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「シン・仮面ライダー」における感情論
映画「シン・仮面ライダー」においては、感情の起伏が激しいキャラクターが少ない。
本郷猛は、父親を理不尽に殺害されたトラウマを「冷静に事実として」処理している。
ハチオーグにトドメを刺せなかった情、一文字と真剣に戦えなかった情、ルリ子のビデオメッセージに涙した情、イチローとのラストバトルにおいて自身の考えを叫んだ「ある種の怒り=人生の全てにムダなことなんてない!」くらいが、感情の起伏だと言える。
緑川ルリ子も、冷静なキャラクターである。
父親である緑川博士を失っても冷静で、ハチオーグヒロミに対しても、その情報機関の男の取った処遇に怒る程度、隠れ家においては本郷に対してヒステリックな甘えを見せたが、KKオーグに殺害されるくだりも至って冷静であった。
ビデオメッセージの中身も、ルリ子自身の感情が、冷静に綴られている。
オーグメントたちも、至って冷静。
クモオーグ、コウモリオーグ、ハチオーグ辺りはあまり感情の起伏がない。
サソリオーグはある種のサイコパス、KKオーグも単なる復讐鬼であった。
緑川イチローも至って冷静と言える、ダブルライダーとのラストバトルで少し焦りは見せたが、プラーナとしてのルリ子と再会した時は、冷静に自ら身を引き、消滅した。
政府の男も情報機関の男も、至ってクールである。
まさしく、生の感情をむき出しにしていたのが、ほぼほぼ一文字隼人のみ、と言ってもいいだろう。
洗脳下でも自身の饒舌なキャラは崩していない、パリハライズ後も、ルリ子に恩義を感じながらも、自らの矜持を貫く。
かーらーの、本郷との共闘ダブルライダー、本郷が消滅する時に、誰よりも哀しい叫びをあげたのは、一文字であった。
この一連の「キャラクターの冷静さ」のルーツになっているのは、庵野監督のルーツともなっている「機動戦士ガンダム」の存在が大きいだろう。
ガンダムの世界は善も悪もない、戦争に巻き込まれた少年少女たちのサバイバルレース、感情的になったキャラ、感情に呑み込まれたキャラは、もれなく戦争で生命を散らす最期が待っている。
「常在戦場」というルリ子の言葉通り、シン・仮面ライダーの世界は、「ショッカーとアンチショッカー同盟の【戦争状態】」を描いたものだったのだ。
つまり、実質感情的になることを許されたのは、パリハライズによってショッカーから解放されながらも、アンチショッカー同盟に属さなかった、一文字隼人のみ。
故にこの作品において、非常に魅力的なキャラクターとして観客の心に残ったのも、一文字隼人に他ならないのである。
映画のみならず、小説もドラマもアニメーションも、キャラクターの感情の起伏を描くもの。
シン・仮面ライダーという作品は、機動戦士ガンダムの「常在戦場」という概念に忠実であったあまり、この「キャラクターの感情の起伏」が二の次になってしまっていたのである。
それでも私は、シン・仮面ライダーという作品が好きだ。
なぜなら私自身が、常在戦場という意識を持って、あまり感情に流されずに時代をサバイブしているからである。
令和の時代における、フィクション作品における感情の在り方、もしくは、リアルな令和の時代における人間の感情の在り方などについては、専門家の見解に任せたい。