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舞台は姉妹の部屋。
パソコンをいじっている姉と、スマホをいじっている妹。

妹)ねえ。
姉)何?
妹)盗撮されてるみたいなんだけど。
姉)……は? 盗撮?
妹)うん。
姉)……え、どこから?
妹)窓の辺り。
姉)窓?
妹)そう。
姉)……の、どの辺り?
妹)さあ。
姉)えー。
妹)……この穴かもしんない。
姉)その穴?
妹)うん。
姉)どうすんの?
妹)塞ぐ。

妹、ガムテープを持って来て穴を塞ぐ。その後、スマホを見る。

妹)……うん、合ってたみたい。
姉)何見てんの?
妹)ヒント。
姉)ヒント?
妹)うん。教えてくれた人がいるの。カメラの位置。
姉)え、何者?
妹)味方。
姉)味方?
妹)ハッカーのね。
姉)ハッカー!? え、知り合い?
妹)知らない人。
姉)知らない人がどうしてうちのこと知ってるの?
妹)うちの写真とか動画がネット上にアップされてるからでしょ。
姉)はあ!? 何でそんなことになってんの?
妹)敵のハッカーの仕業だよ。私への嫌がらせ。
姉)何? 敵とか味方って。
妹)私を潰そうとしてるのが敵、助けようとしてくれてるのが味方。
姉)何? あんたは何に巻き込まれてるわけ?
妹)ハッカーのゲーム。
姉)は? 何それ。
妹)白猫っていうゲームで、私は猫なんだよ。敵が犬派で、味方が猫派なの。
姉)ん? ん? どゆこと?
妹)んーとねえ。話すと長くなるんだけどね。
姉)うん。何?
妹)まずね。Aくんっていう男の子がいるのね。
姉)Aくんね。
妹)そう。そのAくんがね、私のことを好きだ、私と付き合いたい、って言いながら、Bちゃんっていう子と付き合ってたの。
姉)は? え、何で?
妹)んー。何かね、私が本命でBちゃんが二番手だったみたいなんだけど。
姉)はあ。
妹)っていうか、私とAくんが疎遠になってて、その間に、Bちゃんからアプローチがあったらしくて、それに乗っかったみたいなのね。
姉)本命いるのに?
妹)うん。だからBちゃんとは隠れて付き合ってたんだけど。そのBちゃんと私はツイッターでつながっててね。そのツイート見てたら新しい彼氏ができましたって書いてあって、でもその彼氏の名前が伏せられてたのね。???、鍵括弧、彼氏の言葉、鍵括弧って感じで、その彼氏との会話が書いてあって。その内容見てたら、あ、Aくんと付き合ってるんだって分かったの。
姉)女の勘ってやつね。
妹)まあそんな感じ。それでいてAくんは私のこと好きだって言ってくるから、違うでしょって。私、二股するような人とは付き合いたくありません、って断ったらね、今度は私の悪い噂流してきたの。
姉)Aくんが?
妹)そう。
姉)何それ。
妹)何かね、私がAくんの心を弄んだ悪女ってことになってて、だからBちゃんに救いを求めて行ったんだって、自分のことを正当化しようとしてたのね。
姉)ちっちゃい男だねえ。
妹)うん。それで私の悪い噂が劇団内に広まっちゃって。
姉)んー。
妹)その噂を聞いたCちゃんっていう子がね、私の悪口みたいなのをツイッターに書いてたの。
姉)またツイッター。
妹)そう。名指しはされなかったんだけど、内容とタイミングがどんぴしゃでさあ。分かっちゃった。
姉)あー。たまにあるよね、そーゆーの。ツイッターの闇だよねえ。
妹)ホント。ツイッターがなかったら分かんなかったのに。
姉)それで?
妹)それでねえ。Cちゃんに直接メールで文句言ったの。
姉)えーっ。
妹)AくんとかBちゃんの言い分だけ聞いて私の言い分聞かないでそういうこと言うのは辞めて欲しいってことと、Aくん高校生でBちゃん成人だから青少年保護条例違反だよって、劇団の責任問題になるよってことをね。言ったの。
姉)Aくん高校生なの!?
妹)そう。なのにBちゃんはAくんを夜遅くに連れ出して、お酒飲ませて。その勢いでヤッちゃって。
姉)はー。
妹)だから劇団の責任問題になるよって言ったら、いや、悪口言ってないし聞いてません、AくんとBちゃんも付き合ってませんって返ってきたの。
姉)え!?
妹)嘘吐かれたの。確かにAくんとBちゃんが付き合ってるって見破ったのはツイッターでだったから、証拠は無いんだけどね。
姉)え、でも、そこ嘘吐くの?
妹)自分が悪口言ったっていうのを認めて謝りたくなかったのと、問題を大事にしたくなかったっていうのがあるんじゃない?
姉)んー。
妹)BちゃんとCちゃんは仲良いしね。友達を守りたかったんじゃないの?
姉)んー。じゃあ、AくんとBちゃんが付き合ってるって知ってるのは一部の人たちだけってことなのね?
妹)そう。
姉)でも悪い噂は劇団内に広まってる、と。
妹)そう。
姉)どんな噂?
妹)……とねえ。Aくんとはこの前一緒に舞台やったんだけど、その指導方法がヤバかったって。
姉)ヤバかった?
妹)恋愛物の芝居だったんだけどね。それをつくるためにAくんの恋愛感情を利用して弄んだんだって、だから悪女だし演劇人としても問題あるって話。
姉)それは……してないんでしょ?
妹)してないよ。私が利用したのは自分の恋愛感情だし、Aくんの役作りを手伝う意味で普段の対応もそれっぽくしたけど、それだけだよ。
姉)ふうん。で? その話が何で盗撮に繋がるの?
妹)Bちゃんの友達にDちゃんっていう子がいてね、その子がハッカーだったの。
姉)えー。
妹)えー、だよね。
姉)何で分かったの?
妹)ツイッター見てて分かったの。
姉)またツイッター。
妹)そう。
姉)ホント闇だね。
妹)闇だよ。大学生の子でね、学業の傍ら趣味でそういうことやってるみたい。その上演劇もやってて、私の芝居を見に来てくれたことがあって、フェイスブックで私とも友達だったの。それで、フェイスブック伝てにハッキングしてきたみたいなのね。
姉)フェイスブック伝てに?
妹)そう。で、その様子をツイッターで実況中継してたの。
姉)実況中継?
妹)何か、その子のツイッター見ながら布団に横になってたら、寝っ転がってスマホしてるみたいなツイートがあって。私がお茶を飲んでたらお茶の写真がアップされて。扇風機の前にいたら扇風機の話になって。変だなーって思ってたら変な顔してるみたいなツイートがあって。試しにガムテープでカメラのとこ塞いだら、あ、マスクしたって。気付くの遅かったねって。
姉)怖っ。
妹)それで分かったの。ハッキングされてるって。
姉)はー。えー、そんなことホントにあるんだあ。
妹)ホントにあるんだねえ。
姉)で、そっからどうやって白猫だかってゲームになるわけ?
妹)私にもよく分かんないんだけどね。ハッカーの人たちって、ハッキングをゲームと称して腕を競い合う習慣があるらしくて、それに巻き込まれちゃったみたいなの。
姉)何それ。
妹)さあ。私にも訳ワカメだよ。
姉)ってかAくんの話と関係なくない?
妹)関係なくないよ。Dちゃんがハッキングしてきたのは、Bちゃんの味方をするためなんだから。
姉)警察に届けた方が良いんじゃないの?
妹)届けたいのは山々なんだけど、決定的な証拠が無いから。
姉)写真とか動画とかネット上にアップされてるって言ってなかった?
妹)何か鍵アカウントにアップしてるみたいなんだけど、その鍵アカウントが見付かんないんだよね。いくつかこれかな?っていうのはあってフォローしようとはしてみたんだけど、これだ!っていうのは無くて。
姉)味方の人に聞いてみたら? その鍵アカウント。
妹)味方って言ってもハッカーだから、足付かないように私とは交流しないようにしてるんだよ。しかもその鍵アカウントのことは言うまでもなく私も知ってるだろうって思われてるみたいで、助け舟出してくれないの。
姉)えー。んー、どうしたもんかねえ。
妹)んー。
姉)……あ。穴!
妹)穴?
姉)さっきの。お父さんに確かめてもらったら? そしたら証拠出るかもしんないじゃん。
妹)そっか。お姉ちゃん頭良い!
姉)お父さん?
妹)お父さーん。何か盗撮されてるみたいなんだけど。
父)……盗撮?
妹)変な穴があって、確かめて欲しいんだけど。
父)どれ?
妹)あれ。

父、登場。

父)ガムテープあっとこか?
妹)そう。
父)剥がすぞ。
妹)うん。
父)……ドライバーが必要だな。

父、ドライバーを取りに戻る。

妹)あとそのパソコンもハッキングされてる。
姉)パソコンも!?
妹)そっからフェイスブックにアクセスしたから。
姉)えー。
妹)だからガムテープ貼ってあるでしょ。
姉)それでか。
妹)そうだよ。

姉、パソコンのガムテープを剥がす。

姉)こんにちは。……なんちゃって。
妹)お姉ちゃん。

姉、ガムテープを貼り直す。

姉)カメラオフにできないかなあ。
妹)さあ。

父、再登場。

妹)パソコンのカメラってどうやったらオフにできんの?
父)何のためのネットだよ。
姉)あ、そっか。
父)何でまた。
妹)パソコンもスマホもハッキングされてるみたいなの。
父)ハッキング? 何で。
姉)恋愛絡みで嫌がらせされてるんだって。
妹)恋愛絡みっていうか何ていうかなんだけど。
父)恋愛絡みねえ。
姉)……「ノートパソコンの内蔵ウェブカメラをオフにする」。
妹)おお。
姉)チャットソフトの誤操作や盗撮ウイルスで簡単に内蔵ウェブカメラは起動してしまうので、使用しない人はオフにするに越した事は無い。「コントロールパネル」→「デバイスマネージャ」で、「イメージングデバイス」の中にウェブカメラらしきものがあるので右クリックで無効にすれば一安心である。
妹)へぇー。
姉)……よし。できた。
妹)さすが。
父)バックアップ取っとけよ。ハッキングされてるっていうんなら。
妹)何で。
父)データ盗まれたり改竄されたりするかもしんねーだろ。
妹)あそっか。
姉)うん。分かった。

姉、USBを取りに行く。

父)大丈夫だぞ。
妹)え?
父)穴。問題なし。
妹)嘘。
父)ホント。配線ちょっとまずかったのあったから直しただけ。
妹)配線いじったときに奥に引っ込んじゃったんじゃないの?
父)どうだかねぇ。そんなに気になるんだったらちゃんと塞いどくか?
妹)お願いします。
父)はいよ。

父、穴を塞ぐものを取りに行く。入れ替わりで姉が戻って来る。

姉)どうだったの?
妹)問題ないって。
姉)えー。……まあ、でも、良かったじゃん。
妹)でも奥に隠れちゃっただけかもしれないから、一応塞いどくって。
姉)そっか。USB持ってない?
妹)ああ。……これ。
姉)ありがと。スマホは大丈夫? カメラオフにしたりバックアップ取ったりしなくて。
妹)んー。スマホのカメラってどうやってオフにするんだろ。
姉)んー、とねぇ。なんか、カメラブロックってアプリがあるみたいだよ。ダウンロードしてみたら?
妹)うん。してみる。
姉)電話帳はバックアップ必須だね。
妹)そうだね。っていうか電話帳は既に盗まれてるみたいなんだよね。
姉)え!?
妹)クラスメイトで変な電話が掛かってきたって人がいたの。
姉)変な電話?
妹)無言電話。
姉)でもそれだけじゃハッキングのせいか分かんなくない?
妹)でも学校でも私の悪い噂流れてるから。
姉)え、学校でも!?
妹)Dちゃんの友達が学校にいるの。
姉)えーっ。誰? Eちゃん?
妹)誰かまでは分かんないけど。皆でこそこそ喋ってるのが聞こえてきたの。学校だけじゃなくて、バイト先にも噂広まってるみたい。
姉)バイト先にも!?
妹)そっちはCちゃん繋がりでね。

父、戻って来る。

姉)随分広まってるんだねえ。
父)Cちゃんって誰だ?
妹)劇団の人。
父)劇団? が関係あんのか?
妹)関係大アリ。私の演劇人生潰そうとしてきてるの。
父)はぁ。何でまた。
姉)だから恋愛絡みだって。
妹)それに私の才能に嫉妬した人たちが乗っかってきてるの。私の脚本盗んで自分の作品として公表したりとか。
父)はぁ。
姉)何。そんなことまでされてんの!?
妹)そうだよ。
姉)凄いねえ。
妹)ホントだよ。ホント暇人だよね。人に嫌がらせするくらいなら、自分を磨けば良いのに。
父)塞いだぞ。
妹)ありがと。
姉)これでカメラ系は大丈夫かな。
妹)スマホがまだ。
姉)あとはデータのバックアップと。
父)パソコン、バックアップ終わったら持って来いや。あとは俺がすっから。

父、去る。

妹)うん。
姉)うん。分かった。……あんたは? どこにデータ保存してたの?
妹)あ、自分でやる。お姉ちゃんは終わったの?
姉)終わった。
妹)貸して。
姉)良いよ。

溶暗。

妹)こんにちは。皆さん。色々な憶測が流れているようですが、私は潔白です。これは私が流しているのではなく、違法にハッキングされているものです。犯人の名前を挙げます。まず、

電気を付ける姉。

姉)……何やってんの? こんな暗いところで。
妹)音声もハッキングできるようになったみたいだから、放送してたの。
姉)スマホ?
妹)そう。
姉)その鏡何?
妹)ガムテープ透かして盗撮できるようにもなったらしくて、多分赤外線だと思うんだけど、だから光を反射させて見えないようにしてたの。
姉)傍から見ると危ない人だよ。
妹)そうだね。
姉)アプリ効果無かったの?
妹)無かったみたい。
姉)どこまで進化するんだろうね。
妹)何が?
姉)ハッキング。

シャッター音が鳴る。

妹)今、カシャって言わなかった?
姉)え、自分で鳴らしたんじゃないの?
妹)違うよ、鳴らしてないよ!
姉)え。
妹)その辺で鳴った!

と、鞄や洋服が置いてある辺りを指差す。

姉)えーっ。
妹)これは本格的に、ヤバイね。

洋服や鞄の中を探し始める妹。

妹)っていうか、鍵、無いんだけど!
姉)鍵が無い?
妹)多分盗まれたんだよ。盗まれて、家の中入られたんだよ。
姉)はあ? 何それ!?

妹、スマホをいじり始める。

姉)何見てんの?
妹)ツイッター。情報収集。……やっぱり。
姉)やっぱり?
妹)家ん中入られて、たくさん仕掛けられたみたい。
姉)たくさん仕掛けられたって……。
妹)カメラと盗聴器。
姉)えーっ!
妹)あちこちにあるよ。
姉)どうすんの?
妹)片っ端から探すしかないでしょ!

荷物を引っくり返してカメラや盗聴器を探す二人。

姉)っていうか盗聴器もあんの?
妹)あるよ。うちで話したことを次の日学校に行ったらクラスの人たちが知ってたんだから。
姉)えー。え、スマホを通じて聞かれたんじゃなくて?
妹)いや、スマホの電源切ってたときの話だから。
姉)怖っ。
妹)だから。
姉)味方からのヒントは無いの?
妹)たくさんあり過ぎてよく分かんない!
姉)えー。
妹)(スマホを見る)……時計! 時計だって、お姉ちゃん!
姉)時計?
妹)時計。どれか分かんないけど、一応全部。警察に持って行くね。
姉)今から?
妹)うん。行ってくる。
姉)行ってらっしゃい。

妹、鞄に時計を詰めて出掛ける。姉、一つひとつ調べながら片付けていく。
暫く経った後、

妹)ただいま。
姉)お帰り。どうだった?
妹)写真撮ってもらって被害届出したんだけど、カメラとか盗聴器があるかどうかは時計屋さんに持って行って調べてもらえって。警察にもできることとできないことがあるって。フェイスブックを通してハッキングされたんだって言ったら、それはフェイスブックの会社に聞けって。ストーカーは見掛けたらその時に通報しろって。
姉)何、ストーカーもされてんの!?
妹)うん。ハッキングで住所バレたみたいで、学校とかバイト先の行き帰りとか付けられてる。夜道に気を付けてっていうメールが味方の人からあったよ。あとバイト先にお客さんとして来てる人が店内にカメラ仕掛けていって、私がしたミスとか集めて編集してバラ撒いてるみたい。逆に私の良いところを集めて編集してくれてる人たちもいるんだけどね。そうやって敵と味方で競い合ってるみたい。
姉)何か凄まじいね。え、警察それでも動いてくんないの?
妹)だから被害届は出したよ。でも証拠が無いから。
姉)時計は?
妹)時計屋さんに持ってかないと。部屋の中捜索して欲しいって言ったんだけど、カメラとか盗聴器見付かってからじゃないとダメだって。
姉)えー、警察使えなっ! っていうか何かもう家で着替えたくないんだけど。っていうかお風呂入ったりトイレ行ったりもしたくないんだけど。何とかならないの?
妹)だからもう業者に頼むしかないんじゃないかって思って。
姉)そっか。その手があったか。でも高いんじゃない?
妹)じゃあ発見器買って探す?
姉)……お父さんに相談するか。
妹)そうだね。お父さーん? お父さーん。
父)何。どした。
妹)やっぱりカメラとか盗聴器とか仕掛けられてるみたいで、シャッター音も聞こえたんだけど、業者に頼めないかな?
父)業者? 高いだろ。どうすんだ、その金。
妹)じゃあせめて発見器だけでも買いたいから、アマゾンとか楽天で買っていい?
父)それくらいならいいけど。警察は調べてくんないのか?
妹)証拠とか実害がないと駄目みたい。
父)前うちの金盗まれたときは調べてくれたのになあ。指紋採取して。っていうか本当にあんのか? カメラとか盗聴器だって高いだろ。
妹)だって音聞こえたんだよ。カシャって。
父)うーん、そりゃ心配だな……。
妹)そうでしょ。
父)じゃあ、業者に頼むのも検討してみっか。
妹)うん。ありがとう!

父と妹、揃って部屋を出て行く。姉、残って片付けをしながら、盗聴器やカメラを回収す る。そして家の鍵を妹の鞄に忍ばせる。
溶暗。

姉)で、見付かったの?

明転。

妹)見付かんなかった。でも鍵は見付かった。
姉)良かったじゃん。
妹)どういうことだと思う?
姉)犯人はいなかった、全部気のせいってことじゃない?
妹)カメラの音、聞こえたんだよ。
姉)気のせいじゃない?
妹)気のせいじゃない!
姉)落ち着きなって。
妹)落ち着いてる。……お姉ちゃん。
姉)何。
妹)……自首して。
姉)はあ?
妹)お姉ちゃんでしょ。カメラとか盗聴器仕掛けたの。
姉)……(頭をつついて)おかしいんじゃない?
妹)はあ?
姉)被害妄想。
妹)……悪魔。鬼。人でなし。
姉)随分な言い様だね。
妹)そんな、涼しい顔して腹立つんだけど!
姉)落ち着きなよ。
妹)落ち着いてられるか! 悪魔! 鬼! 人でなし!
姉)あんたこそ悪魔に取り付かれてるんじゃない?
妹)はあ?
姉)変だよ、あんた。どうしたの?
妹)どうしたもこうしたもあるかよ。てめーがやったんだろ!
姉)やってないよ。
妹)嘘吐き!
姉)やってないってば。
妹)あくまでもシラを切るつもり? いいよ、警察に言ってやるから。
姉)証拠は?
妹)指紋調べてもらえば分かるでしょ。
姉)何の?
妹)鍵。
姉)……確かに私が鞄に入れといたよ。でも、それは片付けしてるときに見付けたからだよ。
妹)普通見付けた時点であったよって言わない?
姉)だってあんた、見付けたときいなかったから。
妹)だったらあとからでも見付けたよって渡してくれればいいじゃん。
姉)そのときは思い付かなかったんだってば。
妹)普通思い付くでしょ。
姉)あんたの疑い過ぎでしょ。
妹)偽善者。
姉)キチガイ。病院行ったら?
妹)犯罪者。刑務所行ったら?
姉)話にならない。いいよ、通報でも何でも勝手にすれば? どうせ誰も信じないから。
妹)信じてくれる人ならたくさんいるんだから。
姉)味方って人たち? そんな人たち、ホントにいるの?
妹)いるに決まってるでしょ。
姉)いないに決まってるでしょ。
妹)話にならない。警察行ってくるわ。
姉)行ってらっしゃい。

妹、出掛ける。姉、舞台の外に出る。
日が傾き、西日が差す。
父が帰宅し、部屋を通り過ぎていく。やがて妹が帰ってくる。

妹)ただいま。
父)お帰り。どこ行ってたんだ?
妹)警察。
父)何しに?
妹)犯人が分かったって、言いに。
父)何の?
妹)カメラとか盗聴器を仕掛けた犯人。
父)いないだろ。
妹)いるよ。
父)誰。
妹)お姉ちゃん。
父)お姉ちゃん?
妹)そう。
父)って、誰。
妹)誰、って……。お姉ちゃん。
父)いないだろ。
妹)いない……?
父)……ああ。まあ、正確には、いた、だな。
妹)いた……?
父)生まれていればな。言ってなかったっけ? 流産したお姉ちゃんがいるの。
妹)聞いてないよ。
父)何。お姉ちゃんの幽霊にでも会ったのか?
妹)幽霊……? だって、お父さんだってお姉ちゃんと喋ってたじゃん。
父)喋ってねえぞ。
妹)喋ってない?
父)……ああ、ひとりごとの相手か。
妹)ひとり、ごと?
父)昔っからよくひとりで喋ってたじゃん。あれ、お姉ちゃんだったのか。
妹)……お姉ちゃんが、いない?
父)ああ。
妹)嘘。
父)ホント。
妹)嘘でしょ。
父)ホントだよ。
妹)ドッキリ。
父)何で。……イマジナリーフレンドってやつじゃねーか?
妹)イマジナリーフレンド?
父)空想上の友達。
妹)空想?
父)それか幽霊。
妹)まさか。だって私、霊感ないよ。
父)俺昔あったから、遺伝であるんじゃねーの?
妹)えー。……昔あったって、今は見えないの?
父)見えねーよ。
妹)何で。
父)神様を信じるようになったから。
妹)何で信じるようになったの?
父)悪魔に魂抜き取られそうになったから。
妹)……悪魔。
父)悪魔に勝てるのは神様だけだから。
妹)……私、悪魔に取り付かれてるのかなあ。
父)お姉ちゃんの幽霊に取り付かれてるんじゃねーのか?
妹)どうすればいいの?
父)さあな。
妹)信じればいいの? 神様。
父)イマジナリーフレンドじゃねーの? 霊感無いって言うなら。
妹)どっちなの?
父)さあな。……必要なのは病院か、教会か。
妹)警察じゃなくて。
父)お姉ちゃんが犯人だって? 凄い冗談だな、マナ。
マナ)笑い事じゃないよ。
父)どっちに行くんだ?
マナ)どっちって?
父)病院か、教会か。
マナ)……どっちも。
父)そうか。……ちょっと待ってろ。

父、本を持って来て渡す。

マナ)聖書?
父)そ。一日一ページでもいいから読みな。
マナ)うん。分かった。
父)あと、今までにあったことをノートかなんかに書いとけよ。
マナ)何で?
父)その方が話しやすいだろ。
マナ)うん。分かった。

父、去る。マナはノートを取り出し、書き始める。
不意にシャッター音が鳴る。客席から姉が撮っている。

マナ)……! 

部屋の中を探すマナ。

マナ)……お父さんもグル? 業者の人って嘘? ……まさか。気のせいだよね。気のせい、気のせい……。
姉)気のせいなわけないじゃん。

舞台の外で姉が呟く。マナ、声がした方を振り返るが誰もいない。

マナ)……天に在します我等の父よ、願わくは御名の尊まれんことを。御国の来たらんことを。御胸が天に行われるが如く、地にも行われんことを。我等の日用の糧を、今日我等に与え給え。我等が人に許す如く、我等の罪を許し給え。我等を試みに引き給わざれ、我等を悪より救い給え。アーメン。

祈りが終わると同時に、救急車のサイレンが聞こえてくる。
更に、教会の鐘が鳴り響く。その音に導かれるように外へ出るマナ。

しばらくして、父が登場する。

父)マナ? ……マナ? おーい、マナ? ……!!

外へ探しに行く父。
日が暮れて、夜になる。

憔悴した様子で帰宅する父。座って、祈り始める。

朝になる。
家に帰ってきたマナ。震えている。

父)マナ!
マナ)……。

姉)第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった音と火とがあらわれて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。

父)……マナ?

父、近付けた手をマナに払い除けられる。

姉)第二の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして、海の三分の一は血となり、 海の中の造られた生き物の三分の一は死に、舟の三分の一がこわされてしまった。

マナ)聞こえるの。ずっと、聞こえるの。
父)何が。
マナ)聖霊の声が、聞こえるの。
父)聖霊?

聖霊) 第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。 この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ。

マナ)死んだ、殺されてしまった、心ころころ転がり落ちる太陽、太陽がいっぱい、罪がいっぱい、見られているの神様に、お父様、ああ、お父様、お母様はどこ? マリア様はどこ? 見えないの、見つからないの死体、いたいいたいいたい、津波が来て、さらわれてしまったの、わたしのせいなの、

聖霊)第四の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一とが打たれて、これらのものの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は明るくなくなり、夜も同じようになった。 また、わたしが見ていると、一羽のわしが中空を飛び、大きな声でこう言うのを聞いた、「ああ、わざわいだ、わざわいだ、地に住む人々は、わざわいだ。なお三人の御使がラッパを吹き鳴らそうとしている」。

マナ)バベルの塔、罪を積んだから崩れてしまったの、言葉は乱され暗号になった、神様の言葉、計算、ご計画、すべて書かれているの、聖書に、読めばわかるの、何通りにも読めるの、暗号が分かるの、意味は積分される、イーイコールエムシー二乗、エムはわたし、思い、思考は現実化する、止まらない思考、操られる手足、ドラマーのわたしに操られている、目に見えるものはすべて看板、踊らされているの、彼に、彼は蜘蛛なの、Web屋さんなの、昔看板を作っていた、今も作り続けている、ああ、社長、結婚するの、血痕がついたシーツを掲げるの、舞台に、世界は舞台、神様の書いた脚本なの、わたしの神、わたしの神、どうしてわたしを見捨てられるのか!

父を神に見立てて訴えかけたマナは、がくん、と崩れて動かなくなる。

父)……マナ!

呼吸を確認し、気を失っているだけと分かって、安堵する。

幕。

※父→兄、姉の名はカナ

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