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最初のカナダ留学:想定外のホストファミリー(3)
ここまでのお話:
私が思い描いていた「カナダの家」は、赤毛のアンの家のように二階建てで「屋根裏部屋」や「客用寝室」があって、台所はピカピカに磨き上げられていて、お客様にしか出さない花柄の茶器が戸棚に飾ってある、というものでした。
赤毛のアンならぬ黒髪の花子を引き取ったネルソンさんちは、私が思い描いていたグリーンゲイブルスのようなおうちとは似ても似つかない家でした。小さな平家で新潟の実家よりも狭く、どうやってここで6人もの子供を育てたんだろう?と不思議でした。家中にモノがあふれ、キッチンは足の踏み場もなく、ダイニングテーブルもモノに埋もれているので、食事の時間になると、居間のソファーに置いてあるモノや寝ている犬猫をどかして座って、みんな膝にお皿を置いて食べるのです。
食事は炒めただけの挽肉と、茶色くなるまで茹でたブロッコリーとマッシュポテトのワンプレートが定番でした。そのあまりの「手のかかっていなさ」がカルチャーショック、いえこの際ハッキリいうと、あまりおいしくなかったのです。「赤毛のアンの手作り絵本」には、カナダの家庭料理としてオシャレなチキンのゼリー寄せとか出てたはず。そんな幻想は見事に打ち砕かれたのでした。
ネルソンさんちにはキャンディという犬がいて、わんこも炒めた挽肉を食べていました。「うちは犬に贅沢させちゃってね、人間と同じものを食べるのよ」とネルソンさんの奥さん。ひそかに「それはもしかして人間のご飯がお犬様並みなのでは…」と思ったのは内緒です。
ポテトの代わりに、私のためにわざわざ米を買ってきてお鍋で炊いてくれることもありました。炊き上がりは「ベタベタ」か「パサパサ」の二択で、「ふっくら」炊き上がる新潟のお米で育った人間としては、「これも米なのか」と考え込んでしまうライスでした。
ソイソースが欲しいでしょ?これをライスにかけて!と出されたものは、醤油とは似て非なる、どろっとした不思議な黒い液体。しかし米も醤油も、ここまで自分が知っているものと違った味をしていると、異文化の食事として受け入れよう、文化人類学のフィールドワークだと思ってありがたくいただこう、という気になりました。
実際、ネルソンさん一家の優しさは、地球の反対側から来たひとりでやってきた異邦人にとって、どんなにありがたかったかわかりません。食事がまずかろうが、気遣いがズレていようが、おうちが準汚屋敷だろうが、関係なかったのです。