林檎だし。

男)俺の前では?

女)両立する。

男)俺はハコか。

女)目隠し、して。

男)ひとはいつだって目隠ししてるんだよ。大事なことから目をそらし、逃げながら追いかけている。現実から逃避して空想の世界に飛び込んだとしても、追いかけてるのは現実のしっぽなんだよ。書いてると、そう思う。

女)いつから書いてるの?

男)脚本は、きみと出会ってから。

女)物語。

男)パソコンをさわるようになってから。

女)好きだよ。

男)ありがとう。

女)あなたの書くもの。だから好きになったの。文章に恋したの。

男)なんかそれって、ブンガクテキ。

女)そうね。

男)とろんとしてるね。

女)好きだから。

男)もっととろけて、どろどろになって。

女)どろどろだよ、もう。

男)泥だらけだよ、愛は。

女)愛? これが愛だっていうの?

男)なにか不満? なにが不満?

女)だって、見えないの!

男)愛はもくもくときみの目を曇らせる。愛は盲目っていうじゃないか。

女)歩けないの!

男)人形だからね。それとも人魚だからかな。

女)飛べないの! 落ちてしまったの!

男)そう、僕が落とした。可愛い可愛い、籠の鳥。籠の鳥は、加護の鳥。閉じ込められているんじゃない、守られているんだよ。

女)そんなの気が狂ってる! お父さん、狂ってる!

男)リカ。

女)お母さん! なぜわたしを産んだの! わたしはなんのために生まれてきたの! 籠の鳥になるためじゃない! あなたの人形になるためじゃない! わたしは、人間なの! 神様、助けて!

男)僕が神だよ。

女)違う。あなたは天のお父様じゃない! ホントのお父さんじゃない!偽者!

男)嘘とホントは両立する。

女)ヤだ! 助けて! 誰か! ここから出して! 死ぬ! 死んじゃう! いやああああ!  死にたくない! 死にたくない! 死んでたまるかーーー!!!

 女は林檎を投げる。林檎が当たり、男は倒れる。はっとする女。

女)……ここどこ。あなた誰?

男)……いったー。なに。どうしたの? リカさん。

 唐突に、女は男に平手打ちを食らわせて、出ていく。残された男は頬に手を当てる。やがて林檎に目が行き、拾い上げ、齧る。

男)……うまっ。

 しゃくしゃくと食べる。そのうちに、

男)……いる?

 客席のひとに訊く。客席のひとは答える。いるのか、いらないのか。もしかすると無言かもしれない。

 無名の男はにやりと笑い、去っていく。

 幕。

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