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生誕3年記念 だらだら本音トーク

3年前の今日、noteを始めました。その少し前に岡本太郎の言葉に触発され、「素人の私にも何か書けるかなぁ」と思い、「どこに書いたらいいと思う?」と幼馴染に相談したところ、「いずみにはnoteが合うと思うよ」と言われ、覗いてみたのがきっかけです。

noteの第一印象は「シンプルで書きやすい」でした。フェイスブックよりフォントが大きいし、広告がなくて気が散らないし、知人がいない分自由に使うことができました。

(noteを紹介してくれた幼馴染は当時「●●文庫」というアカウントを持っていましたが、操作に不慣れな私はうっかりブロックしてしまいました。なので、3年前の今頃は、noteという大海でたった一人、筏に乗っているような状態だったのです。)

そのうちに「スキ」を押してくださる方や「フォロー」してくださる方がチラホラ出てきて、「この人、あそこで会ったあの人かも」などとドキドキしながら、少しずつ賑やかになりました。

noteを始める前は殆ど使っていなかった右脳をウォーミングアップするため、最初に選んだのは俳句でした。それからエッセイ、小説と徐々に尺を広げ、noteの外のコンテストに出してみたら入選したりして。それから、少しいい気になって音楽にまで手を出し、学生時代に好きだった先輩と冥土の土産的なライブをしたり、かつての上司の息子さんに動画を作ってもらったり、十代の頃のヴォーカルの先生に会いに行ったり、大江千里さんのサイン会に行ったり。またnoteで知り合った絵描きさんや写真家さんにご協力いただいて句集を作ってみたり、電子書籍を出してみたり。

とにかくnoteを始めたことを皮切りに、なんだかわけがわからないまま手当たり次第に遊びまくって、50歳の誕生日を過ぎた頃には体が相当弱っていました。

昨夏の終わりでしたか。気管支炎をこじらせ、一時期は完全に声を失いました。ドクターストップで年内は鼻歌すら歌えませんでした。声帯という少し淫靡な形をしたパーツは、音を聴くだけでも反応してしまうそうです。なので、なるべく音のない世界でひっそりと生活していました。もう今では普通に話せますし、生活するには支障がありませんが、音域も声質も以前とはだいぶ変わってしまいました。

なんでこんなことになってしまったんだろう。答えはわかっています。短期間に急激に遊びすぎたためです。そもそも、私が遊べるのは仕事と家事を終えた夜中のてっぺん過ぎ。それから眠る時間を削って(削ってというとやらされてる感があるから違うなぁ。「寝るのを忘れて」という表現の方が正しいですね)右脳を動かす快感にラリラリパッパな3年間でした。

オマケなら死ぬ気で生きろ五十雀
(おまけなら・しぬきでいきろ・ごじゅうから)

そんな川柳みたいのを作ってキャハキャハ笑っていたくせに、実際に血痰を吐いた時、そして声が出なくなった時、そして体重が小学校を卒業した時のそれに近づいた時、「このままいったら死ぬんじゃないか。まだまだ私は死にたくない!」って猛烈に思いました。生ぬるくてもいいから、愛する旦那さんと一緒に長生きがしたいと。

それで、ちょっとやりたいことを整理することにしました。夜中のひとり遊びにも優先順位をつけようと。絵か、朗読か、音楽か、俳句か、エッセイか、小説か…。ああ、だめだ。そういう角度から絞り込もうとすると自分がちぎれていくのを感じます。だってどれもこれも甲乙つけがたく好きなんですから。じゃあ、一粒で二度おいしいのはどれだ、一挙両得を狙えるのはどれだ、そういう観点から検討してみることにしました。

まずは絵から。果たしてこの私に、見るだけでストーリーが浮かぶような絵が描けるかしら。描きながら自分の頭に音楽が流れてくるかしら。ああ、絶対に無理。幼稚園の時、太陽を黄色で描いたらみんなに「太陽は赤だよー」と言われ、変人扱いされた時のトラウマでクレパスを持つ手が止まってしまいます。それから、高校の時、真剣に取り組んだ作品で10段階中2という歴史的な評価をもらった記憶が鮮やか過ぎて、自由な発想が阻害されます。絶対評価で2ですよ。もう「私には絵心がない」という妙な自信で満々です。絵を描くだけでこんなに身構えてしまうのですから一粒で二度おいしいなんて夢のまた夢。私の場合、絵ではなさそうです。

では音楽はどうでしょう。聴くだけで、いや、ふと耳にするだけでストーリーが浮かんでくるような音を、空気中にばらまくことができるかしら。演奏しながら頭の中で絵を描いていくことができるかしら。ああ、こちらも無理そう。中1の夏、音大への進学を勧めてくれていたピアノの先生の期待が重すぎて、リストの「愛の夢」の練習中にノイローゼになってしまった時のトラウマが頭をもたげます。演奏はからきし駄目です。でも、演奏じゃなくて作曲だったらどうかしら。ああ、こっちはもっと駄目だぁ。昔、とあるオリジナル・ソングのコンテストに応募したらテープ審査をしたのがたまたま初恋のお兄さんで、ニコヤカに「ボツにしたよ」と言われた時の貧血が今も続いている感があり、オリジナルの曲をアウトプットする作業は実はあまり好きではありません。だったら、演奏でもなく作曲でもなく歌かしら…と書きかけてショボン。そうです、声帯結節で長時間は歌えないのです。

となるとお次は文章ですか。文章ではどうでしょう。読むだけで音やリズムが響いてくるような文章が書けるでしょうか。書きながら、芍薬のように花開く展開にドキドキしたりワクワクしたりすることができるでしょうか…。

♪でっきるかな、でっきるっかな♪
♪はてさてふふーん♪
♪さてふふーん♪ 

- ものかきに・なれないことは・ないかもよ(五七五ジャスト) -

そんな大それた考えが浮かんできました。文章については、幸いなことにまだトラウマがないからでしょう。むしろ、褒められた記憶や、国語の先生にひいきされたいい思い出ばかりが浮かんできます。

文章か…。まだ真剣に試してみたことがないだけに、ノビシロだらけな気がするのはきっと私だけ。わかっています。でもいいのです。またまたお得意の勘違いかもしれませんが、思いっきり妄想を広げてみようではありませんか。(←もはや、誰に話しているのかわからないトランス状態)

文章、文章、それが今年のマイ・ブームです。「文章かも、文章だな、文章しかないな」って感じで、心がホップ・ステップ・ジャンプしようとしています。まるで歯が生えてくる時のようなムズムズ感です。(←実際にはそんなムズムズ感なんて覚えていやしませんが)

ということで、これからしばらくの間は、夜中の自由時間は文章を書くことに専念することになりました。こうと決めたら即行動の私。少しでもその時間を多くとるため、髪の毛も15センチ切りました。なぜって、ドライヤーをかける時間がもったいないからです。藤原紀香が宣伝していたヘアカラーで若返る時間だって最小限に抑えたいですし。思い起こせば、ユーキャンで社労士講座を申し込んだ時も、義母が認知症になって介護が始まった時も、パッツンと切って自分を盛り上げました。今回も同様にパッツンです。

とはいえ捨てがたいのは音楽。音楽が魅力的なのは、2次元ではなくて3次元だからだと思います。場合によっては4次元にすらなり得ます。計測器を使わなければ見えないのに、人の心に遠慮なく浸透していく、それが音楽。時間や空間も自由に行き来する音楽。透明なのに色がある摩訶不思議な音楽。そんな音楽の魅力のアレコレを再認識してしまった私が、今さら音楽をきっぱり捨てられるわけがありません。

でも大丈夫。音楽については、先月からヤマハのゴスペルクラスに復帰し、贅沢な時間を取り戻しています。どれくらい贅沢かというと、渡辺真知子や須藤薫を教えた先生の真ん前で、広瀬香美を教えた先生のピアノに合わせて歌っているのです。もちろんマン・ツー・マンではないですよ。チームの一員としてですが、それでもかなりゴージャスでしょう。残念なことに、前述の通り、この半年で声は変わってしまいましたが、別に今からプロになるわけじゃないですし、あまり気にしないことに決めました。そもそも大した声じゃなかったですし、それに一度は完全に諦めてた歌(一度じゃないな。若い頃と昨秋で計2回)、今またハーモニーを楽しめるようになっただけで充分ハッピーです。「神様、ありがとう」って感じ、まさにゴスペルです。今、生まれてから一番、音を楽しんでいると言っても過言ではありません。ですから、音楽はヤマハに任せるとして…

その他の自由時間は、なるべく文章を書くことに集中しようと思っています。わかってるんです。頑張れば頑張った分だけまた何かにぶつかって、怪我することもあるでしょう。でも、幸いにして私はもう若くはなく、メンタルはそんなに柔らかくありません。これから受ける傷に対しては、「大丈夫、大丈夫、舐めときゃ治るよ」と言ってあげられる気がします。だから、ちょっと書いてみます。というか、もうすでに今、長編を書き始めています。

その長編が書きあがるまで、あまり積極的にnoteを開かなくなるかもしれません。というか、年中開いているようじゃダメな気もするんです。書く時は一気呵成に書いて書いて書き抜かないと、途中で文体が変わってしまうと思いますし。

でもnoteをやめる気はさらさらないのですよ。先日印刷した句集『4拍子3小節で綴るいのち』第二版の最後にも、私のホームグラウンドはnoteである旨明記していますしね。ただ、長編が仕上がるまでは、写真や回文や過去作のアップが中心になると思います。また、皆様のところに遊びにいく頻度も少なくなるかもしれません。あらかじめお詫びを申し上げておきます。ごめんなさいね。

あ、それから、謝りついでに書いておきましょう。私はこのnoteで意識的に避けている人が数人います。ズバッとお名前をあげちゃうと、「ちくわ【どんぐり】」様とか「かーる」様とかです。ご本人達は全然気にしておられないと思いますが、一方的に謝ります。ごめんなさい。

なぜこの方達を避けているかというと、この方達の企画はかなり面白そうだからです。もしも私に草津温泉の湯量程の自由時間があればどっぷりと浸かってみたい。でもそれが叶わないので、そして、そのことが残念過ぎるから、なるべく近寄らないようにしています。もし、ここまで読んでくださった方の中にこのお二人をご存知でない方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度飛んでみてください。このnoteで楽しく遊びたい方にはおすすめですよ。

ああ、書きすぎました。私、書き始めると止まらないのです。この辺でやめておきます。寝ないとまた体を壊してしまいます。なにせ無理のきかないお年頃なのですから。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

以上 candycandy記念すべき3歳の誕生日の本音だらだらトークでした。あとで消すかもしれないので、コメントはしないでくださいね。ではまた。