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相原酒造を訪ねて(広島県呉市)

広島県呉市仁方は3つの山と瀬戸内海に囲まれた地域で、明治時代には酒蔵が9軒、醤油蔵が10軒並ぶ蔵の街だったそうですが、今や酒蔵は相原酒造と『寶劍』の宝剣酒造だけになってしまいました。1875年に創業した相原酒造の『雨後の月』は、「雨あがりの空に、冴え冴えと光輝く月が周りを明るく照らす」という小説家・徳冨蘆花の随筆の一節に思いを重ね造られているお酒です。

2013年、はせがわ酒店が主催する「SAKE COMPETITION」で純米酒203点の頂点に立ったことをきっかけに、『雨後の月』は東京を始め首都圏での販売量が伸び、相原酒造は飛躍的な成長を遂げました。蔵元の次男である相原章吾さんは当時大学生でしたが、友人と飲み会をしようと送ってもらったその受賞酒を飲み、あまりの美味しさに衝撃を受けたといいます。

同時に、自分が美味しいと思うお酒が権威ある賞を獲得したことは、章吾さんの自信にもつながりました。「兄が継ぐもの」とばかり思っていた酒蔵を「自分が継ぐことになるかもしれない」と徐々に思い始めていた章吾さんは、いろいろな地域の日本酒を買って飲み比べながら、自分がどういうお酒が好きなのかを研究するようになりました。特に「SAKE COMPETITION」で入賞しているお酒は積極的にチェックし、酒販店に行くときも「昔から売れている銘柄と、今売れている銘柄を下さい」と注文しお酒を勉強したそうです。

お酒を買って飲んでみると、いろいろなことを感じるそうです。これは似たようなお酒があるなとか、これは自社でも造れそうだなとか。しかし一方でお酒造りの難しさにも気づき始めました。それは、味わいでは全体的に及第点を突破しているものの、ホームラン級の当たりと言えるものは少ないということ。原体験の強さに引きずられてしまうことは自覚しつつも、その年に良いと思っても3年後には感動が薄れてしまうという状況に、目指すところの難しさを感じています。


『雨後の月』は、例えるなら日本刀のようなお酒です。硬くて鋭いのに柔らかく見えたり、重厚なのに軽く見えたり、上品だけど派手さもあったり。そうした相反する要素が流線形の上に絶妙なバランスでまとまっている日本刀のように、相原酒造には上品かつ綺麗で透明感のある酒造りが根付いていました。ただ酒造りのコンセプトはそうありつつも、実際の商品を見てみると技術力の高さが感じられる反面、器用貧乏のような部分も否めず、蔵の方向性としては悩めるところです。

相原酒造は、さまざまな機械をいち早く試してみるなど、良いお酒を造るためにあらゆる挑戦をしてきた蔵です。その結果、総じてレベルの高いお酒を安定的に作り出せるようになりました。ただ、どんな機械を入れた、どんなお米や酵母を使ったという「What(何)」よりも「Why」、つまりなぜやっているかが重視される現代においては、ただ珍しいことをするだけではアドバンテージにならない場合も多々あります。お酒造りのクオリティが全体的に底上げされている今、蔵はどのような戦略を立てて経営をしていくべきなのか考えなければいけない時期に来ています。

「これからの酒蔵はどこにおもしろみを感じるのだろうか」という点に着目して蔵経営を考えていると言う章吾さん。好奇心を持ち、新しい味わいや発想でお酒を造る必要があるのではないかという思いから生まれたのが章吾さんが立ち上げたブランド『UGO』です。『雨後の月』が美の追求だとしたら、『UGO』は自由な設計で醸しているお酒。広島県産米を使う、真吟精米(サタケ社による独自の精米方法)を使う、アルコール度数14%で出す、ということだけは変えずに、好奇心に従って新たなチャレンジを模索しています。

「カッコいいことを追求していきたい」という章吾さんは、流行りの「クラフトサケ」(清酒の醸造方法に、副原料を追加して発酵を進めるお酒)や人類最古のお酒「ミード」にも興味があると言います。しかしそうしたお酒は製造量に限界があり、先代たちによって築かれてきた蔵の規模感を下げ得ることにもなります。自分はどんな暮らしをしていきたいのか、仁方の地でどんな酒造りをしていきたいのか、相原酒造をどんな蔵にしていきたいのか。章吾さんの新しい時代は、まだ始まったばかりです。

相原酒造株式会社
広島県呉市仁方本町1-25-15 
Web: https://www.ugonotsuki.com/
Instagram: https://www.instagram.com/ugonotsuki/

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