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街と仲良くなるには?川崎100周年「好きを見つける」街フェスで愛着を考える
駅前の横断歩道で信号待ちをしていると、隣に自転車に乗った親子が停車した。男の子とお父さん。男の子は小学生低学年という感じか。二人は大きな声で「マジカルバナナ」をやっている。
「バナナと言ったらすべる」「すべると言ったらスケート」という連想ゲーム。90年代のクイズ番組をきっかけに一世を風靡したあのマジカルバナナ。今の子もやるんだ……。
ふと周りに目をやると、同じような親子連れが多くいることに気づく。
武蔵小杉はファミリー層が多く住む街とは聞いていたけれど、駅前で早くもそのことを実感する。駅前は高層マンションが立ち並び、ピカピカの街という印象。数年前に来たときには商店街の古い飲み屋をはしごした記憶もある。街の変貌ぶりを感じながらも、急速な変化を遂げている武蔵小杉・新丸子にがぜん興味がわいてきた。
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このあたりでいちばん広々とした「こすぎ公園」へ。今日はここで、Campの新田晋也さんと待ち合わせをしていたのだった。
住宅地のなかに突如現れた、という印象のこすぎ公園。砂場と遊具、ふだん子どもたちが走り回っているであろう広場のある、いたって普通の公園。だけども、この日はものすごく人がいた。
砂場には子どもと大人がぎゅうぎゅうになって遊んでいるし、一角ではスケボー教室が開かれている。公園の奥にはテーブルが並び、キッチンカーが停車していて、人々が憩っている。なんだか不思議な風景だ。
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新田さんが、キッチンカーでゲットしたバインミーを抱えてやってきた。「どうぞ」と差し出され、遠慮なくごちそうになる。パンがパリパリで美味。辛いソースも効いている。
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そう、実はこの11月9日〜10日の2日間。武蔵小杉の街を、あらゆる視点で体感できる「こすぎるまちフェス」が開催されていたのだった。
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新田さんの話を、バインミーをほうばりながら聞く。スケボー教室の隣では、スプレーアートを体験できるブースが出ていたり、子どもたちが思い思いに絵を描くペインティングコーナーがあったりする。
たしかに日常ではない景色が広がっている。
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新田さんから「紹介したい人がいる」と言われ、登場したのは今回のイベントを主催している川崎市の町井和幸さん。挨拶もそこそこに、ここまでの武蔵小杉の街で感じたことをぶつけてみた。
「……もともとここは、工場の街だったんです。アルミサッシや印刷の輪転機、機械製造なんかの広いスペースが必要な工場が立ち並んでいた。それに伴って、社宅ができてお店ができて。やがてそういう工場が、より広い場所を求めて地方へ出ていった。この跡地が整備されて今の武蔵小杉の街になっているんです」
なるほど。記憶に残っているいい飲み屋も、もとはここで働くひとたちのために発展していったってことか。
近年、武蔵小杉からの都心へのアクセスのよさも相まって、高層マンション建設の波が起き、この街に住みたいという人が格段に増えた。新たに住む人 VS 昔から住む人という二項対立がまちづくりの課題としてあがるなか、町井さんは常々「住む人すべてに、街への愛着をもってもらいたい」と考えていた。
そして、そのきっかけとなるような催しとして、今回の「こすぎるまちフェス」が行われることとなったのだ。
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もらったマップを頼りに、しばし街を歩いてみることに。「日本医科大学武蔵小杉病院前」の緑道にも再びキッチンカーが。レモネードを注文し、あたたまる。
「武蔵小杉タワープレイス前広場」へ。ここではワークショップとマルシェが開かれている。
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看板や狛犬、標識やガードレール(!)などなど、武蔵小杉にあるモチーフを切り抜いてステッカーにして、ポストカードにコラージュしていくコーナーがあった。
街の風景が切り取られたパーツがずらりと並び、こんな説明書きが。
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「コラージュ用パーツ カラー版」ここに並んだパーツを取って、もう1つの世界をコラージュして描いてください。これらのパーツは、武蔵小杉にある無意識に見過ごしている風景たちです。足を止め、ゆっくりじっくりパーツを観察しながら、武蔵小杉のどこの風景なのか想像しながら制作をお楽しみください。
「このネコ、あそこの美容室の看板だよ!」母親の袖をつかんで訴えている。一方のお母さんは「そんな看板あったっけ?」と、少々おぼつかないご様子。
このパーツたちがどこの何かとわかることは、街で遊び愛着を持つ一助になるんじゃないか。名も知らぬ少年に、この街の楽しみ方を教わった気がした……。
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駅の近くの駐車場にやってきた。ここは期間限定の休憩スポットになっているという。「小杉駅北口座り場」という名が付いている。“座り場”ってなんかいいね。ちょうど「まちある㋙ツアー」が始まるところだったので、特別に飛び入りで参加することに。
「旧名町をさがす会」に参加。駅前をぞろぞろと歩き、バスの行き先看板に上書きされている前の文字に思いを馳せたり、店の屋根にすっかり風化した看板の文字を透視したりと、各々に想像をふくらます。
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途中、となりあった方とおしゃべり。なんでも今回のツアーは熱いらしい。
「まちあるき界の超有名人が大集結してるんです。“まちあるきのアベンジャーズ”みたいな。インスタで見て、こりゃあすごいことになるぞ! とすぐに応募しました」
へえ。たしかに、この「まちある㋙ツアー」は手が混んでいて、7つのコースが用意されている。
①「文字観察」
看板、ローカルな商品のロゴ、手書きの貼り紙、道路や壁の文字の痕跡など、まちの中の文字を観察する
②「旧町名観察」
現在では消滅した町名、古い方の町名=旧名町が現在に取り残された遺物・痕跡をさがす
③「暗渠」
「地下に埋設したり、ふたをかけたりした水路」。さらには、今はもうなくなってしまったけれど、もともと川や水路であったところ
④「おもしろ樹木探し」
駐輪禁止の看板が成長した木に食べられている……などのおもしろい樹木をさがす
⑤「電線鑑賞」
余った電線を丸く巻いているのは「南国式」などの鑑賞方法をはじめとし、電線を愛でる
⑥「ビル毛鑑賞」
ビルの窓や屋上から生えている植物が「毛」のように見えるものを鑑賞する
⑦「街角」
カラーコーンや垣根のブロックのあしらいなどを見つけて愛でる
この豪華な散歩の達人たちを率いるのは、「路上園芸鑑賞」の達人・村田あやこさん。彼女のことはかつて取材させてもらったことがあった。村田さんは、街角の園芸活動や植物を愛する人だ。この人の視点を分けてもらうと、街が何通りにも楽しめる。パラレルワールドを行き来するみたいに。参加者さんが興奮気味に言っていたことが腑に落ちた。
まちあるきの最後。参加者同士で感想をシェアする時間があった。こちらは、武蔵小杉の街に長く暮らしている方のことば。
「えらく新鮮なところがありました。毎日通ってるところでも、こんなところにこんなものが、という発見がありましたね。これからも時間を見つけて、いろいろと探し出したいと思います」
見慣れた街でも、心の置き方ひとつで違う景色になるんだ。それは長く住んでいても、今日初めて歩いても、同じこと。武蔵小杉というまちの見え方が、また増えていく。
▼村田さんによるまちあるきのレポートは『さんたつ by 散歩の達人』にて!
まちあるきの中で、ツアーに同行していたカメラマン・ヒデさんが教えてくれた新丸子駅近くの名店がある。撮影を名目にこっそり立ち寄ってみた。
まずは「やきとり竹中商店」。ここは行列のできるテイクアウトの焼き鳥店。お客さんからの縦横無尽な注文を、一寸の狂いもなく捌いていく店員の動きに釘付けとなる。とりねぎ(140円)をぱくり……この店、近所にほしい。
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商店街をすこし入ったところにあるのは、「BIG BABY ICE CREAM」。手作りアイスが評判のお店。店内もお店の人も雰囲気がいい。無花果胡桃キャラメルを注文。胡桃のザクザク感と無花果、キャラメルがほどよく効いていて、手作りの優しさと洗練された甘みを感じる。
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老舗のやきとり屋とアイスクリーム屋。地元に愛される店の存在は、街に暮らす人たちをフラットに受け入れ、混ざり合うきっかけにもなっているんじゃないか。
アイスを食べながら、商店街を歩く。新丸子駅をくぐって、医大通りを通っていると、既視感があるアレが目に飛び込んできた。
……あの、ネコの看板だ!
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ワークショップコーナーで、少年が言っていたあの看板! まさか出会えるなんて……! たしかに、美容室の料金表を掲げている。でも私には、看板とは別のものに見える。まちあるきツアーで得た“新たな視点”も自分のものになっているのだろう。友だちに突然出くわしたときのような驚きとうれしさがあった。
街を体感するアンテナを張っていて出会った少年の教え、まずは自分が見つけた出来事としてたいせつにポケットにしまう。そのエピソードだけ取り出して眺めてもいいのだけど、さらに自分が街を歩きまわることで、思わぬ発見もできた。
街を体感することは、むずかしいことではなかった。偶然もらった“愉快になるメガネ(少年の視点)”を携えて、街をほっつき歩くだけ。これは村田さんや散歩の達人たちとのまち歩きでも学んでいた。メガネがあるとないとでは、見えるものが違う。そしてこのイマジナリー・メガネはかける人それぞれで景色が変わる。
これから私は「武蔵小杉・新丸子」という地名を聞くだけで、このネコの看板を思うだろう。
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商店街を通り抜けて、イベントの案内マップに書いてある「等々力緑地」まで足を伸ばすことにした。本日いっしょのカメラマン・モッチーは「遠くないっすか?」なんて文句を言う。あのさ、いま「ネコの看板」に教えてもらったばかりでしょ? 歩くことでわかることもあるのだよ。
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休日だからなのか、等々力緑地に向かう道は多くの人が行き交っている。細い道にも、案内板が出ている。
等々力緑地には、陸上競技場や野球場などの大きなスポーツ施設があり、そのどちらも試合があったようで、周辺は賑わっていた。さらに奥に進み「ふるさとの森」へ。これまでの喧騒とは一転して、葉を揺らす音が耳に心地いい。なるほど、これはいい。
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散歩をする人、焚火をする人、木からロープを吊るして木登りをする人。この場所だからできることを、思い思いに発揮している人たちがいる。
私たちもここで休憩。すっかり小さくなった駅前の高層マンション群を眺める。さっきまであそこにいたんだもんね。
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駅前から公園、小道、商店街……そして緑地。武蔵小杉は、いろんな顔を持っている。さて、そろそろ帰ろうか。最後にもうひとつ、このまちを体験するためにやってみたいことがあった。
それは自転車に乗ること。
なんというか街を知りたいと思ったとき、今あるベールに別のベールを追加してみたくなる。それは私の場合、速度を変えること(街の様子が追える速さを変える)だったり、持ち物を変えること(スマホを持たず地図だけを頼りに歩く)だったりする。新たな視点が見えるイマジナリー・メガネをゲットして、出会いと発見の散歩をすることと同じだ。
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等々力緑地にもポートがあり、自転車を借りることができた。
自転車に乗ることで、景色が一気に変わる。ペダルをこぐ。サッカースタジアムや野球場がどんどん後ろに動いていく。行きにじっくりと味わった見事な紅葉も、陽気なリズムにのって踊っているみたいだ。
途中、部活帰りだろうかジャージ姿の学生たちの自転車といっしょになる。こういうときは、地元の人の後をついていくに限る。細い道を進む彼女たちの後について、慎重にハンドルをにぎる。
細い道を抜けた部活帰りの彼女たちは、慣れた様子でスピードを上げる。私も負けじと足に力を入れる。モッチーも付いてきている!
風を感じながら、「愛着」について考える。
今日一日で私はこの街に愛着を持てたと思う。高層マンションが建つ前のこの地に思いを馳せたり、公園や緑道のキッチンカーで休憩したり、まちあるきで新しいまちの見方をゲットしたり、「ネコの看板」と友だちになったり……。新田さんや町井さんが渡してくれた「きっかけ」もあったかもしれない。でもそこから「自分で見つける」っていうのがおもしろいんだ。
どんなときも、街は手を差し伸べてくれている。それをいかにキャッチしておもしろがれるか。この街が今後いかに変化をしようと、それは変わらない。そうすれば、街の変化とも普遍とも仲よくいられるんじゃないか。
頬をなでる風がやわらかくなり、自転車はこすぎ公園に到着。公園のポートに返却した。気づけば、すっかり日は傾いていた。
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クレジット
取材・執筆:山本梓
撮影:持田薫、Hide Watanabe
編集:横田大(Camp)
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今回のnoteはいつもと趣向を変えて、11/9土〜10日に行われた川崎市市政100周年イベント「ここすき、こすぎ! あつまれ、こすぎるまちフェス 」について、Webメディア『JINS PARK』や雑誌『Hanako』などなどでCampがよくお仕事でもごいっしょしている編集者・文筆家の山本梓さんにレポートいただきました。
当日の様子や武蔵小杉・新丸子の魅力はもちろん、まちづくりや場の編集、イベントのつくり方、また他者から見たCampのお話にいたるまで、つぶさに言葉にしていただいています。でもこのテキストは、それより何より“あずあず”らしい、ものの見方について示唆に富むエッセイ! みなさまいかがでしたでしょうか。
でも、まだまだこのシリーズはおわりません! このレポートをA面とすると、裏話的なB面もご用意してみました(大ボリュームの取材の撮れ高がもったいなさすぎて)。そちらはCampのメンバーに加え、主催である川崎市のプロジェクトリーダーを交え制作秘話をインタビュー。「街の感じ方」を編集・デザインした3人の鼎談、とくに場の編集やまちづくりに興味のある方必見です。
▼まちづくりやイベント企画についてのヒント満載インタビュー