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内面のプリズム

 友人の友人のそのまた友人の女性がメン地下という人に惑溺して借金を抱えているという話を聞いて、本来であればその女性を心配する場面であったがわたしはメン地下とは一体なんなのかということが気になってそれ以上話に集中することができなかった。

 メン地下。素敵な男性が伊勢丹メンズ館の地下惣菜売り場でメンチカツなどを売っている光景が頭に浮かんでくるか?といえばそんなことはなく、だいたいの想像はついた。

 つまり地上波放送には出現しないメンズアイドルをして、メン地下というのである。地下アイドルといえば通常女性グループを指す印象があるため、メンズという接頭語がついているのだろうというところまで察した。

 分からないことを調べるとき、最近はZ世代ぶっているためにすぐにインスタやTikTokで検索する悪癖がついてしまったのだが、TikTokでメン地下と検索すると、想像とは異なる動画がたくさん公開されていた。

 当初検索によってヒットすると思われたのは、純烈のような人たち(これがメン地下である)が隊列をなして踊り、その周囲を取り囲むようにファンが色付きの声援をあげる様子が収められた動画であったが、実際のところはそうではなく、メン地下と思しき男性と、地雷系の格好をした女性が著しく密着してチェキという写真を撮影している動画がたくさんアップロードされていた。

 このような感染症禍に著しい密着をするなど考えるのも恐ろしく、間違っても大曲先生などの目に触れないように注意してもらいたいものだ、などと説教くさい考えが1秒半くらい脳裏に浮かび、その後、いったいこの地雷系女子、転じて友人の友人のそのまた友人の女性はこのメン地下に惑溺した程度で生活に困窮しているのだという疑問を持った。

 独自の調査によれば、この1枚いくらのチェキを推しと何枚も撮ったり、プレゼントを渡したりしているうちに自然に貯金が底をついてしまうらしい。

 しかし、これがメン地下に特有の話かといえばそんなこともなく、「推し」全般にお金を使っているうちに全く貯金がなくなってしまうというのはよく聞く話である。

 同じような作用機序でホストクラブに耽溺する場合もあるのだろうなということを、「明日、私は誰かのカノジョ」というドラマを視聴しながら感じていた。

 「明日、私は誰かのカノジョ」には、到底ホストになどはまる性格ではないと(本人は)思っている萌ちゃんという女性が登場するのだが、この萌ちゃんの前に楓という優男が現れる。

 萌ちゃんはホストの楓にハマってしまい、私財を投げ打って楓にシャンパンを入れたりするようになり、生活に困窮して風俗店でバイトをするようになる。

 筋書きとしては平凡に思えるのだが、面白いと思ったのは、楓が悪い人間として描かれていないということである。

 すなわち、もっと典型的な描き方としては、表では気遣いを見せ、「好き」とか「かわいい」などと述べて客を惚れさせるものの、裏では客のことを侮蔑していたりもらったプレゼントを屑籠に打ち捨てるといった非道いことを実はしている、などといったギャップを描くのが王道的な描き方なのではないかと思うのだ。

 しかし、そうではなく楓は気遣いを見せ続け、常に、というか最後までいい人の面しか描かれないのである。

 そうすると、見ているほうとしては、「ああいう顔を見せてるけど絶対策略でしょ」といった見方をする人や、「楓はいい人なのにホストクラブは切ないシステムだよね」と思う人など、解釈に視聴者の投影を伴った微妙なグラデーションが出てくる。

 このように表と裏の顔、といった二項対立にするのではなく、見る人によってプリズムのように見え方が変化する描き方のほうが面白いなと思う。

 楓はフィクション上の人物のためその実は不明だが、楓という人間がそもそも人によって違って見えるような雰囲気を持った人なのではないかとも感じた。

 わたしの感覚ではas if personalityが完全に完成されたような人に、このような傾向は多い気がする。

 すなわち外見やコミュニケーション上の対応は完璧にその場の状況に適応しているのだが、その内面は全くよく分からない、見るたびに異なって見える、といった一群の人たちがいるような気がして、そういう人たちは、心の中の自分と、社会に見せている自分の連携が完全に途絶えているのではないかと思うのである。

 本人ですら、なんとか内面をさらけ出そうと思ってもうまくできない、ということに悩まされる場合もまた多いように思う。楓も本当はそうなのではないかという目で漫画やドラマを最初から見ていると、なかなか味わい深いものがある。

 メン地下の話にはじまったのだが、結局偽者論に到達してしまった。結局こういう人たちの空虚さを詳細に記述したかったのが「偽者論」で、小説という形式で書きたかったのが「天気予報士エミリ」なのではないかと思う。

 「天気予報士エミリ」(群像7月号)発表してから1週間が経った。ぼちぼち感想を書いてくださったり、直接伝えてくださったりする方もいて、感謝するばかりである。

 次に何を書くかもおおよそ検討はついているのだが、この夏は偽者論のカムバと、書こうと思っていた複数の論文を投稿することから始めたい。7月には思春期青年期学会や、亀田の福武先生との講演もある。

 日々の診療でペースを作りながら、体調を崩さずにやっていきたいものである。


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