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まるで「殴り合いの宝塚」。Netflixオリジナル『極悪女王』に見る80年代女子プロブームの光と陰。元プヲタ(死語)が本気レビュー

※長いですがプロレスを観たことない人でもわかるように丁寧にレビューします。できればお付き合いください。

こんにちは、キャンディファットラウドです。
現在私のバンドはツアー中でございまして、大変忙しくしているところであります。


そんな忙しい中ではありますが、隔週でポッドキャストの収録もやっています。で、そのポッドキャストの#5でとあるドラマへの期待を話しました。


そうです。Netflix独占の『極悪女王』です。


配信が報道された時からもう絶対観ようとは思っていたのですが、詳細が出るたびに私の中ではどんどん期待が高まっていきました。
だってまず題材がダンプ松本選手でしょ!?あの地獄(地獄の中身は後述)の全日本女子プロレス(以降、全女)の最大の被害者候補の一人、ダンプ松本選手ですよね!?そんなのおもしろくなるに決まってるじゃなーい、と。

で、どんどん出てくる情報を追っていったら主演がまずゆりやんレトリィバァ!?クラッシュギャルズを唐田えりかと剛力彩芽がやる!?なんちゅーキャスティングだ!?
で、監督が『孤狼の血』『仮面ライダーBLACK SUN』の白石和彌監督!?企画・脚本・プロデュースが鈴木おさむと聞いたらそんなんもう…絶対観るでしょうが!?

が、私は前述の通りバッチバチにツアー中でございまして、公開日を過ぎても観ることができずにいたわけです。
そんな中で私の大切な友人バンドマンのPORNOSTATEうっちーからはわざわざLINEで
「極悪女王やばくね?」
「涙が出た」

とか送られてくるわけですよ。
がああああ!仕方がない!最終手段だ!と、貴重な睡眠時間を削って観ることにしました。結果…

まじで最高でした。
クソ泣いたよ。どうしてくれるんだ。

あまりにも良過ぎたので、気持ちが冷めないうちに備忘録含めてここでレビューしておこうと思います。
今回のレビューではできる限りプロレスがわからない人にもわかるように、何なら読了後はもっと楽しめるように解説しますので、長文になります。が、多分他の記事と比べてもトップクラスに丁寧に解説するので許してください。



「全女」とは、なんぞや。

女子プロレスの芽吹き

歴史的背景や前提となる情報を知っていると何倍も楽しめるのでかなーり前段から話そうと思うけど「んなこたぁどうでもいい!」って人は上の目次から本編レビューまで飛んでください。

女子プロレスの歴史は古く、どうも1900年ごろにはアメリカですでに女子のプロレスというものが存在していたらしいがよくわからない。写真や映像がしっかり残っているのは1930年代から。ミルドレッド・パーク、ファビュラス・ムーラ、メイ・ヤングといった女子レスラーの名前はプヲタ(死語)ならわかるだろうが普通の人はきっと知らないだろう。

アメリカで生まれたこの女子のプロレスは、いわゆるそのままの意味で「女子のプロレス」だったようです。男性ばかりのプロレス興業の中で一試合だけ組まれる女子の試合。男子ほどの迫力はないけれど、お色気に振ったプロレスごっこ的な試合ではなくしっかりとしたレスリングの下地を元にした「プロのレスリング」だった。

日本で芽吹いたのは戦後から。当初はキャバレーやストリップ劇場で女子同士が下着を取り合ういわゆる「キャットファイト」的なお色気ショーだった。
力道山が空前のプロレスブームを作り上げるとそんなお色気ショールーツの女子プロレスがブランディングの邪魔になったのか妨害が入り、一度その歴史は幕を閉じる。

その後、1950年代に前述の本格派女子レスラーたちがアメリカから来日すると、再度女子プロレスの勢いが生まれてくる。インスパイアされた有志たちにより数々の女子プロ団体が設立(ここが海外と違うところ。海外では男女同じ団体で同じ興業に出るが日本では男女別団体が主流となった)され、それぞれに興行が行われるようになった。
このころは男子プロレスも群雄割拠、様々な団体がひしめいた時。とはいえ男子よりさらに求心力の無かった当時の女子プロレスがそんなに複数の団体に分かれてやっていけるわけもなく、1967年に日本女子プロレス協会としてまとまることになる。

ところがこの日本女子プロレス協会から翌年1968年、レフェリーやコーチを担っていた松永高司が離脱、多くの選手を連れて独立することになる。これによって旗揚げされたのが「全日本女子プロレス(全女)」である。

この全女は後の(日本にとどまらない)女子プロレスの礎を築いていくことになる。

社長(後、会長)は前述の松永高司が担い、重役には松永の弟3人が登用された。この松永4兄弟による経営・運営が女子プロレスの栄枯盛衰を生み出し、何より「乙女の地獄の園」と表現しても余りあるとんでもない企業「全女」を創り出していくことになったのだ。

全女にはいくつか特徴的な点がある。

①三禁

「男、酒、たばこ」を嗜んではいけないというルールが存在した。これは中学・高校を卒業してすぐの未成年女子が数多く在籍していたかららしいが、だったら20歳すぎたら解禁してやればいい話。
特に厳しいのは「男」で、入団にあたって彼氏と別れさせられ、その後も男を作ることは許されない(破っていたものも多くいたらしいが)。
とはいえ、これにより乙女たちはその欲求を強く抑圧されることになる。

②過酷な巡業

全女は創設期に他団体から嫌がらせを受け、そのせいでまともな会場が借りられなかったことから駐車場のような屋外会場での経験が豊富になった。その当時に築き上げた各地のプロモーターとの関係性を重要視したのか年間300大会という常軌を逸した興行数で巡業を回った。現在の新日本プロレスがあの選手数と規模感でざっくり150大会程度なので、そう考えると半端じゃない数字である。
選手たちは団体のバスに全員詰め込まれ、全国をぐるぐる回っては試合を続けたのである。遊ぶ暇などあるはずがない。

③定年制

プロレスに定年など聞いたことがない(それどころかやたら高齢になっても元気に試合をしている人を度々観る。グレート小鹿選手、藤波辰爾選手など)だろうが、全女には定年制が不文律として存在していた。
なんと25歳という若さである。
25歳になるとなんやかんやと嫌がらせをして辞めさせられるようになっていたらしく、とんでもない話である。会社で言えば第二新卒期間が終わったら嫌がらせして自主退職させるようなものだ。とんでもない。

④オーディションとプロテスト

普通一般的に入団テストと言えば、そこで合格すればあとはプロデビューへ向けて練習生としてがんばり、折を見てデビューする…というのを想像するだろう。(プロ野球などは入団テスト合格時点でプロ契約になる)
しかしながら全女(というかプロレスの世界)は違う。まず「オーディション」と呼ばれる選考会で入団できる人間を選ぶ。ここで数万人単位で来た応募者から10人程度まで絞られる。そしてその10人は練習生ではなく「候補生」という扱いになり、様々な雑用をやらされながら練習をする。この時点でデビューできる保証はないのである。定期的に行われる「プロテスト」でプロデビューを許可されなければ永遠に試合に出られないのである。酷い話だ。

⑤トップベビーは歌って踊る

プロレスにはベビーフェイスとヒールという役割がある。ベビーフェイス(略称ベビー)はいわゆる正義の味方だと思って貰えばいい。ヒールは悪役だ。基本的にベビーは顔が良く、スタイルが良く、人気のある選手の役割で、ヒールはどちらかと言えばそれに該当しない選手がやらされたりする。ヒールは凶器を使ったりセコンドが介入したりと何かと小狡いことをし、ベビーを苦しめるのだ。
この役割は会社の方針によって決まることがほとんどで、それらのレスラー個々人に作られた設定全般を「ギミック」と呼んだりする。ベビーからヒール、ヒールからベビーへ移ることもあり、それは「ターン」と言われ、ベビーターン、ヒールターンなどと言われる。
全女でも例に漏れずこの役割分担ははっきりとしており、ベビーフェイスには歓声が上がり、ヒールには罵声が飛ぶ。
特異な点はここからだ。全女のトップベビーは歌って踊るのだ!レコードももちろん出すし歌番組にも出演する。もはやプロレスラーを超えてアイドルと化すのである。そしてお茶の間での認知が爆発的に上がることでもはや社会現象と言っていいほどの女子プロブームを作り出すのである。
他のプロレス団体で歌番組にまで出てくるプロレスラーを見たことがあるだろうか?言うなれば闘魂三銃士(武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也)が歌って踊ってレコード出してベストテンに出るようなものだぞ。嘘みたいだろ。

⑥上下関係

これはどのプロレス団体でもありうる話だが、全女も例に漏れず上下関係が厳しかったようだ。「先輩が言うことは絶対」なのは当然で、さらには先輩が使うプロレス技は後輩は使うことができなかった。何なら先輩から認められた後輩が技を受け継ぐといった伝統まであったらしい。となると、先輩・後輩の間での関係値というのが若手の団体内での立ち回り上、非常に重要なことになってくるのは言わずもがなである。先輩に嫌われたら大変なことになるのだ。

⑦ピストル

これが一番特異な点かもしれないのでしっかり説明する。
プロレスには「試合時間と勝敗を事前に決めている」という都市伝説があったりなかったりする。(この辺はイチプロレスファンとしてこの程度の言及にとどめたい)

なぜこんな話が出るかと言えば、それはその圧倒的な試合数と興行形態が関係している。まず試合数が通常の格闘技と比べて圧倒的に多い。ボクサーの年間試合数が2〜4試合と言われる中、前述の通りプロレスというのは100大会以上開催がザラで、となると人気レスラーはほぼ毎回それに出るのだから半端じゃない試合数になる。毎回ガチンコでぶつかりあってたらすぐに壊れてしまって話にならない。(逆に言えば、ガチンコで試合をしたらボクサー程度の試合数しかできないということである。)

また、興行形態も大事な要素だ。開場・開演の時間から終演までの時間は会場側と興行主の間で事前に決められており、興行主はこれを遵守する必要がある。ところが毎回ガチンコでやっていると試合時間いっぱいを使うかもしれないし、もしかしたら瞬殺で終わってしまうかもしれない。要はガチンコの試合は時間が読めないのだ。

年末の総合格闘技を思い浮かべてほしい。やたらと瞬殺が多い年は途中で長い休憩を入れて、その時点ですでに終わった試合のハイライトを延々と流したりして時間調整をしているだろう。ので、総合格闘技は開演がやたら早くて終演までの時間がやたら長いのだ。100大会以上開催するのだから、そんな長時間いちいちやっていられないしそもそも観客を毎度時間調整で待たすのも興行としてはナンセンスだ。となると、試合時間も事前に決めてタイムスケジュールに沿って運営する方が都合が良いに決まっている。ここにテレビ放映なんかがついてきたら本格的にギチギチにやらないといけなくなる。
私自身何度もプロレスの試合を観に行っているがなぜか毎回すごくキリのいい時間にメインイベントが終了する。よくできたシステムである。
世界のトップをひた走るアメリカメジャー団体WWEは、上場時にプロレスにはシナリオがあることや試合時間、勝敗が事前に決まっていることを公にした数少ない団体である。まぁ、世界トップがそうなのだから基本的に業界全体が…と思ってくれて問題ないかもしれない。

全女は、というとさらに複雑な風習があったのだ。それが「ピストル」である。全女の試合は原則として決着は事前に決定していた。しかしながらその試合の全部乃至一部が「ピストル」と呼ばれる時間になっており、この間は事前に決めた勝敗に関係なくガチンコ(ただしボコボコにして良いわけではなくあくまでも押さえ込みや絞め技を主体として)で戦って良かったのだそうだ。「この試合はピストルだ」と言われれば、最初から最後まで本気でフォールやギブアップを狙って勝ちに行って良いのだ。
一部がピストルの場合には、30分一本勝負の試合を例にした場合、20分ごろに決着、10~15分の間はピストルで…といったようなことを事前に決めていたようだ。そしてそのピストルでの勝敗に関しては一切文句が言えなかったらしい。タイトルマッチでもそれがあったというから驚きだ。チャンピオンが事前に勝つと決められていてもピストルの間は本気で戦わなければいけないのだ。
ピストルについては暴露でもなんでもなく普通にOGが話しているので都市伝説ではない。

↑18:30ごろからOGのクレーンユウが普通にピストルについて言及している。つまり、全女の試合はエンターテイメントでありながらその中にガチンコの要素が多分に含まれていたのだ。
さらに言えば、そもそも決着を決めていない試合もザラにあり、日常的にピストルの試合が行われていたのである。挙句に松永兄弟が選手の勝敗で日常的に賭けをしていたというから驚きだ。(これについては人格的にも色々と思うことがある)
つまり全女は、男子がやっていたプロレスよりもある意味でエクストリーム、ハードコアな一面を持っていたのである。
(あのタイガーマスクこと佐山聡が松永兄弟を指して「バカじゃないの?お宅の社長」と言ったほどである)

つまり、「殴り合いの宝塚」。

さて、ここまで全女の特徴を話してきた。まとめると、全女の乙女たちは10代の頃から様々な抑圧、人間関係、扱いの差、プレッシャーに耐え、華やかな世界を夢見て日々自己研鑽を続けていたのだ。…なんだか似ているものがないだろうか。

そう、宝塚である。

日本の女子プロレスは前述した通りストリップなどのエロの対象としてのルーツを持つが、全女はそんな下世話な世界を一気に女子の羨望の的へと変えていった。実際、80年代まではファンの大半が若い女子だったのだ。

で、宝塚に似ると何が起こるかと言えば、そう。いじめである。
抑圧された女子たちの間ではいじめが日常的に起こり、いじめの対象となった子は必死にそれに耐えながらスポットライトを目指す…まさに「乙女の地獄の園」である。
しかも舞台はリングの上。使う技術はレスリング。合法的にぶっ飛ばすことができるこの世界のいじめは、それはそれは厳しいものだっただろうことは想像に難くない。

さて長々と説明したが、ここまでがまさかの前段である。
予備知識がグッと入ったところでやっと本編レビューに入ろうと思う。

憧れた世界、全女。青春と地獄の始まり。


リングで歌うビューティー・ペア。再現度がすごい。

1970年代後半、全女はマキ上田、ジャッキー佐藤の歌って踊るタッグチーム「ビューティー・ペア」の空前のブームにより熱狂的な女性ファンを集めていた。

全女の会長である松永高司は、人気絶頂でありながらも致命的な不和が生じていたビューティー・ペアに対して敗者引退マッチをやらせるというとんでもないマッチメークを行う。結果、ジャッキー佐藤がマキ上田に勝利したことでビューティー・ペアは解散、金のなる木を自ら手放した全女はその後、次なるスターを探すこととなる。


会長自ら露天をやるのが全女式

この敗者引退マッチを現地で見ていたのが本作の主人公である松本香だ。彼女はジャッキー佐藤推し(推している理由もまたグッとくるので本編でぜひ見てほしい)の女子高生で、内心では自分も全女に入りたいと思っている。
会場で屋台を出しているおっちゃん(実は全女の会長)からもオーディションを受けるよう言われるが、香はオーディションは受けないと言う。その理由は、複雑な家庭環境にあった。

幼少期の松本家

香の家はなかなかの貧乏で、母と妹とそして飲んだくれの父と、築古の一軒家に賃貸で住んでいた。父はダンプ乗り、女癖も悪く不倫した挙句に外で子供を作るようなろくでもない人間だった。(しかもその子供に「かおる」とつけるようなゲスっぷりである。とんでもない。)
香はそんな家庭環境から母や妹の生活を守りたいと考えていたため、高校卒業後は母の紹介でなんとか決めてもらったパン屋に就職することを決めていた。

パン屋の出勤初日、その日は奇しくも全女のオーディション当日だった。
全女への未練を心の奥底に封印した香は、パンの移動販売を行っていた。そこで父が過去に不倫した女性とその子供「かおる」にたまたま出会う。女性はその昔父と不倫していたが、結局愛想をつかして別れたそうだ。
そしてこの女性は香に言うのだ。

「あの穀潰し(父)が悔しがるほど、好き勝手やったらいい。」

「あたしなんかに言われたかないだろうけどさ、好きに生きた方がいいよ。」

一人の男に振り回された女から、同じ男に振り回された娘へのエールの言葉だった。その言葉を聞いた香は決心し、パン屋の仕事をバックれ、オーディション会場へと走るのだった。

その間にも、オーディションは進んでいた。

北村智子。後のライオネス飛鳥
大森ゆかり
本庄ゆかり。後のクレーン・ユウ
長与千種

目を輝かせた新人たちが必死で自己PRをしていく。キラキラと輝く女子プロレスの世界を夢見る乙女の眼差しに、一点の曇りもない。

オーディション終了間近、汗だくの香がやってきた。

松本香。後のダンプ松本

その視線の先には、憧れのジャッキー佐藤がいた。

「あの…私…ずっとジャッキーさんに憧れていました。ジャッキーさんみたいになりたくて…。」

ジャッキー佐藤はその真っ直ぐな乙女の言葉に対して、物憂げに一言「ありがとう」と言った。

香は叫んだ。
「プロレスが大好きです!」

香は見事全女の新人オーディションに合格した。
パン屋を紹介してくれた母には迷惑をかけたことを妹は責めたが、香は土下座をして謝った。どうしてもプロレスラーになりたかった。
憧れの全女、ジャッキー佐藤。大好きなプロレス。
香は初めて家族にわがままを通した。

リングは眩く光り、青春は輝きを失う

松本香は晴れて全女のオーディションに合格し、プロ候補生となった。
はっきりいってここまではただのスポ根ドラマにしか見えないだろう。だが、安心(?)してほしい。そんな甘っちょろい話ではない。
ここまでは完全に前振りである。
あんなにピュアに「プロレスが大好き」と言った香は、その後あまりにも不憫で辛い女子プロレスの現実に触れ、松永兄弟の悪意たっぷりな商売の餌食にされ、家族に煙たがられ、そしてついにスーパーヒール「極悪女王」になる。

そう、つまりこの話は破滅に向かっていく話なのだ。
一人の少女が自分の思い描いた成功を掴むことはなく、誰も想像していなかった恐怖と悲しみ、落胆の世界へと落ちていく…ホアキン・フェニックスのジョーカーのような悲哀に満ちたストーリーなのだ。

ここで登場人物を掘り下げていく。
まずは昭和55年組(1980年入門)の同期から見ていこう。


主人公、松本香。
リングネームは「ダンプ松本」。
ビューティー・ペアのジャッキー佐藤に憧れて全女に入門するも、プロモーター(阿部四郎)との営業回りなど会社の雑用をやらされたりと不遇な扱いを受ける。
気は優しく文句を言うタイプではない、つまりは「いいやつ」なため、自らに降りかかってくる理不尽をすべて受け止め続けてしまう。結果、(ふっ)キレて極悪女王ことダンプ松本としてブレイクする。
同期の中では同じく不遇な扱いを受けていた長与千種と親しくしていたが、クラッシュギャルズとの激しい構想を画策した会社による策略(双方にあることないこと陰口を吹聴するなど)のせいで仲違いすることになる。
当時の全女が目指した勧善懲悪のストーリーの究極体と言えるユニット「極悪同盟」は、10代の女子たちの想像を超えた残虐性を魅せ、ライバルのクラッシュギャルズをビューティー・ペア以上の人気ユニットへと輝かせた。その反面、香本人の青春の輝きはどんどん失われていくことになる。

今作は観ているうちにそれぞれの役者がレスラー本人に錯覚してしまうほどキャスティングが素晴らしいのだが、ダンプ松本を演じたゆりやんレトリィバァも非常に良かった。演技自体は決してうまいとは言えないものだったが、むしろそれがすごく良かったように思う。
松本香を演じる役者に求められるのはまず「人の良さ」だと思うが、それがしっかり滲み出ていた。その後ダンプ松本になってから心のどこかで無理をしながらヒールを演じている感じが、ゆりやんの演技レベルのおかげでむしろリアルになっていたように感じた。なんていうか、本当に無理をしているんだなぁとしみじみ感じられたのだ。非常に良いキャスティングだったと思う。


長与千種。
香の親友であり、ダンプの憎きライバルであり、本作のもう一人の主人公。
リングネームは本名そのままである。
長与は元競艇選手の父が抱えた借金のせいで親戚の家をたらい回しにされるという複雑な家庭環境で生きてきた苦労人だ。故に、誰よりもハングリー精神が強い。尖りまくり、ぶつかりまくり、人を突き放す。その目は鋭く、故に先輩レスラーからは目の敵にされいじめられてしまう。(リアルでは同期からもいじめられていたらしい。)
そんな中で同じく辛い家庭環境にあり、不遇な扱いを受けていた香と意気投合するが、それが後の残酷なストーリーを生み出すことになってしまう。
空手を長年やってきており、また、憧れの選手は前田日明(本作の中でも一瞬触れられている。実際はただの憧れに留まらずバッチリ手をつけられており中○○をキメられたらしい。前田談である。ひどい男だよ、前田)で、男子のような本格的なプロレスを志向している。
ライオネス飛鳥と「クラッシュギャルズ」を結成し、ポストビューティー・ペアとして一気にスターダムを駆け上がっていく。
高度な運動神経とセンスを持つ飛鳥が「攻め」のプロレスを得意とするのに対し、長与はひたすら相手の攻撃を受けてから反撃する「受け」のプロレスを得意としていた。可愛らしい顔をしており流血が映えるからと極悪同盟の格好の餌食にされてしまう。
しかし、本人は歌も凶器も流血も全てがプロレスの持つエンターテイメントの要素の一つであるというとんでもなく高いプロレス脳を持っており、それ故、彼女(と飛鳥)のファイトスタイルはその後の女子プロレスの世界を一気に3段ぐらいレベルアップさせた。そしてその高すぎるプロレス脳により、かなり真面目(少し頭の硬い)な飛鳥との間に微妙な亀裂を生じさせてしまうことになる。
1994年には女子プロレス団体「GAEA JAPAN」を設立。そこで里村明衣子や永島千佳世、広田さくらなど「脅威の新人」と呼ばれる逸材を育て上げ、その後の女子プロレス会の礎を作り上げた偉人である。(個人的には力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木に次ぐぐらいの日本プロレス会の偉人だと思っている。)
本作を見て女子プロレスや長与千種に興味を持ったのなら、ぜひ『ガイアガールズ』というドキュメンタリー映画を見てほしい。

全女から続いた「乙女の地獄の園」の系譜の一端を垣間見ることができるぞ。

演じたのは唐田えりか。これもとんでもなくハマり役だった。おそらく撮影時、唐田本人がすごくハングリーだったのだろう。目の鋭さが長与選手のそれにしか見えなかった。あとやっぱり流血が似合うっていうのが大きい。可愛らしい顔が血塗られていき、しかし目は死んでない。そう、それが長与千種なんだよ。


北村智子。
リングネームは「ライオネス飛鳥」。
彼女もまた、ジャッキー佐藤に憧れて全女の門を叩いた一人だ。
天才的な運動神経を持ち、アスリートとしての才能は同期の中でも一歩抜きん出ていた選手。その高い能力故にピストルをやらせるとかなり強かったらしく、松永兄弟からも一目置かれていたらしい。
クラッシュギャルズを結成、順風満帆かと思いきや極悪同盟との抗争が激化すると人気の面では長与に一歩劣ってしまう。ここがプロレスの難しいところだ。例えイチ・アスリートとして優れていても、決して人気に直結するわけではない。プロレスにおいては、「強い」ことが必ずしも良いわけではないのだ。長与はその点、とんでもないプロレス脳、いわばプロレスの天才だ。故に、飛鳥はそこにコンプレックスを抱くようになってしまう。
89年に引退、94年に復帰してからはヒールに転向し、FMWで男子レスラーの冬木弘道と一騎打ちをするなどそれまでの飛鳥では考えられないような経験をし、一皮も二皮も向けた99年、再度長与と対峙することになる。

演じたのは剛力彩芽。このキャスティングもすごすぎる。
Seventeenの専属モデルとして活躍し、その後テレビに進出してからは月9に出演するなど破竹の勢いでスター街道を登って行った…はずなのに、なぜか一歩抜きん出た人気がない。
歌える、踊れる、スタイル抜群、愛らしい一面もあり、バラエティも全然オッケー。どこも非の打ち所がないのになぜか一歩足りない。そんなもどかしい部分が飛鳥とリンクしているように思えて仕方がなかった。


本庄ゆかり。
リングネームはクレーン・ユウ。
例に漏れずビューティーペアに憧れて全女の門を叩いたが、元々面倒ごとを嫌う穏和な性格だった故に、会社に反発することもなくヒールにさせられる。極悪同盟の前身のデビル軍団にマスクマンとして加入、その後デビル雅美を裏切る形で極悪同盟に参加する。
しかし、その根っからの穏和な性格からヒールとしての振る舞いに徹することができず、極悪同盟を脱退。その後念願のベビーフェイス転身を会社からもちかけられるも、反故にされまさかのレフェリー転身を命ぜられる。普通に試合出てる選手を次の日にレフェリーにする全女、さすがのブラックぶりだ。ビンス・マクマホンもびっくりである。
全女退団後は結婚し子供を3人産み、離婚。シングルとして中々貧しく苦しい生活を送っていたとのこと。現在はまさかの現役復帰しており、ヒールレスラーとしてインディー団体で暴れ回っている。

演じたのは男女お笑いコンビのマリーマリーのえびちゃん。演技が自然だったのでまさか芸人さんだとは思わなかった。演技だけで言えばゆりやんより全然うまかった。ネトフリってこの手の知名度の低い逸材を見つけ出してくるの上手いよなほんと。


大森ゆかり。
リングネームは本名そのまま。
柔道や相撲をベースに持ち、「女力道山」とまで呼ばれた正統派ベビーフェイスで、ジャンボ堀とのタッグチーム「ダイナマイト・ギャルズ」で人気を博した。このタッグはクラッシュギャルズのライバルとして結構な人気だったはずだし、全女のど真ん中育成に成功したタイプの選手だと思うのだが、なぜか本作の中では極めて影が薄い。
引退後はダンプ松本と「桃色豚隊(ピンクトントン)」なるユニットで歌を出したりジャパン女子のコーチをやったりと多方面で活躍した。
ブル中野曰く、全女で一番の美人だったらしい。

演じたのは隅田杏花。元劇団員の女優で、本作のために13キロも増量したらしい。増量前の写真を見たら別人すぎてびっくりした。女優魂、あっぱれである。


本作で主に取り上げられた55年組は以上となるが、他にもたくさんのレスラーが出てくる。
ジャッキー佐藤をはじめ、ジャガー横田、デビル雅美、ジャンボ堀など、プロレスファンならうんうんと唸るような納得の振る舞いと造形なので、めんどくさいプヲタも安心して見てほしい。あんまり文句は出ないはずだ。


55年組以外では特にブル中野(演:堀桃子)が素晴らしい。極悪同盟内で不憫に揉まれる様や、しかしそこからキャラクターを確立して覚悟が決まっていく様は中野恵子本人が引退後に回顧した内容とリンクしていて中々興味深かった。
ブル中野はダンプ引退後に極悪同盟の系譜で「獄門党」を結成し、クラッシュ引退後の低迷した全女を救ったスーパーヒールである。アジャコング、北斗晶、井上京子らといった後のスーパースターたちを見出し、なんならたぶんこの人がいなければ1994年の女子プロレス初の東京ドーム大会「憧夢超女大戦(どうむちょうじょたいせん)」の開催はあり得なかっただろう。
その人気は国内だけに留まらず、ダンプとのタッグで世界最高峰のWWEに当時17歳で参戦、マジソンスクエアガーデンのリングに立った経験もあり、その後アジア人初のWWE女子王座を獲り、殿堂入りまでしたとんでもない逸材である。
そんな逸材の誕生ストーリーもちょこっと入っているのでぜひ注目してほしい。


乙女を搾取するもの、支えるもの。

ここまではレスラーを紹介してきたが、全女を構成する様々な大人たちもまた、本作の重要な要素だ。


左が松永俊国(演: 斎藤工)、右が松永高司(演:村上淳)

全女は松永家の一族経営により繁栄し、そして衰退していく。
が、80年代の全女はまさに破竹の勢いで、一族の乱暴で豪快な舵取りによって乱高下を繰り返しながら高みを目指していくことになる。

全女の経営に関わっていたのは松永兄弟のうちの4人なのだが、本作では3人になっている。
会長で最大権力を持つ三男の高司、レフェリーもこなす四男の国松、血気盛んな五男の俊国。この三人が時に揉めたり、時に暗躍しながら乙女たちを翻弄していくわけだが、本作の肝は彼等だと言っても過言ではない。
つまりは、全女の選手たちの本当の敵は体勢側の彼等なのだ。彼等はビジネスの都合によって彼女たちの夢や友情を引き裂き、家族を引き裂く。しかしそれに反比例するかのように観客は熱狂し、夢中になっていく。

「お前は選手のことをなんだと思っているんだ!」
「兄貴が人のこと言えた立場か!?」

といった彼等のやりとりから分かる通り、彼等は自分たちがやっていることがあまりに残酷なことであることをよくわかっている。しかし、プロレスという虚実入り混じったエンターテイメントを最大限に活かすには、それが最適解であることも十分にわかっているのである。
本作の中でのジャッキー佐藤への仕打ちは本当に不憫でならない。

(というか、私個人としてはジャッキー佐藤という人自体がリアルに不憫でならない。興味がある人は「ジャッキー佐藤 神取忍」「ジャッキー佐藤 最後」などと検索してその後の顛末を知ってほしい。不憫すぎる。)

松永一族に愛憎入り混じった複雑な心境を抱えた選手も少なくない。
全女は当初こそは業界で一強だったものの、後に旗揚げする(本作の中でも少し触れられている)ジャパン女子プロレスやLLPW、そして何より長与千種が作った伝説の団体「GAEA JAPAN」などの競合人気によって勢いを失っていく。後に全女の中心選手の多くがGAEA JAPANに移籍したことから、その意味を汲み取ってほしい。

全女の末路も信じられないほど悲惨なものだ。あまりに悲惨なので、本作を観た後にぜひ自身で検索してほしい。そして何とも言えない後味を感じてほしい。正直なところ、本作はここまでの体験を含めて初めて完成形だと言っても過言ではないと思う。

ただし、大人だってひどいやつばかりではない。悪徳レフェリーとして名を馳せた阿部四郎(演:音尾琢真)と香の関係などはグッとくるものがある。
日本中から忌み嫌われていたあの阿部四郎が、視聴者からはまったく別の人物に見えるのもまた、本作の魅力の一つだ。

本作の良いところ、悪いところ。

登場人物紹介も終わったところで、私が思う本作の良いところと悪いところをレビューしようと思う。

良いところ①キャラクター

登場人物紹介でも書いたが、本作はキャラクターが素晴らしい。
見始めた時は多少の違和感があったが、最終話にはもう完全に本人に見えているからすごい。造形だけでなく、性格までしっかり深掘って作られた脚本だからこそのものだろうと思う。
ただし、長与千種の訛りはちょっとやりすぎだと思う。笑
あんなに訛ってないよ。笑

良いところ②試合の再現度

長与千種が指導しただけあって、女優がやっている割にはちゃんとプロレスに見える。特にクラッシュギャルズの二人は素晴らしく、ニールキックやブレーンバスターのような技もしっかりそれらしく見ることができる。
また、実況解説や入場の感じもしっかり当時の映像に則って作られているので、当時の全女を観ていた人たちも納得のクオリティだろう。(私はリアル世代ではないが、本作視聴後に実際の映像と見比べてその再現度に驚いた)

良いところ③時代の再現度

細かい小道具や車、ポスターなど、ディテールまでしっかりあの時代のものになっている。特にすごいのは大会ポスターだろう。随所で登場するが、元ネタと見比べると笑ってしまうほど再現されている。こういうところで没入感は変わるので大切な要素だ。

良いところ④長さ

本作は5話完結となっており、一本あたり大体1時間だとしておよそ5時間で観きることができるボリュームとなっている。
同じNetflixの『地面師たち』が7話、『忍びの家』が8話だから、本作は少し短めと言って良いだろう。故に、すごく観やすい。これは相当大きなメリットだと思う。もうね、現代人は忙しいですから。中々連ドラをバンバン観れないんですよ。その点、他のドラマよりも数時間短い本作は観やすいと思うのでオススメできる。

では、ここからはちょっと心苦しいが、あえて悪いところをレビューする。
とは言え、わざわざ言うべき悪いところは一つしか思いつかなかった。

悪いところ:プロレスファンへのデリカシー欠如

これは本作唯一にして最大の弱点だと思う。
プロレスファンへのデリカシーが足りていないのだ。
はっきり言って、「ブック破り」という言葉をあんなにど真ん中に据えるべきではなかった。そもそもこの言葉自体がもはやファンが使う造語と言ってもいいし、あの当時に使われていたとは到底思えない。(何ならミスター高橋の暴露本が出た後からな気がする)
プロレスのヤラセ要素的な話自体を取り扱うのは悪いことだとは思わないが、この言葉を使うのは個人的にはやめてほしかったし、デリカシーがないな、と感じてしまった。なんていうんだろう。プロ野球で言うなら、選手自身が「あの選手はスペ(スペランカーの略。怪我をしやすい選手を指すネットスラング)」とか言うぐらいなんかこう、気持ちが悪いのだ。
ただまぁ、逆に言えばプロレスファンでもない限り、たぶん気にならないはずだ。あなたが害悪プヲタでもない限りきっと気にならないから安心してほしい。

いや、これが青春なんだ。リングに青春は、確かにあったのだ。


ここまでレビューしてきて、本作「極悪女王」はあまりにも暗く辛い話のように感じたかもしれない。
実を言うとこれは私自身がかなり意図的に行った印象操作であり、実際に観てみれば本作はかなり観やすい作りになっているし、何なら結構明るく元気な作風だ。気持ちが落ち込んでいる人でも安心して観てもらって構わない。

あえてこのような書き方をしたのは、これから見る皆さんのカタルシスのためだ。
長い巡業シリーズの中で抗争を繰り広げ、ストーリーを作り込み、そしてシリーズ最後のビッグマッチでそれを昇華する…それがプロレスというエンターテイメントだ。
このレビューを私は、言うなれば『極悪女王』という巡業シリーズの煽りVTRのようなものにしたかったのだ。これを読んでもらってから本作を見るとよりワクワクして、より楽しめる。そんなレビューにしたかった。
そう考えた時に、このレビューの役割はプロレスが持つ虚実入り混じった世界、つまりは史実とフィクションが入り混じった世界を感じるためのヒントにするべきだと思ったので、暗く重たい史実を多分に含んだレビューにしたのだ。

でも安心してほしい。
当初、
「ホアキン・フェニックスのジョーカーのような悲哀に満ちたストーリー」
「破滅に向かう話」
と言ったが、あれは嘘だ。すまない。

本当のところ、本作はとんでもない青春活劇だ。
女子プロレスというリングの中には確かに青春があり、その瞬間、彼女たちは誰よりも確かに煌めいていたのだ。

日本中が熱狂し、注目するリングの上で、彼女たちは一体何を魅せるのか。
ぜひ、その目で確かめてほしい。



追伸。
最近気づいたんだけど、GAEA JAPANのYoutubeチャンネルでめちゃくちゃ試合の動画が上がっているので興奮しています。(クラッシュ2000、D-FIX関連とチームエキセントリック関連はまじで嬉しい)
あとNetflixさん、この調子でぜひブル中野とアジャコングの金網デスマッチまでを描いた『女帝』、北斗晶と神取忍の横浜アリーナ決戦までを描いた『デンジャラス・クイーン』を制作してくださいお願いしますお願いしますお願いs

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