10p10fp展2024をふりかえる② ~展示作品の技術解説編~
みなさんどうもこんにちは、そしてこんばんは。
どうも、神寺です。かんでらって読みます。光度の単位cd[カンデラ]から名前をもらっています。
さてさて、前回はEOS R6を持つ生粋のスペック厨の私が、SIGMA fpを購入するに至った経緯をしたためました。大体ぴこ神のせい、といったお話でしたね。
さて、今回はいよいよお待ちかね。
私が10p10fp2024にて展示した作品の技術解説回となります。
まずは作品をふりかえってみましょう
いや~~~~、良い写真ですねぇ。ウットリしてしまいます。
キャプションもなかなかどうして良いじゃないの。
さて、今回はこの1枚を仕上げるために行った工夫を、余すことなくご紹介したいと思います。
まずは使用機材から。
カメラ:SIGMA fp
レンズ:SIGMA 50mm F1.2 DG DN | Art
続いて、撮影条件。
絞り:F1.2
シャッタースピード:1/4000秒
ISO感度:ISO100
カラーモード:モノクローム
ざっくりと、こんな感じ。
特に意識したポイントは以下の通り。
・F1.2開放で撮る
・撮影時にモノクローム設定に
・現像時にこだわった設定
・B1という特大サイズで印刷するにあたり
以下、順を追って説明したいと思います。飽きずに最後までついてきてね。
F1.2開放で撮る
もともと妻と子がポツンとしている構図で撮りたいと考えていました。その中で、真っ先にその2人を見てほしいと考え、視線誘導のために周辺光量落ちを演出として使いたいと考えていました。また、手前の桟橋をアウトフォーカスとすることで、奥行き感の演出も行いたいとも考えました。
これらのため、F1.2の開放を選択することとしました。
撮影時にモノクローム設定に
これ、ぜひ試してみてもらいたい方法論なのですが。
言ってしまえば、デジタルカメラの特権的な撮影技法です。
撮影時にモノクロ設定とすることで、カメラ側で表現される世界が、全てモノクロで見えます。そんなの当たり前じゃん、と思うかもしれませんが、騙されたと思って試してみてもらいたいのです。
モノクロ設定にすることで色情報が失われ、明るさ情報のみが映像として流れてきます。これによって、明るさに対する感性が研ぎ澄まされるはず。
実際に私もモノクロ設定で撮影したことで、雲間から射し込んだ太陽の輝きを見落とすことなく、画面中央に配置する構図を見出すことができました。
普段モノクロで撮らないかたも、一度モノクロでスナップをしてみることをオススメします。世界の見え方が大きく変わること請け合いです。
現像時にこだわった設定
周辺光量落ち
先ほど、周辺光量を落として視線誘導を演出したく、F1.2で撮ったと述べました。これを読んで、
「いやいや待ってよ、アプリで周辺光量を落とせば良いじゃん」
と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
ということで、Lightroomで周辺光量を落とした例をご覧ください。
2枚目をご覧になって、何か違和感を覚えませんでしたか?
そうなんです、Lightroomで周辺光量を落とそうとすると、画像のアスペクトの楕円状に光量落ちを発生させてしまうのです。本来、レンズ起因で発生する周辺光量落ちは、正円のはず。こういった楕円状の落ち方は作為的で、私の好みには反するところとなります。
もちろん、他のソフトウェアを使えば(あるいはLightroomも別の使い方をすれば)正円状に光量を落としてくれるかもしれません。しかしながらどのみち、グラデーションが綺麗すぎて人工的なものに見えてしまうことでしょう。自然な、ホンモノの光量落ちを演出として使いたくて、私はF1.2の開放で撮ることを選択したのでした。
シャープネス処理
一般的に、デジタル画像にはシャープネス処理というものを行います。エッジ部分を強調して、パッと見の解像感を高めるといったものです。デジタル画像ではシャープネス処理の結果、エッジ部付近に白い縁取りが生じることがあります。これを「オーバーシュート」と呼びます。
今回の作品の意図に、引きで全体像を見てもらう、その後、寄りで子の表情を見てもらう、といったものがありました。
なので、寄って見たときにオーバーシュートを見てしまうと、途端にデジタルを感じてしまい没入感が低減してしまわないかと考えました。
これを避けるため、現像時にはシャープネス処理はほぼ適用していません。シャープネス完全OFFと言っても過言でないほど。
オーバーシュートがまったくないため、境界部分がとても自然な描写となっていることがわかりますよね。
暗部の階調性
ここもかなりこだわったポイントです。しっとりとした感じに仕上げたく、マット紙で出力することは早々に決めていました。ですが、マット紙って、暗部が潰れやすいのです。なので、PCモニターだと階調が残っているのに、印刷したら黒潰れしていた…なんてことも少なくありません。
そこで私は、暗部のトーンを何パターンか振ってマット紙に印刷し、子の表情がギリギリ見えるくらいにシャドウの追い込みを行いました。
本番のB1印刷は専門の業者に依頼しましたが、自宅でマット紙を用いてトーンの追い込みを行う際には、この展示に向けて購入したCanonのPRO-G1を使っています。
閑話休題:SIGMA 50mm F1.2 DG DN | Art というレンズ
一般的な光学特性として、増高が高い(画面の周辺部)ほど解像力が低下したり、像が流れたりします。これは物理的に避けられない課題です。
これら前提を踏まえて、私の作品を改めてご覧ください。
増高6割ほど、F1.2開放、シャープネス処理なし。
このような厳しい条件かつ曇天で非常にコントラストの低い被写体でありながら、長靴(はらぺこあおむし)や地面の板の間の境界部を、緻密に描いています。
これが50mm F1.2 DG DNというレンズなのです。このレンズでないと、この表現を実現できなかったと、強く感じています。
2024年発売で20万円ほどする高価なレンズですが、買って後悔しないと断言します。
ちょっと話は逸れますが、私は「DIE WITH ZERO」的な考え方が大好きで。どうせいつかこの世を去るなら、いたずらにお金を残しても仕方ないだろうと。いまこの瞬間が人生で最も若いわけで、今後老いていく未来を想像するに、いましかできない体験をいまのうちにしてしまった方が良い、と心から思うのです。
言い換えると、年老いて腰が曲がったときにお金を余らせていても仕方ないなと。いまこの瞬間が最も生きた形でお金を使えるんじゃないかなと。
その信念のもと50mm F1.2 DG DNを手にした結果、この1枚を撮影することができました。
もう既に元は取ったようなものです。
B1という特大サイズで印刷するにあたり
dpi不足問題
今回、2,400万画素のfpを使った撮影を行いました。
そんななか、B1サイズでの印刷を心に決めましたが、B1とは1,030mm x 728mm とかいう超デカサイズです。
fpの2,400万画素でB1印刷しようとすると、たったの148dpiとなってしまいます。
もちろん、148dpiでも離れて鑑賞するぶんには問題ありません。しかし、今回の展示は子の表情も見てもらいたい、つまりは寄って見てもらいたいと思ったので、とにかくデジタルな劣化みたいなものはなるべく抑えたいと思うに至りました。
そこで、3つの手段を用いてdpi不足を補うこととしました。
Neural network Image Processing Tool の活用
近年、画像の画素数を向上させる技術開発が盛んです。いろいろな手法がありますが、私はCanonが提供しているツール、Neural network Image Processing Tool(なげぇ…)を採用することとしました。
私自身、Lightroomのスーパー解像度を使ったことがあるのですが、被写体にない偽構造を生成してしまったことがあって、苦手意識を持っています(現在は改善したかもしれませんけどね)。
その点、CanonのNeural network Image Processing Tool(なげぇなオイ)は、公式技術レポートにもあるように、元データの真正性を高いレベルで保証してくれているようです。
ホワイトペーパーも公開されています。ほとんど何を言っているかわかりませんが、なんかいろいろとすごいことをやっているようです。
このツールを使うことにより、元画像の解像度を縦横2倍にアップしてくれるので、fpであっても約9,600万画素のデータに拡張することができます。つまりは296dpiを達成します。
もちろん、原理原則として、9,600万画素のCMOSで撮影した画像と同等の解像性能を得ることはできませんが、十分すぎるほど解像感を向上させられます。
いかがでしょうか。
一般的なbicubic拡大と比べて、だいぶ傘の線がスッキリかつ滑らかに表現されているのが見て取れるかと思います。
ノイズをまぶすことでディザ効果を付与
Neural networkなんたらで2倍拡大したのち、Lightroomにて全体的にさらっとしたノイズをまぶしました。ノイズをまぶした意図にはモノクロフィルムの粒状感、という文脈もあるのですが、それだけでなく、ディザ効果への期待も込めています。
ディザ効果とは、超ざっくりに言うと、あえてノイズをまぶすことで、より滑らかだと感じさせる(錯覚させる)画像処理技術です。
もし機会があれば、駅の広告のようなめちゃくちゃ大きな印刷物を近くで見てみてください。ノイズがまぶされていることが多いはずです。
あとは、デジタルデータなので、どうしても階調段差(トーンジャンプ)は避けることができません。それに対し、全体的にノイズをまぶすことで、トーンジャンプを低減させる効果も期待できます。
16bit TIFFデータで入稿
これは単純です。いままでのワークフローはすべて16bit TIFFデータで扱っています。8bit JPEGにすることで、階調劣化や、JPEGにエンコードする際にブロックノイズが発生してしまうことがあります。特に今回のようにコントラストが低くのっぺりとした被写体では、トーンジャンプやブロックノイズのリスクが高いです。大事な大事な空の部分にそういった画質劣化が起こったらとんでもなく興醒めなので、16bit TIFFでデータ入稿を行いました。
おわりに
今回の展示にあたり、私が培ってきた画像処理に関する知識をふんだんに盛り込んでいます。ここまで飽きずに読んでくださった方は薄々勘付いていらっしゃることと思いますが、結構私、定量的に画像データと向き合って適切な評価を下し、適切な処理を実行できると思うのですよね。
ということで、レビュー案件とかありましたら、ぜひお声がけくださいね。オチがこれかよって感じですね。失礼しました。
画像処理技術を学ぶと、なんとなくで処理していた1つひとつの機能を適切に扱えるようになります。学んでおいて損はないと思います。