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いつかあなたと花降る谷で 第2話(1)

「あれ? マァリ、どこかにいくの?」
「うん。ほら、前に話してた、飛竜を捕まえに」
「あぁ! 移動用の羽が欲しい、って言っていたものね」

 行ってらっしゃい、気をつけて。
 フィーナの明るい顔に見送られ、マァリは「行ってきます」と笑顔を零して家を出る。
 山登りをするには軽装であるけれど、普段よりしっかりした服を着ていたために、フィーナは気になって声をかけたのだ。案の定、という雰囲気で、彼はこれからワイバーンの巣がある、山の裏側に行くらしい。
 少しクセがあるようなマァリの青白い長髪は、器用に巻かれて一つになっていた。フィーナの方が髪が長いが、彼ほど器用には結えないと思う。やっぱり人間は器用ね、と羨ましい気持ちになった。男性に可愛いと言うのは失礼かもしれないが、フィーナはふと「マァリの方が美人よね」と。
 ポッサンの家から戻った二人は、また二人暮らしを始めたようだ。意外なことに、マァリの足元で寝ていたチャールカは、マァリに懐いているように見え、ポッサンの家に残るのを選んだらしい。
 確かに、それだけ見た目の可愛いポッサンの家だから、言いくるめられたではないけれど、チャールカの気持ちもよくわかる。ポッサンの気持ちもわかるから、あまり心配はしていないけど、他の女の子と暮らすのも楽しそうと思っただけに、残念に思う気持ちもあったりするフィーナである。
 昔馴染みであるオーナの他に、久しぶりに見た同じ妖精族だ。親近感はもちろんのこと、無意識に仲間意識が強かった。フィーナのささやかな心理としては、自分にも懐いてほしい気持ちがある。
 けれど、あまり深くは考えず、きっとそのうち仲良くなれる、と、自分のことと家のことを始めたフィーナである。特に、マァリが飛竜の友達を捕まえに行く訳なので、切り傷やかすり傷などの怪我をするかもしれないし、体を動かすのならご飯もたくさん食べたいだろうし、それぞれに必要なものを準備しに動くのだ。
 家でできることが終わると、薬草を集めに森に入る。
 ついでに食べられるものも集めて、そこをミオーネに見つかったり、と。

「フィーナ!」

 と、声をかけながら滑空してきたミオーネには、ポッサンのことを案じていたから「かくかくしかじか」とも伝えておいた。そんなことがあったんだ……と驚いた様子のミオーネも、すぐに「新しいお友達」へと興味が移っていったらしい。
 どんな子? と聞かれたので、可愛い子、と答えたフィーナだ。
 同じ妖精族であるのは、かくかくしかじかの中で伝わった。ミオーネは「へぇ〜」と素直に言ってみたものの、少しばかりフィーナの気持ちが気になっていたらしい。

「妖精好きのマァリだから、その子の方が可愛くなっちゃったりしてね」
「え?」

 と、ぽかんとしていたフィーナである。

「え〜、だってマァリがフィーナのところに帰ってきたのって、妖精のフィーナのことが気に入っていたからでしょう?」
「気に入る……?」
「そうじゃないの? 好きじゃなかったら戻ってこないわよ」

 えぇ? と困惑した雰囲気のフィーナである。

「ミオーネ、多分、勘違いしているんだと思うんだけど……」
「うん?」

 と返したミオーネに、フィーナは苦笑を浮かべて返す。

「マァリは私が気に入ったのではなくて、私と暮らす環境を気に入ってくれたのよ」

 ここは穏やかでいい、って、よく口にしていたもの、と。
 山の暮らしが好きみたい。強いて言うなら私は同居人として、きっと彼に合格をもらったと思うのよ、と。

「え。あぁ、そうなんだ」
「そうよ。だってマァリは別に、求愛はしてこないもの」

 お互い妖精と人間だし、そういう線引きがあるんじゃない?
 フィーナは至って平静だった。ミオーネはパチリと瞬きをする。

「え……オーナって、どうやって求婚するんだろう?」

 フィーナの話を聞いて、途端に興味を持ったミオーネである。
 される側より、する側の話を聞いた方が早い、とも思ったらしい。
 幻獣界では別にどちらがしても良い雰囲気なのだけど、二人の身近にいてそうした経験がある者は、昔馴染みのオーナだけだったのだ。
 彼は二人の昔馴染みで、少し前までこの山に住んでいた妖精だ。一度、人里に降りた時、人間の女性に一目惚れしたらしい。それからはそちらの近くに住んで、ずっと人間の恋人へ一直線であるらしい。定期的に振られるけれど、それでも良いと思っているようなのだ。
 振られる度に彼はこの山へと戻り、活力を復活させて人里へ降りていく。同じ妖精族だからなのか、オーナはよくフィーナの家に滞在しているのだけれど、そんなフィーナなら彼の求愛がどのようなものなのか、聞いたことくらいあるだろう、と思ったらしい。

「あぁ、確か……その女性が好きなもの?」
「どうして首を傾げるのよ」
「そういえば詳しく聞いたことがなかったわ、って」

 ぱやっとしたフィーナが言えば、ミオーネも聞き方を変えてくる。

「え、じゃあ妖精族としての決まった求愛は無いわけ?」

 と。

「ないと思うな」
「どうして断言できるのよ? はっ、まさかフィーナ、もう誰かに求愛されたことがある!?」

 そんなのないよ、と言い切った彼女である。

「ないのにどうして断言できるのよ?」
「お父さんもお祖父ちゃんも大祖父ちゃんもバラバラだから」
「え?」
「お母さんが裁縫道具でしょ、お祖母ちゃんが庭の花で、大祖母ちゃんが手作りのケーキだったと思うのよ」
「え?」
「日記に残っていたから間違いないわ。色々まめにプレゼントしてくれたみたいだけれど、これをもらって求愛を受け入れることにした、って」

 ちゃんと書いてあったから間違いないわよ、と。
 父親が人間だったミオーネの記憶からして、あぁ、まぁ、そんなもんかなぁ、と、彼女自身、納得するものがあったらしい。
 特にフィーナのお母さんの裁縫道具と聞いたなら、遠い街まで行かないと、なかなか売っていないから、貴重品、という印象だ。ミオーネの母親は相手が人間らしく、宝石がついた指輪を貰ったらしいけど。

「ふぅん」

 と興味が失せて、マァリはフィーナに求愛しないのか、と。
 じゃあ別に妖精好きって訳じゃないのね、と、あっさりと勘ぐりを収めたようだった。

「あれ? そういえばマァリは?」
「山の裏へ行ったみたい」
「何しに?」
「ワイバーンを捕まえるんだって」

 えぇ!? と驚いたミオーネに「移動のための羽が欲しいんだって」と。
 羽? と訝しんだ彼女であるけれど、人間の国にはそういう文化があるらしいのよ、と。飛竜と友達になって、私に付いて、一緒に里に降りたいらしいのよ、とも。

「買い忘れたものがあるのかもしれないし、里に降りるだけじゃなくて、山の中を移動するのにも助かるわよね、言われてみれば」

 お互いに羽や翅を持つもの同士、あぁ、そうかも、と顔を見合わせた二人である。納得した、という体で、ミオーネはフィーナの篭を見て、だから薬草があるのね、とも思ったようである。

「でもさ、野生のワイバーンとなんか、仲良くなれるのかなぁ?」
「わからないわ。大怪我だけしないといいんだけれど」
「その……マァリはさ。あんなにひょろひょろで、何かをどうにかできるとか、思ってるのかな? 大丈夫かな?」

 随分な言いようだけど、知らぬミオーネだから許してほしい。案外フィーナも純粋に心配している訳だから、同じような感覚にいる幻獣達だった。
 ただ、フィーナは付き合いが長いだけ、運動は得意だと聞いたわよ、と。少しのフォローはしてくれる雰囲気だ。

「私のことも人間からなら守れるから、と」
「そんなに怖い人に会ったことも無いけどね。まぁ、そう言ってくれるならフィーナも楽よね。自分の身さえ守れたら、あとはマァリもマァリで、自分のことだけ守ってくれると助かるし」

 持って生まれた性質や、魔法が得意な彼女らであるから、感覚はそのようなものである。自分達は精霊達とも意識が近いので、与えられた力の大きさがわかるけど、精霊達と遠い人間だけは、それが分からないから、与えられるものも小さいのである。
 普通の人間ならばちょっとした魔法でどうにかできて、お互い怪我をしないくらいには、力量差がある雰囲気だった。ならばフィーナを守れるというマァリの実力ならば、人間達の中にいて、弱すぎるわけではないのだろう、と。
 謎や疑問が消えたミオーネは、無事に戻ると良いね、と言って、空へ飛び立つ様子を見せた。

「じゃあ、またね、フィーナ」
「うん。もしかしてポッサンの家にいく?」
「うん、行ってみようかな。だって気になるじゃない、新しい住人のこと」
「ついでにシャンドラにも教えに行ってくれるかな?」
「いいわよ」
「良かった。そのうち皆でお茶会をしましょうよ!」

 マーメーナがいた頃も、いなくなってからも定期的に、三人で続けていた女だけのお茶会である。新しい友人が増えるなら、きっと明るい雰囲気で続けていけると思った二人だ。
 予定ができたと思えば楽しいもので、お互いに笑顔になる二人である。
 またね、と手をふるフィーナの顔は明るくて、ミオーネがいなくなったら元の作業に戻っていった。
 それが終わって家に戻ると、処理や夕飯の準備を終えてしまう。あとは焼くだけ、温めるだけになったなら、まだまだ高いお日様を見て、うーん、と唸ったフィーナである。

「マァリ、上手くやってるかな?」

 お腹が空いているかもしれないし、と。
 家にあるおやつを少し包んで、篭の中にお茶の道具を入れて、庭からパタパタと飛び立った彼女である。マァリと移動するならしないけど、フィーナ一人だけならば飛んだ方が早いのだ。

 飛び立った方向は山の裏である。
 フィーナはマァリの調子を伺いに行ったのだ。

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