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「孤独」の檻の扉を開けるカギ
僕は基本的に、「会話」や「コミュニケーション」が苦手です。
でも、苦手なりにどうにかしようとしたり、しんどくない工夫をしています。
だって、「会話」や「コミュニケーション」とは、生きていくためにとても重要なことだと思っているから。
別に、何か特別なことをしているわけではないんです。
少なくともここ数年は。
ただ、例えば・・・・
僕の中で「これは大切にしよう」って思ってることって、
コンビニやスーパーでレジに商品を出す時に「お願いします」って言うこと
お会計終わったら「どうもー」って言うこと
(色々試したんだけど「ありがとうございます」よりも自分にはしっくりくるので)
よく会う店員さんには「こんにちは」って挨拶すること
飲食店を出る時には「ごちそうさまでした」って言うこと
みたいなこと。
たまに、余裕ないとできないこともあるけれども、なるべくこういうところから、意識していこうと思っているのです。
「モテ」とか「営業術」とかそういうの、本を読んで勉強するのも良いけど、こういうところへの意識の方がよっぽど重要なんじゃないかなぁ、と。
自分で言うのも何だけど・・・・
僕、ある側面から見たらわりとキモイ人だと思うんですが、それでもそこそこモテたり、ちゃんと彼女作れたりしてるのって、こういうところへの意識がしっかりしているからなんだろうな、って思います。
キモさのマイナスをこういうのでカバーしてるのね笑
さっき、お使いでコンビニ行った時、僕の前に並んでた2人も、僕の後ろにいた1人も、みんな、そういう「挨拶」してませんでした。
無言で商品をレジに出し、無言でお金を出し、無言で受け取って、無言で帰っていく。
ある人は、店員さんが「いらっしゃいませ」を言い終わるよりも前に食い気味で「タバコ、〇〇番のやつ」って言い捨てる。
店員さんも、決して文句は言わない。
でも、「人として」そういうお客さんの態度、無礼だなって、思わないわけはないだろうに。
自分は笑顔で接客しようとしているのに、それが受け取ってもらえないことを、哀しいなって、思わないわけないだろうに。
そういう光景って、なんか見ていて、モヤッとした気分になるなぁ。
僕だって、そりゃ「オン」モードの時は「風」あるからね、うざったいくらいコミュニケーション取れることだってありますよ笑
でも、「オフ」モードの時には内側にこもる「火」人間ですから、基本的に「会話」はコストが掛かるんです笑
ただそれでも、大切だって思うから・・・・
快活に気持ちいい笑顔じゃなくても、仏頂面じゃなく、柔らかい表情で接したいなと思うし、
「ありがとうございます!」って元気に言えなくても、「どうもー」って会釈することくらいはできる。
この前書いた「孤独」の話にも繋がりますが・・・・
「孤独」な人って、自分から人に繋がりに行ってないことが多いのです。
そして、その態度は、こういう些細な一瞬のコミュニケーションに、出てくるのです。
コンビニの店員さんだって、人間です。
命があり、生活があり、人生があります。
その、目の前にいる人を、ちゃんと「人」として扱わずして、でも「自分のことは分かってほしい」みたいなのって、無理に決まってるじゃないですか。
あなたは人を人として見てないのに、自分は人として見られたいだなんて、無茶言うなぁ。
ちなみに、おそらくそういう人は、自分がちゃんと他人から人として扱ってもらえることにも、鈍感なんですよね。
本当は、自分に繋がってくれる人がいるのに、その存在に気付けない。
(イラスト by 水流苑まち https://twitter.com/tsuruzonomachi)
だって、ですよ。
僕がお店の店員さんとこうして会話をするのは、自分が飲食店の店員をしてた時、お客さんにしてもらって嬉しかった記憶があるからですよ。
「ごちそうさまでしたー」って、一言言ってもらえることともらえないこと、その嬉しさの違いを、自分が知ってるからですよ。
たった一言で店員さんが嬉しいなら、じゃあ、言おうかなって思うだけなんです。
だから、ね。
勿論これだけがすべてじゃないけど・・・・
少なくともこれは、とても大切なことだと思っています。僕は。
今にして思えば、僕は常日頃からこういう態度だったから、ちゃんと来るべき時が来た時に、「孤独」の檻から抜け出すことができたのかもしれません。
目の前の人も、ちゃんと自分に繋がっている人間なんだと思って、接すること。
特別なことじゃなくていい、ただ挨拶するとか、お礼を言うとか、そういう必要最低限だって、いい。
でも、目の前の人は、人間なんです。
ロボットとかと同じように扱っちゃ、ダメなんです。
人を人だと思わない態度って、それ、自分の方から繋がりを拒絶してるじゃないですか。
それじゃあ、そりゃ、孤独にもなりますよ。
やってみてください。
コンビニ行ったら、レジに商品出す時に「お願いします」って言って、終わって出る時に「どうもー」って。
ランチで入った飲食店でも、出てくる時には「ごちそうさまでした」って店員さんに伝えて。
料理を運んでくれた時にも、「どうもー」って。
この人いつもこの時間にこの道で会うなって思ったら、軽く会釈してみたり。
道行く人たちの顔を見て、この人にはどんな人生があるんだろう?って妄想してみたり。
そういうこと、やってみてください。
僕は、こうしたことが、「人と繋がる」ということに、とても大切なカギになると思うのです。
僕の「孤独」を直接的に救ってくれたのは、まりことの出会いやシェアハウスという環境だったと思いますが・・・・
僕が、それで救われることができたのは、こうして僕の中に、人と繋がる下準備ができてたから、かもしれません。
仕事で会う人、同僚も、お客さんも、道端ですれ違うだけの人だって、人間であり、繋がっている。
それを知ることが、まず、自分の「孤独」の檻を開けるカギです。