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自由の記録 ~note~ (短編小説)

君: ずっと一緒にいてください 

私: いいですよ 

 

私の自由が君の自由を受け入れた瞬間、わずか1ミリ足らずの不自由の芽が私の世界に着床した。その芽は驚く程の速さで細胞分裂を繰り返し、茎を伸ばし、葉をつけ、瞬く間に私の視界を覆い始めた。その成長した不自由は、あたかも植物のようではあるが無色透明だ。しかし、それでもわずかに影を落としているから、存在していることは確かだろう。実際、その存在が空気に凹凸を作り出しているので、私の目に映る外界はその殆どがぼやけている。 

 

ある日、そんなリバーブのかかった空間に煮詰まった私は「なんとまぁ不自由なことよ」と大袈裟に天を仰いでみた。するとどうだろう。そこにはポッカリと穴が空いていて、そこからクッキリと青空が覗いているではないか。不自由もあそこまでは届かないのだろうか。 

 

私は嬉しくなって梯子を引っ張り出し、その穴の端に立て掛け、トントンと駆け上った。そして、子供の頃バンのハイルーフの天窓から顔を出した時のように、ぴょこんと顔を出してみた。その途端、目に飛び込んできた世界のクリアなこと、明るいこと、美しいこと。かつて、24時間を自分のためだけに使えていた頃に見ていた不自由のない景色とは、かくも眩しく鮮やかなものであったか。 

 

その時、梯子の下から君の声がした。「いずみちゃん、ご飯まだ?」はいはい。あわてて梯子を下りる。魚を焼き、味噌汁を作り、食卓に君を呼ぶ。着席した君を見て思う。眼鏡をかけてもコンタクトレンズを付けても視力が上がらないこの世界で見つめれば、君は割とハンサムだわ。二人の異なる自由を抱きしめながら共に生きていく此処では、これ位の見え方がちょうどいいのかもしれないわね。見上げればそこに自由に向かって口を開けている穴があることを知った私は、足下に茂る不自由にさえ優しい気持ちを持てるようになっていた。 

 

あの日から、晴れるといつも梯子を上り、眼下に広がるパノラマを眺めながら腹式呼吸を堪能している。それは勿論、時間限定の息抜きであるし、毎回いつ下から声がかかるかわからない状況ではあるけれど、それだけに一気呵成に自由の空気を取り込もうと懸命に腹筋を使うからかえって気持ちがよい。それに、取り込もうとするのは空気だけではない。そこから見える花の色、そこに吹く風の肌触り、そこで聴こえる音の振動等々。それらを全身全霊で記憶して、梯子の下に後生大事に持ち帰り、家事と仕事の合間にせっせと備忘記録をしたためている。 

 

そんな私の、ささやかな自由の記録がこのnoteだ。