しんちゃんとサトシ
[多読よみもの 単語レベル: ★★ やさしい ]
サトシは小学生です。
夏休みはいつも、おばあちゃんの家に行きます。
東京からおばあちゃんの家まで、何時間もかかります。
「おばあちゃん、こんにちはー」
「わあ、すっかり大きくなったね、しんちゃん!」
「しんちゃん?ぼくの名前はサトシだよ」
「あれ!サトシくん!ごめんごめん、間違えた」
おばあちゃんは、よく、サトシの名前を間違えます。
「しんちゃん、アイスたべる?」
「ぼくはサトシだよ」
「しんちゃん、ちょっとこれ、手伝ってちょうだい」
「サトシだよ」
「あした、お寿司を食べに行きましょう、しんちゃん」
「また、しんちゃんって言った!」
おばあちゃんは少し、年をとりました。
いろいろなことを忘れるようになりました。
でも、昔のことはよく覚えています。
昔、おばあちゃんの家に来ていた「しんちゃん」。
サトシと同じぐらいの年の男の子だった、しんちゃん。
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しんちゃんは、サトシのおばあちゃんのおいっこです。
しんちゃんのお父さんは、おばあちゃんの弟で、何年も前に亡くなりました。
しんちゃんは、まだ小学4年生でした。
しんちゃんのお母さんは、ひとりでしんちゃんを育てなければなりません。
家には年をとったおばあさんもいます。
しんちゃんのお母さんは、朝から晩まで働きました。
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しんちゃんは、小学校でいじめられていました。
しんちゃんは、おもしろい子どもでした。
スポーツも得意でした。
でも、お父とうさんが死んで、変わってしまいました。
学校がきらいになりました。
でも、お母さんには、そのことを言いませんでした。
「学校に行きたくない」と、お母さんには言えませんでした。
ときどき、ひとりで泣きました。
ぽろぽろ涙を流して泣きました。
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サトシのおばあちゃんは、しんちゃんのお父さんのお姉さんです。
しんちゃんのおばさんです。名前はやすこです。
やすこさんは、しんちゃんの小学校のすぐ近くに住んでいました。
やすこさんは、時々、しんちゃんが小学校から帰るとき、声をかけました。
「しんちゃん、いま、帰るの?
今日は学校で、何を勉強したの?」
「・・・」
「給食で何食べたの?おいしかった?」
「・・・」
しんちゃんは、答えませんでした。
そして、ぽろぽろ涙を流して言いました。
「学校、行きたくないよう」
「どうして?友達がいるでしょう?」
「ともだち、いないよ」
「・・・そうか、じゃあ、おばちゃんの家にアイスがあるから、来て食べなさい」
しんちゃんは、やすこさんの家で、アイスを食べました。
食べながら、学校の話をしました。
クラスの子たちにいじわるをされること。
授業が好きじゃないこと。
お母さんには言えないこと。
やすこさんは、そうかそうかと聞きました。
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やすこさんは、しんちゃんのお母さんに、相談しました。
「小学校が終わったら、しんちゃんは私の家であずかりましょう。
私の家で、宿題をしたり、遊んだらいい。
そうすれば、しんちゃんもがんばって、学校へ行くでしょう。
うちで晩ごはんを食べさせてから、しんちゃんを家に送るから。
心配しないで、体に気をつけて、お仕事しなさい。」
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それから毎日、しんちゃんは学校が終わると、やすこさんの家に行きました。
「やすこ母ちゃん、ただいま」
やすこさんは、しんちゃんのもう1人のお母さんのようになりました。
「今日の給食は、カレーだった」
「今日は、学校で運動会の練習した」
「〇〇くんに、いじめられた」
「学校、行きたくない」
しんちゃんは、やすこ母ちゃんにいろいろなことを話しました。
時々、「学校、行きたくないよう」と泣きました。
やすこ母ちゃんが、「男の子なんだからがんばりなさい」と言うと、
「がんばれないよう」と、ワンワン泣きました。
しんちゃんは繊細な心を持っているんだと、やすこ母ちゃんは思いました。
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中学生になって、だんだん、しんちゃんは泣かなくなりました。
友達ができました。
学校が楽しくなりました。
やすこ母ちゃんの家にも来なくなりました。
高校へ行き、大学へ行き、会社員になりました。
夏休みや冬休みになると、お土産を持って「やすこ母ちゃん、ただいま」と、やってきます。
やすこさんは、うれしそうにしんちゃんとおしゃべりをします。
それからしばらくして、すっかり大人になったしんちゃんは、
やすこさんの家にほとんど来なくなりました。
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やすこさんの孫のサトシは、学校がきらいです。
やすこおばあちゃんに、よく、「学校行きたくないよう」と言います。
それを聞くたびに、やすこさんは、しんちゃんのことを思い出します。
「昔ね、しんちゃんも学校行きたくないと言って、よく泣いてたんだよ。
おばあちゃんが、『がんばりなさい』っていうと、
『がんばれないよう』って、ワンワン泣いてね。
大丈夫。サトシくんも、ちゃんとりっぱな大人になるから」
「でも、学校行きたくない〜」
「大丈夫、大丈夫。はい、アイス食べなさい、しんちゃん」
「ぼくは、サトシだよう」
「ごめんごめん」
「おばあちゃん、また名前を間違えたら、500円の罰金ね!」
「うんうん、わかった、わかった」
この夏、サトシは、おばあちゃんから愛情と3,500円をもらって、東京へ帰りました。
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