人生に正解はない ~1年半の歩みを振り返って~
こんにちは。初めましての方は初めまして。
静岡県在住、大学4年生の長岡佳成(かなる)と申します。いなフリ金谷26期の受講生で、メンターはヤドカリ子さんです。金谷26期は2020年3月開催だったので、早いものでいなフリ終了から1年半が経過しました。この間たまたまTwitterを開いたら、『#いなフリアフター』なる素敵な企画を見つけたので、僕も参加してみようと思います。
僕にとっていなフリは、紛れもなく人生のターニングポイントです。いなフリの一か月で人生が変わったわけではなく、いなフリの1か月が人生を良い方向に進めるきっかけをくれたと思っています。
さてこのnoteは主にいなフリでお世話になった方々に向けて書きますが、いなフリ以外でお世話になった方々、現在お世話になっている方々、全ての方々に感謝の気持ちを込めて僕の1年半の歩みをまとめます。書きたいことが多すぎて、まとまりがなく長い文章になってしまいましたが、最後まで読んで頂けると嬉しいです。
▽いなフリ(現ワークキャリア)公式サイト
https://workcareer.jp/
▽いなフリアフターとは
https://note.com/pn24workcareer/n/n872a4abdb48c
■いなフリに参加した経緯
僕がいなフリを受講した理由を一言で表すと、人生に焦っていたからだと思います。受講を決めた当時は焦っている自覚はそこまでなかったのですが、今になって振り返ると、かなり人生に焦っていたと思います。
僕がいなフリを受けたのは大学2年生の終わりごろなのですが、それまでの僕は「自分の人生が普通でつまらない」「あの人は他人と違って、なんだか人生楽しそう」みたいな感覚を抱くことが割と頻繁にありました。また大学生活では、恋愛とアルバイトと飲み会ばかりに時間を費やしていたので、「大学生活で何も得ていないのでは?」という焦りもありました。
こうした焦りから、他人と違うスキルや稼ぎ方を身につければ、なんとなく人生変わりそう。自分に自信を持てそう。そう思って、いなフリの受講を決めた記憶があります。とにかく人生を変えたかったのです。いなフリ初日に、「この1か月で人生を変えます!」と宣言したことを覚えています(笑)
■いなフリ期間中について
いなフリ期間中は5万円を稼ぐことを目標に、サイト制作とライティングを勉強しました。目標金額を5万円にしたのは、大学生で5万円くらい稼げれば恰好良いかなって思ったからです。
受講前の僕は特にスキルや経験もなかったのですが、根拠なく目標達成はできそうだと思っていました。フリーランスとして0からお金を稼ぐ大変さも知らず、「アルバイトでも月に5万円は稼げるし、別にフリーランスでも稼げるでしょ」みたいな感覚です。舐めているというよりは、無知から来る過信といった感じでしょうか(笑)
しかし結果的には、実際にいなフリ期間中に稼げた金額は2万円くらいでした。現実は厳しいものです。
いなフリ中の過ごし方としては、1週目~2週目はサイト制作をメインに勉強しつつ、ライティング案件を少し受注する感じだったのですが、サイト制作に大苦戦しました。
毎日夜中まで作業していたのに、サイト制作を勉強している同期の中で最も模写コーディングの課題がクリアできなかったのです。かなり焦りました。当時は「スキルでお金を稼ぐこと=人生が変わること」だと本気で信じていたので。
そこで2週目の最後の面談で、メンターのヤドカリ子さんに、「俺はライティングをやるんだ!」と、ものすごい勢いで持論を展開しました(笑)その結果、3週目以降はライティングに専念することになります。稼いだ2万円はライティングによるものです。
そんな僕ですが、3週目の月曜日のお昼に大きく価値感が変わるきっかけがありました。講師陣のお1人だったナナシロさんとお昼ご飯に行ったのです。そこで初めてくらいにナナシロさんとしっかりと話したのですが、もう衝撃的でした。
「なぜ、かなるはそんに焦っているの?他人と自分を比較しても仕方ないじゃん。人生に正解はないのだから。」こんなことを言われたのです。今になって振り返ると当たり前?な感じもするのですが、当時の僕は「人生には他人との優劣があり、神様が決めた正解が存在する」と思っていたので、体に電流が走った感覚を覚えました。ちなみに今でも、僕の座右の銘は人生に正解はないです。
この日から、僕はようやく本当の意味で自分と向き合い始めることができた気がします。他人ではなく自分にフォーカスし、常に自分に問いを立て続ける。この重要性に気づけたのです。だから3週目以降は、2週目までとは過ごし方が変わった気がします。内省や同期・講師陣との対話に割と多く時間を使いました。焦りも2週目よりは減っていた気もします。
さて、そんな感じで最終日が近づいていたのですが、僕は再度壁にぶち当たりました。いなフリ恒例の事業計画発表です。今になって思えば、計画は立てること&変更していくことがセットだと思うのですが、当時の僕にはその感覚があまり分からず。
3週目以降色々と考えてみたけれど、「今後の自分が本当にやりたいことって、今の時点では分からないな」というのが本音でした。大学生で正直お金に困っていなかったので、稼ぐことを目標にするのも違う気がして。
それをメンターのヤドカリ子さんに相談したら、「そのままの気持ちを話せば?」と仰って頂きました。だから僕は、事業計画プレゼンの資料は一切作りませんでした。最終日の発表当日も、8分間台本なしのアドリブで資料もなく、事業計画ではないことを話しました。いなフリで感じたこと、考えたこと、気づいたことなどなど。
感情任せで論理的ではなかったと今になって思いますが、これが意外と話せて、スラスラ話したいことが出てくるのです。同期や講師陣にも、「プレゼンよかった」と多く言って頂けて、話すことが得意なのかもと思えるようになりました。
以上が僕のいなフリの1か月です。ヤドカリ子さんやナナシロさんはじめ、全ての同期や講師陣、まるもの方々に感謝しています。
■いなフリアフター
ここからは、いなフリアフター企画の本題に入ります。Twitterでも載せたのですが、ちょうど別件で僕のいなフリ以降の活動をまとめたチラシを後輩に作って頂きました。このチラシが、僕のいなフリアフターの概要となります。お時間ない方はチラシだけでも、お時間ある方は文章も読んで頂けると嬉しいです。
・サイト制作サークル
まずいなフリ直後は、大学でサイト制作サークルを立ち上げました。いなフリ期間中はサイト制作を諦めた僕ですが、「せっかくだし勉強を続けて、いずれはサイト制作でもお仕事してみたい」と思ったからです。確か統括のちまるさんに、背中を押してもらった気がします。
実際の活動としては、週に1度zoomで集まりつつ、progateや模写を各自が進めるという感じです。人数はサイト制作サークルということもあり、4人と小規模でしたが、割としっかりとやっていた気がします。
でもこの活動は、夏休み前までしか上手くいきませんでした。失敗要因は何個があるのですが、大きかったのは「組織としての方向性が曖昧だった」ということです。
サイト制作で稼げるようになりたかった僕みたいな人もいれば、趣味としてサイト制作をやりたい人もいる。その辺りを明確にせずに、人を募集してしまったので、活動の優先度に個人差が生まれ、続かなかったのでしょう。僕に許容性がなかったこと、コミュニティと組織の違いを考えていなかったことなどなど。反省しております。
・webライター
続いてwebライターの活動についてです。僕はサイト制作サークルで活動する傍ら、6月ごろからライターとしての活動を再開させました。「やっぱり、サイト制作向いてないかも?」ってなったのも理由ですが、もう1つ理由があります。それは静岡でもシェアハウスを始めたからです。6月1日から入居して実家生活が終わったので、お金がある程度必要になりました。
ちなみにシェアハウスに引っ越したのは、金谷でシェアハウスしている時に「シェアハウスっていいな」って思ったので、静岡でも引っ越すことにしたんです。たしかいなフリ期間中に金谷から、静岡のシェアハウスに連絡しました。とにかく行動が当時のモットーだったので、思いついたら即行動でした(笑)
さてそんな感じで始めたwebライティングですが、8月に月収10万円を達成しました。6月と7月には継続案件の獲得に苦労しましたが、8月は継続案件を多く頂けたのが良かったと思います。もちろんお金を稼ぐことだけでは人生は豊かになりませんが、自力で10万円という目標を達成できたのは嬉しかったです。
・福島県での地域課題プロジェクト
続いてwebライターとして、福島の地域プロジェクトに参加した件について。9月にプロジェクトに応募して、10月の最初の2週間ほ福島に滞在しつつ、お仕事させて頂きました。先ほどのチラシでは期間が短く項目にはありませんが、僕の人生に結構影響しているので、書かせて頂きます。
まずプロジェクト概要について。凄い簡潔にお伝えすると、「とある田んぼを存続・発展させるための仲間を集めるために、フリーランスのスキルを活かして広報制作物を作る」みたいなチーム制のプロジェクトです。プロジェクトは地域課題とフリーランスをマッチングさせるイベントから生まれたものでした。
さてそんな福島でのプロジェクトですが、僕はこのプロジェクトに参加するにあたり、割と大きな決断をしていました。シェアハウスを退去し、アドレスホッパーになるという決断です。でも当時は正直、そんなに深く考えずに「人生経験になるし面白そう」「成長できる挑戦をするんだ」と即決でした。
そして迎えたアドレスホッパーとして、最初の滞在地の福島。たった2週間だったのですが、僕はこの2週間で結構メンタルをやられてしまいました。理由は主に、
・生活環境が変わりすぎることに向いていなかった
・スキル不足でプロジェクトの役に立てた感じがしなかった
・とにかく孤独を感じた
この3点です。特に3点目の孤独は、色々と考えさせられました。夜に物理的な孤独を感じたことに加え、精神的にも孤独を感じました。正直、いなフリ終了後の半年間、自分と向きあい続けてきましたが、逆に言えば自分としか向きあってこなかったなと。自分の成長を共に喜んでくれる人っていないよなと。そんな感覚に陥りました。
一応補足しておくと、もちろんプロジェクトで関わった方々、福島で出会った方々は皆さんとても素敵な方たちでした。色々とお世話になりましたし、とても良くしていただきました。単純に僕の甘さゆえの孤独です。
・療養期間
福島から戻った僕は、たった2週間でアドレスホッパーを辞めて、実家にて療養することにしました。いなフリ終了後から常に自分と向き合い続けてきたつもりが、結果的にものすごく孤独な人間になってしまった。そんな事実から逃げたくて、久しぶりに1週間くらい何もしないで寝てました。
でも1週間くらい経ったときに、改めて自分に問いかけてみることにしました。「何がいけなかったのだろう?」「こんなに自分のと向きあい続けて行動してきたのに、なぜ幸せになれないんだろう?」その答えは、偶然にもYouTubeの動画にありました。それが下記の動画です。
▽ラッセル『幸福論』の解説動画(アバタローさん)
https://youtu.be/oy3Qv05CZxA
この動画はラッセルという人が幸福について書いた『幸福論』という本を、分かりやすく解説してくれています。その中で僕の心に刺さった話がありました。それが「自己没頭が人を不幸にする」という話です。この話を聞いて僕は気づかされました。自分はこの半年間、自分のことにしか興味がなかったなと。もっと周りのことを考えて行動した方がいいなと思ったのです。
もちろん自己犠牲を賛美するわけではないのですが、自分のみにフォーカスした行動は結果的に誰も笑顔にできないので、自分の幸福度も下がるということを思い知りました。それから僕は自分のためにも、周囲にベクトルを向けた行動を意識するようにしています。
・就職活動
こうして自分だけでなく周囲に関心を向けることにした僕は、就職活動をすることにしました。元々はフリーランスで生きていくことも視野に入れていましたが、現状の自分のスキルを考えると、いったん就職した方が周りの方に貢献できると思ったからです。
もちろん僕の知っている多くのフリーランスの方は、クライアントの方に大きく貢献していると思っています。でも僕自身の場合、正直クライアントの方に本当の意味で貢献できていないと感じていました。だからまずは就職して、組織の一員として社会に貢献したいと思ったのです。
加えて組織で働く方が、自分に合っていると感じたことも大きいです。サイト制作サークルやwebライターとして活動する傍ら、僕は大学のゼミでチームのプロジェクトに取り組んでいました。このプロジェクトにチームで取り組む経験から、組織で働く方が自分に合っているのではないかと感じていたので、就職活動をすることにしました。
結果的に就職活動では紆余曲折を経て、静岡のwebマーケティングの会社に内定を頂きました。来年からはこの会社で、楽しく働ければと思っています!
・現在
現在僕は、ゼミで『ワーケーション』をテーマに卒業論文の執筆をしつつ、大学近くのコワーキングスペースの運営に携わっています。このコワーキングスペースは今年4月にオープンしたばかりなのですが、運営団体の活動は1月終わりごろに始めました。
活動を始めた理由としては、まるもでの原体験が大きいです。まるものように、「お互いを否定せず、自分と向き合える場所(コミュニティ)」を静岡にも作りたいと思っていたのです。また先述したように「他人に貢献できる活動をしたい」とも思っていました。
そんな時に、大学近くにコワーキングスペースができると聞いたので活動を志願しました。ちなみにコワーキングスペースができることを教えてくれたのは、サイト制作サークルで知り合った後輩です。今でも一緒に活動しています。キャリアって偶然の連続だけど、しっかりと繋がってるなって思います。
このコワーキングスペースは『コラボレーションスペースTakt』という名称の場所で、コンセプトは「誰もが主役に」です。地域の方や様々な社会人と学生の繋がりを作り出し、挑戦のハードルを下げる文化づくりをすることで、誰もが主役になれる場所を目指しています。詳細はTaktの公式サイトを拝見頂けると嬉しいです。
▽Takt公式サイト
https://takt-kc.com/
ちなみにこのTaktという場所は、学生メインの『Con-Takt』という団体が運営を行っており、僕はその中の1人です。ホームページ作成やSNS運用、空間デザインやイベント企画などを学生が行います。詳しくはCon-Taktの紹介サイトを見て頂ければと思います。ちなみに紹介サイトはデザインセンスが皆無の僕が、頑張って作りました(笑)
▽Con-Takt紹介サイト
http://kusanagitakt.html.xdomain.jp/
■最後に
以上が僕のいなフリアフターです。とても長くて、まとまりのない文章になってしまいましたが、読んで頂きありがとうございました。やっぱりいなフリが僕の人生に与えた影響はすごく大きかったです。
人生に正解はない。だから僕は自分や他者と向きあい、選択と行動を積み重ねていきます。選んだ道を正解にしていくために。