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君と異界の空に落つ2 第23話

 瑞波は耀の悩みを聞いて、お優しい方……と感じ入る。自分と関係の無い子供の事まで、救いたいと思うとは、と。せめて骸の場所が分かればと、その人は言うけれど、人の目には視えない世界を観ている瑞波にしてみても、彷徨える人霊の気配はおろか、穢れも、神の姿も、妖怪の気配も無いとするなら、それは無用の心配であり優しさであり、気に病む部類の話ではないのに……と。
 ただ、耀が人霊に避けられているのは本当で、それは”背後”に自分が居るから、つまり神が居るからで、貴方の所為では御座いませんし、修行でどうにかなるものでも……と。少しだけ申し訳なく瑞波は耀に語るのだ。
 へぇ、と一転、表情を変え、問うてきた耀へ瑞波は返す。神の気配を感じた人霊が身を隠す理由は色々で、とにかく気配が怖いと言うより、其処に居られなくされるのが嫌だ、という理由だろう、と。

『え。でも別に神様は、人をあの世へ送ったり、成仏させられたりは出来ないでしょう?』
『そうですね。でもほら、私の場合は”払って”しまう事が出来ますから』

 手箒でサッサとゴミを退かしてしまう動きを用い、瑞波は『其処に居たい人には私は敵に見えますよね?』と。

『お……おぉ。成る程』

 そういう事も出来るのか、と。

『地縛霊とか……いや、これは土地縛りだから……?』
『土地に縛られている人霊は、贄の役割もあったりしますから、勝手に払ってはいけない場合もありますね』
『え? そうなの?』
『そうですよ。その土地の神が選んで、其処に縛り付けておくのです。大概、悪い事をした罰として使っている場合が多いですね。蓋をするでは無いですが、地鎮の為の”穴”やら”割れ”を塞ぐ目的があったりします』
『待って。じゃあさ、何度も同じ場所で人が死んだりする場合って……』
『その土地の神が優しいのなら、短い期間で役目を変えてあげたりもするようですよ。交代ですね。反省しているのなら先の者を上げてやり、懲らしめた方が良い者を呼び寄せて、代わりに土地に縛りつける』
『お……おう。そうなるか』
『一人じゃ足りなくなったなら増やしたりもしますけど……必ず七人で仕事に当たらせる神も、離島の方に居りますし。難所と呼ばれる場所でそうした事が多いのは、矢張り”難所”でありまして、土地が不安定な場合が多いのですよ』

 へぇ、と岩に手を付いて、瑞波の教えを聞く耀だ。
 話が逸れたと思った彼は、話を戻し、ですから……と。

『例えば死しても憎くて憎くて、恨んで乗っかっていたりしますよね? あぁいうものを払うのは、ある程度の”威”があれば簡単ですが、払われたら元の人間の側に寄れなくなったりしますでしょう? それは彼らの望みでは無いので、威を持つ存在が怖いのです。貴方は私と強い縁が有るので、それだけ気配がする筈です』

 ならば、逃げられるのは自明の理。
 この世に残る人霊は、この世に恨みや未練があって留まっている訳なので、総じて私という存在は怖い筈。子供の場合は分からずに留まっている場合が多いのですが、大人よりも敏感なので、単純に”怖い”と感じる筈です。

『少しでも知恵があれば逃げますし、そうすると結局、貴方の目には、そうした存在(もの)が映らない』
『瑞波のおかげ?』
『おかげと思って貰えるのなら』
『じゃあいっか』
『いえ。諦めずとも』

 え? と返した耀に対して、『信用して貰えば良いのですよ』と。

『それこそ貴方という人柄を、理解して貰えば良いのです。よく姿を見せて、悪い存在ではないと思わせる。力を貸してくれそうな人柄だと思ったら、頼りにして出て来る時があるかも知れません』
『変な事や攻撃をせずに、根気強く待てという事?』
『そういう事です。貴方はたった一度の生では私に近付けないと言いますが、それもまた貴方の強みであるのです。神に成った暁には、長い時を生きる事になるでしょう。その時間を手にした時に貴方を観ていた存在が、貴方を頼りにし、姿を現す事も有り得ると……』

 皆が”あなた”を待つのです。凪彦様がそうであったように、この国にはきっと”あなた”を待っている者が居る。

『私には迷い子の霊は視えないですが、もし耀がそうした者達を救いたいと思うのならば、いずれそうしたご縁にも巡り会う事でしょう。けれど私は、貴方に害成す者を許したりはしませんよ。救いたいと思うなら、強くならねばなりません。私が手を出さずとも、身を守れる結界なり武器なりを、使いこなせる程度には強くならねばなりません』

 そういう意味では実際に戦っている拝み屋に、弟子入りするというのも悪くない。貴方はちゃんと導かれているのですね、と、嬉しそうにもする瑞波だった。
 あの女性(ひと)は怖くて苦手ですが、耀に悪い事をしようとするなら、ちゃんと私が”払い”ますので安心して下さい。其処まで聞いたら耀の方も、身が引き締まるというか、勉強しようと誓うというか気持ちが定まった。

『前の世界じゃ少しも考えた事が無いのにね。視えていても関わろうとは思わなかったな、俺は』
『それだけ貴方の魂がこちらと相性が良いのでしょう。この世の助けになりたい、何かの助けにと思うのは、それだけ縁が深いとも取れますね』

 成る程……と目を瞬いて、瑞波を見遣る。

『そりゃ好きな神様が居る国だもね。なーんだ、俺、瑞波の事、すげぇ好きじゃん』

 きゃらきゃらと軽く笑うようでいて、頭を洗った耀の姿は、前髪が後ろに撫でつけられて端正な男児の顔だ。
 言われた事を消化出来ずに、ただただ無言で照れる瑞波は、凄い事を言ったのに平気そうな耀を見て、本当にこの方は……と胸を押さえる。まだまだ子供だと思っているけれど、善持という男に拾われてから、安定した食事を与えられるようになったおかげか。耀は瑞波の胸に届いて、体つきはより締まり、特に足腰がしっかりとして、しなやかになってきた。
 子供のまろみが消えて、正しく男児の様相だ。まだ入浴中の姿を見ても恥ずかしくはならないが、あと少しで元服の歳、この国での成人だ。やっと会えたと思ったら、人の子は駆け足で大人になっていく。
 自分も幼い時期があったが、凪彦の塒(ねぐら)に通じる川面(かわも)に写した顔を思い出すと、耀とは全然違うと断言出来て恥ずかしい。全く男らしさが違うし、幼い瑞波は今よりも、ずっと頼りなさげな顔だった。今でさえ知らない者には舐められてしまう部分があるし、そういう意味で耀が持つ男らしさは羨望の域だ。
 耀のようになりたいとも、なれるとも思っていないけど、僅かに残る男の部分が刺激されてむずむずとする。それは”負けたくはない”という、ちょっとした嫉妬でもあって、素敵なひとに成長するのは視て知っているけれど、負けないように、肩を並べられるよう、自分も共に身を立てたい気持ちがあるからだ。
 照れながら複雑な気分に浸る瑞波の前で、お湯に満足した耀は帰り支度を開始する。汗をかき始める季節、洗濯も冬よりは頻繁にやっている。もう井戸の水を使わせて貰えるから、温泉で洗う事はない。洗った着物は善持の分も含めて、庭の物干しに干してしまえる。此処から持ち帰るものは、道中で集めた山菜だけだ。

『よし。帰るか』
『はい』

 微笑む瑞波は”いつもの”彼で、気持ちを引きずらず側に居る。
 耀は暗くなり始めた斜面を慣れた様子で降りながら、途中の清水で再び喉を潤した。山神が居るという山の方を”ちら”と見て、寺に降りられる方の道をひた戻る。
 裏の銀杏の所まで来た頃には夜だけど、春の暖かい夜だから善持もまだ起きていた。耀の土産を見ると嬉しそうにしてくれた人だ。竹林の様子も伝え、なら明日にでも掘りに行くか、と。
 了承した耀は寝る準備に取り掛かる。銀杏の木の下で祝詞を唱え、代わりに腹の穢れを祓って貰う。下の用事も済ませて手を洗い、与えられた部屋へ帰ると藁の上に寝そべった。
 余裕のある生活になり、忘れないように真言を言う。印も怪しくなっていたから、備忘のつもりで組みながら。勇士(ゆうし)の長い指を思い出しながら、そういや俺も届くようになってきたな、と。

『おやすみ、瑞波』

 と呟く耀に、おやすみなさい、と返る声だ。
 朝は夜と同じように、祝詞をあげて、穢れを祓ってもらう所から。鶏舎の戸を開け鶏達を自由にしたら、墓地に赴き少し前に亡くなった人の墓の前でお勤めをする。終われば前の日に気になっていた所の掃除をし、善持が朝食に呼ぶ声を聞いて家に戻る。
 朝から忙しく何かをしている耀を見て、働き者と評しつつ、自分は自分のペースで動く善持は誇らしげ。やっぱり拾って良かったし、共に暮らす生活は、張り合いが出て調子が良い。
 美味い飯を食べて筍掘りに向かう二人だが、そうして平和な日々を過ごす所へ嵐がやってくる。善持にしたら昨日の今日だが、さえにしたら善は急げだ。初めて手に入った弟子候補。あたしが立派に育ててやるんだから、と。
 有り難迷惑な気配を醸しつつ、意気揚々とした”さえ”が再び、善持の家の扉を叩く。


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ちかい
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