
Player
ユキ)眠れない夜を許してください。起きられない朝を許してください。諦めてしまう夕べを許してください。真昼は、嘘をつかないでください。あなたは眩しすぎる。午前4時に辿り着くと、誰かが来る、気がする。振り向かないで、画面を覗き込んで。見えるでしょ、本当の顔。
ユキ)アナタ、誰?(観客に向かって)
ヒロ)俺は俺になりたいと思っているよ、ずっと。
ユキ)ずっと? いつから?
ヒロ)ずっと前から。
ユキ)助かるの?
ヒロ)誰が?
ユキ)助けられるの?
ヒロ)誰を?
ユキ)許せるの?
ヒロ)さあ。
ユキ)許さないの?
ヒロ)どんな結末だって、自分が選んだ道だよ。自分で望んだことだよ。
ユキ)でも、だからってこんなの。
ヒロ)受け入れなきゃ。
ユキ)無理。
ヒロ)いつかは受け入れられるよ。
ユキ)嫌。
ヒロ)子どもみたい。
ユキ)悪い?
ヒロ)好き。
ユキ)嫌い。ヒロのそういうとこ、嫌い。
ヒロ)ユキのそういうとこ、好き。
ユキ)どうして……どうして、そんなに。
ヒロ)好きだから。それだけの理由じゃ、ダメなの?
ユキ)ダメじゃないけど、けど……許されるの?
ヒロ)それは君が決めることじゃないの?
ユキ)だって、まだ、ハルは、
ヒロ)来ないよ。ハルは、来ない。
照明変わる。
ユキ)そっか、ここまでなんだね……。(鼻と口の間にこぶしの人差し指を当てる)
ヒロ)書けなかったから。
ユキ)まあ、でも、いいんじゃない?
ヒロ)いいかなぁ?
ユキ)雰囲気が。
ヒロ)雰囲気だけね。
ユキ)上出来じゃない?
ヒロ)なぐさめてるつもり?
ユキ)じゃあ、なんて言えばいいの? こんな中途半端な脚本渡されて、わたしはなんて言えばいいの?
ヒロ)そんなセリフですよ、演出さま。ユキのそういうとこ、好き。
ユキ)ヒロのそういうとこ、嫌い。
ヒロ)知ってる。
ユキ)嫌い。
ヒロ)好き。
ユキ)どうしてそんな臆面もなく言えるの。
ヒロ)後悔したくないから。
ユキ)後悔ならしてるでしょ。
ヒロ)まあね。
ユキ)書けないの、辛い?
ヒロ)全然書けないわけじゃないから。
ユキ)最近のも、好きだよ。
ヒロ)ありがと。
ユキ)前の方が好きだけど。
ヒロ)俺も。
ユキ)変わっちゃったね。
ヒロ)別に悪いことじゃない。
ユキ)分かってるけどね。
ヒロ)……分かることは、分けること。
ユキ)なに?
ヒロ)すべてを一度に理解することはできない。世界は割り切れないようにできているんだよ。
ユキ)なに、急に哲学?
ヒロ)身体のしくみだよ。右腕を挙げてみて。……そう。じゃあ、今度は両脚を緊張させて右腕を挙げてみて。
ユキ)……変わんないけど。
ヒロ)次に、両脚と腹筋背筋固めて右腕を挙げてみて。
ユキ)……うーん。
ヒロ)じゃあ、右腕以外の部分を全部固めて右腕を挙げてみて。……どう?
ユキ)あ。挙げにくい。
ヒロ)そゆこと。
ユキ)どゆこと?
ヒロ)分かることは、分けること。何かを理解するためには、全体をバラして部分にしなくちゃいけない。でも、全体っていうのは、バラした部分を全部足し合わせたものじゃないんだよ。全体っていうのは、本来は分けられないひとつのものなんだよ。(と、身体を使って説明する)
ユキ)つまり?
ヒロ)ひとつひとつのものは断片として理解できるけど、すべてを一度に理解することはできないってこと。
ユキ)だから?
ヒロ)ユキ好きってこと。
ユキ)バカ。
ヒロ)世界は割り切れないようにできているんだよ。
ユキ)ふーん、不思議だねぇ。不思議といえばさ、今ここで生きてるってことも不思議だよね。
ヒロ)まあ、そうだね。
ユキ)たまにね、生きていることが、夢なんじゃないかって思うんだよね。
ヒロ)夢?
ユキ)長い長い夢。映画みたいな?
ヒロ)演劇みたいな? 世界は舞台。ひとは皆役者にすぎない。って言うからね。
ユキ)シェイクスピアね。というより、ゲームみたいな? バーチャルリアリティの世界みたいな?
ヒロ)マトリックスみたいだね。
ユキ)そうかも。なんかさ、本当のわたしはどこか別の場所で眠っていて、今見て動いている現実世界は仮想現実みたいなものじゃないかって。で、今わたしは、ゲームしてるの。ゲームだってことを忘れて、夢中になってるの。
ヒロ)それは面白い世界観だね。
ユキ)それとね、元はみんな同じひとつの魂なんじゃないかって思うの。
ヒロ)どゆこと?
ユキ)わたしもヒロも実は同じ魂で、今わたしがユキなのは、ユキっていうキャラクターを選択して生まれてきているから。で、ユキっていうキャラクターが死んだあと、また別のキャラクターを選んで生まれてくるの。ヒロっていうキャラクターとかね。わたしも、ヒロも、元は同じ魂。
ヒロ)同じ魂なのになんで同時に存在するの?
ユキ)魂は……時空を超えた存在だから?
ヒロ)すごい世界観だね。脚本書いた方がいいんじゃない?(茶化す)
ユキ)物語にするのは苦手なの。……だからヒロ、きみはいつかのわたしなのだよ。前世か来世か分からないけど。
ヒロ)なんか、あれみたいだね。「私も あるとき 誰かのための虻だったろう あなたも あるとき 私のための風だったかもしれない」
ユキ)なにそれ。
ヒロ)吉野弘の「生命は」っていう詩の一節。
ユキ)さすが。
ヒロ)まあね。「あなたも あるとき 私のための風だったかもしれない」……これだと、人間だけじゃなくて、森羅万象のありとあらゆるものが同じ魂、いや、生命だね、ひとつのいのちを生きてるってことになるね。
ユキ)ほんとだねぇ。
ヒロ)それとさ、役者もひとりの人間だよね。
ユキ)? 何ぞ?
ヒロ)でも、いろんな役を生きている。生まれては死に、また生まれる。舞台上で。輪廻転生を繰り返す。同じひとりの人間が、いろんな役を生きている。同じじゃない?
ユキ)ほんとだね!
ヒロ)でしょ。俺たちは「プレイヤー」ってことだね。
ユキ)プレイヤー?
ヒロ)役者って英語でプレイヤーって言うんだよ。
ユキ)それとゲームのプレイヤーを掛けたわけね。うまい!
ヒロ)解説するな!
ユキ)あとさ、あのひとも、このひとも、わたしと同じ魂なんだなーって考えるとね、少しだけ優しくなれる気がするんだよね。
ヒロ)どうして?
ユキ)よくさ、わたしがあなただったらこうするのに、って言い方あるでしょ? でもさ、多分、わたしがあなただったら、同じことしたんだと思うんだよね。性格って、魂じゃなくて、脳みその問題でしょ。だから、もし同じ脳みそを持って生まれて、同じ環境で育って、同じ目に遭ったとしたら、そのひとと同じことをわたしもすると思うんだよね。だから許せるような気がするなーって。
ヒロ)なるほど、素敵な世界観だね。……好きだよ。
ユキ)またまたぁ。
ヒロ)俺は世界観に対して言ったの。
ユキ)そーお?
ヒロ)だって、ダメなんでしょ。
ユキ)そだよ。
ヒロ)なんで。
ユキ)一緒に演劇やりたいから。
ヒロ)……。
ユキ)付き合ったら絶対に、一緒に演劇はできなくなる。
ヒロ)どうして?
ユキ)みんな、そうだったから。わたしも、そうだったから。……ヒロが書けないのと、同じだよ。
ヒロ)……そっか。
ユキ)だからわたしは、ヒロに前と同じような作品を書いて欲しいとは、言わない。好きだったとは言うけど。
ヒロ)じゃあ俺も好きって言っていいね。
ユキ)仕方ないなぁ。
ヒロ)言い続けるからね。
ユキ)がんばって。さ! 稽古しよ。
ヒロ)そうだね。
ユキ)幸せと不幸せのマーブル模様、ゆったりと渦巻く昼下がり。浮かび上がる意識はときどき息をつげなくて、水を飲み込んでしまう。泣けはしない、泣けるほどのものは持っていない、雨が代わりに降ってくれる。許されている気がして、水たまりに隠れたいと思う。
ユキ)……ごめん、何を言いたいの?
ヒロ)さあ。
ユキ)これじゃ伝わらないよ。
ヒロ)詩だからね。
ユキ)詩だからね、じゃなくて! やる気あるの?
ヒロ)だから書けないんだってば!
ユキ)ごめん。でも、これなら、普通にハッピーエンドの方がいい。
ヒロ)いいの?
ユキ)ハッピーエンドじゃない方が好きだけど。
ヒロ)やっぱし?
ユキ)ハッピーエンドでもいいよ?
ヒロ)好きじゃないんでしょ?
ユキ)その方がマシ。
ヒロ)(ため息を吐く)
ユキ)がんばってくれて、ありがとう。
ヒロ)うん。
ユキ)……書いたことは、別に現実にならないよ?
ヒロ)なったじゃん。
ユキ)たまたまだよ。
ヒロ)そうかもしれないって思う。でもさ、やっぱり……怖いんだよ。
ユキ)分かるよ。……でもさ、最近、お客さん離れてるの分かるでしょ?
ヒロ)分かるよ。
ユキ)だからさ。この際ハッピーエンドでもいいから、どどーんと書いて欲しいんだよね。
ヒロ)がんばります。
ユキ)わたしも書けたら良かったんだけどね。ごめんね、協力できなくて。
ヒロ)ありがと。
ユキ)バカの会話でもするか!
ヒロ)するか!
ユキ、始まりの合図を出す。
ヒロ)バーカ。
ユキ)バカ?
と、バカの会話が始まる。最初はバカだけで会話、次にバカと愛してるで会話、最後にウソとホントも入れて会話する。その後、談笑。
ユキ)……ああわたし、今演劇してる!
ヒロ)なに突然。
ユキ)そうじゃなくてね、今、キタの。
ヒロ)何がキタの?
ユキ)演じてるって感覚! 日常を、演じてるって感覚! 最近たまになるんだよね。
ヒロ)そうなんだ。
ユキ)あのね、街なかを歩いていたりすると、たまにそういう感覚になるの。たくさんのひとがいるのに、その中で「演じている」のに、誰にも分からないの。気付かれないの。なんかそれが嬉しくってね。
ヒロ)日常が演劇だと気付く瞬間?
ユキ)そう、そんな感じ! なんかね、すごく意識がはっきりくっきりしてね、落ち葉がひらひらって落ちてくるのも、はっきり分かるの。視野が広がった感じがして、周りの人をね、一人ひとり、ちゃんと意識できるの。最近、チャルーン・サティやってるせいかも。
ヒロ)チャルーン・サティ? って何?
ユキ)気付きの瞑想。わたし、瞑想習ってきたの。
ヒロ)は? なんで?
ユキ)マインドフルネスって知らない?
ヒロ)聞いたことあるけど。
ユキ)欧米で、ちゃんと効果があるって実証された、瞑想のことね。その元になったやつ。タイのお坊さんに習ってきた。
ヒロ)タイ!? タイに行ったの!!?
ユキ)行ったのは東京。そこにタイのお坊さんが来てたの。
ヒロ)はあ。なんで行ったの?
ユキ)演劇と繋がると思ったから。
ヒロ)どんな風に?
ユキ)舞台上で日常を再現するためには、普段、日常を意識的に生きる必要があることは知ってるでしょ。
ヒロ)もちろん。
ユキ)その、日常の意識化とね。チャルーン・サティの、動作を意識化するっていうところがね、繋がるんじゃないかって思ったの!
ヒロ)で、繋がったの?
ユキ)だからさっきキタんでしょ。
ヒロ)そうなんだ。
ユキ)ヒロもやってみなよ、歩行瞑想!
ヒロ)歩行?? 瞑想??
ユキ)歩きながらする瞑想。
ヒロ)まんまじゃん。
ユキ)一歩一歩、確かめながら歩くの。
ユキが歩きはじめたのに続いて、ヒロも歩きはじめる。
ユキ)一歩一歩、確かめながら歩く。……次の一歩は、いつだって選べるんだよ。
ヒロ)人生みたいだね。
ユキ)そうだね。……ちゃんとできているとね、足を動かしていること意識しているだけなのに、周りの景色が目に飛び込んでくるようになるんだよ。今まで見ていたようで見ていなかったものに、気付くようになるの。……あとね、食事瞑想ってのもあるんだよ。
ヒロ)食事瞑想??
ユキ)食事をしながら瞑想するの。
ヒロ)だからまんまじゃん。
ユキ)手を動かしていることを意識しながら、どんな味がするかじっくり味わいながら、一口ひと口食べるの。やってみなよ。
と、お菓子を食べ始める。
ユキ)飲み物も、一口ひと口味わうの。
ヒロ)……動作を意識するのと、味わうのを両立させるの、難しいんだけど。
ユキ)でしょ。……こういうことをね、日常のほかの動作にも応用していくの。だからね、家事とか、 超瞑想できるよ。
ヒロ)そうなんだ。
ユキ)なんか、これをやるようになってから、最近生きてるって感じがするんだよね。生きるって楽しいなって思うんだよね。
ヒロ)よかったね。
ユキ)だからさ……もういいんじゃないかなって。
ヒロ)何が?
ユキ)付き合っても、いいんじゃないかなって。
ヒロ)……。
ユキ)そのうちね。
ヒロ)……そっか。
ユキ)喜びなよ。
ヒロ)驚いてる。……あいつは、いいの。
ユキ)もう、過去なの。今のわたしには。
ヒロ)そっか。
ユキ)もう、目を覚まさないと思うし。
ヒロ)……そっか。
ユキ)だからヒロも……書いてね。
ヒロ)いつかね。
ユキ)うん……。
お菓子を食べ続ける。食べ続けて、食べ終わって、
ユキ)じゃあ、行こっか。
ヒロ)ユキ。
ユキ)ん?
ヒロ)愛してる。
ユキ)バーカ。
二人、ハケる。
ユキ)花みたいな憂鬱を抱えて眠れば、思い出がひらひら落ちてくるよ。イメージのお城に住んでいた、あの頃を忘れてしまうなんて。今見ている花も残らないなんて。ねえ、いつか、わたしの面影を忘れてしまったなら、少しだけ泣いて欲しい。涙の底に浮かんであげる。あなたの頬を、ぬくもりを滑り落ちて、溶けてあげる。一緒に天国へ行けないなら、夢で逢おう。またねと言ってお別れしよう。永遠なら、手のひらの中にあるよ。
ユキ)……これは、ハッピーエンドなの?
ヒロ)さあね。
ユキ)ハッピーエンドがいいな。
ヒロ)変わったね。
ユキ)変わったよ。はっきりとね。分かったよ。わたし、幸せ。
ヒロ)俺も。
ユキ)……ヒロ。
ヒロ)……ユキ。
キスをしようとする二人。
そこに、人影が現れる。
ユキ)……ヒロユキ。ヒロユキ!! ごめんなさい、ごめんなさい!!
人影はぐるぐると自分の首に何かを巻き、締め上げる。
ユキ)あああああああああああああああああああああああ!!!
人影、倒れる。
ユキ)……街が、死化粧をしていた。
ヒロ)雪に閉ざされたままで。あの日から、ずっと変わらなくて。
ユキ)でも、生きていれば、変わってしまう。
ハル)幸せに……なって。
ヒロ)それは呪いだ。最後に残した呪いだ。最後に託した願いだ。
ユキ)わたしのせいで、わたしが、わたしが書いたからあああああああ!!!
暗転。やがて、静かに明るくなる。
ユキ)アナタ、誰?
ハル)俺は俺になりたいと思っているよ、ずっと。
ユキ)ずっと? いつから?
ハル)ずっと前から。
ユキ)助かるの?
ハル)誰が?
ユキ)助けられるの?
ハル)誰を?
ユキ)許せるの?
ハル)さあ。
ユキ)許さないの?
ハル)どんな結末だって、自分が選んだ道だよ。自分で望んだことだよ。
ユキ)でも、だからってこんなの。
ハル)受け入れなきゃ。
ユキ)無理。
ハル)いつかは受け入れられるよ。
ユキ)嫌。
ハル)子どもみたい。
ユキ)悪い?
ハル)好き。
ユキ)嫌い。ハルのそういうとこ、嫌い。
ハル)ユキのそういうとこ、好き。
ユキ)どうして……どうして、そんなに。
ハル)好きだから。それだけの理由じゃ、ダメなの?
ユキ)ダメじゃないけど、けど……許されるの?
ハル)それは君が決めることじゃないの?
ユキ)だって、まだ、ヒロは、
ハル)来ないよ。ヒーローは、来ない。
間。
ハル)……どうしたの?
ユキ)……セリフ、忘れちゃった。
ハル)セリフなんてないよ。
幕。