深夜、きみを見上げる
「火、貸してもらっていい??」
ふと顔をあげるとタバコを咥えた女の子。
金髪で顎より少し上で揃えられた綺麗なボブ、濃いめの化粧で革ジャンに胸元の少し開いたシャツにミニスカートとニーハイにブーツ…若くてバンドでボーカルやってそうというのが第一印象としてはピッタリの女の子だった。
「あ、どうぞ」
僕はポケットからジッポライターを取って手渡す。
「ジッポ使ってるんだね」
「好きなんで」
「しかも使い込んでていいね」
「そうだね…10年は使ってるかな」
「すごいねー、ライターすぐ無くしちゃうから、ジッポほしいんだけど、なかなか踏ん切れなくてー」
「そうなんだ。思い入れとか持つと大切にするんじゃないかな」
「このジッポは思い入れあるの??」
「んー…初めて買ったジッポ…かな」
「それって思い入れ??」
そう言って君はケラケラ笑う。
仕事に追われ終電でなんとか帰れたものの駅から家の近くまでいく終バスはとっくに行ってしまっていた。
タクシーを使うとお金が勿体ないのと運良く今日が金曜日でかろうじて明日の休みを掴み取れていたことから、ネクタイを緩め仕方なく歩きだす。
深夜1時過ぎ、歩いて帰るときにいつも寄るコンビニで缶コーヒーを買って灰皿近くのベンチの端に座って一息したところだった。
「思い入れは人それぞれだから」
「まぁそうだね こんな時間まで仕事??」
「そうだよ」
「大変だねー」
「生きていくためには仕方ないさ」
「そっかー、そーだよねー」
きみはまたケラケラ笑ってタバコを消した。
深夜2時近くになるコンビニの前の灰皿付近はほとんど音が無い。
たまに車が通る音とコンビニの中で流れる音楽や宣伝が時折聞こえる以外はとても静かだった。
夏の暑さと冬の寒さのど真ん中の秋真っ只中の夜風は心地よくタバコの煙の流れも穏やかに見えた。
「もう一本吸っていこうかなー」
と言うとタバコを咥え、そのまま持っていたジッポで火をつけて
「ありがとー」
と言って返してきた。
僕はタバコを消して缶コーヒーを飲み干して立ち上がると
「またねー」
と言ってタバコを持つ手をヒラヒラと振ってこっちを見てる。
僕は「そうだね」と言って帰り、家で泥のように眠った。
休みの日はあれこれしているけど、なぜか何もしないで終わってしまうような感覚になる。
平日は全く出来ない洗濯や掃除などをこなして、冷蔵庫から缶コーヒーを出す。
住みはじめてから1度も使わう気になってない元栓が閉まったままのガスコンロにピッタリ納められた灰皿。
キッチンは喫煙所と化している。
缶コーヒーも好きなわけではなくて、日本のどこでも買えるっていう理由なだけ。
タバコは手持ち無沙汰を無くしてくれるから吸っていて体に悪いこともタバコのせいで休日の時間もいつの間にか過ぎている原因の1つだということもわかってる。
趣味とかがあればまた違うのだろうが、それもない…だからやめられない。
そしていつの間にか休日が終わるんだ。
『水曜日はノー残業デー』と会社は決めてるけど、そんな都合良くいかなくて、結局普段より遅くなって終バスを逃す水曜日。
業務量の把握もしてないのに「仕事が出来ないから残業になるんだ。だから残業にならないようにコスパ良く働け!!」と偉そうに言う上司。
周りは見て見ぬふり。
元々人付き合いも下手で奥手で自己主張が出来ない…そんな僕が全部悪いと諦めていた。僕はずっと1人で生きていく人生なんだって。
そんなことを考えながら、早く帰って寝たい思いとは裏腹に足取りは重くなかなか進まない。
タクシーで帰った方がよかったかな…と思いながらいつものコンビニで缶コーヒーとタバコを買って灰皿のあるベンチに座ってジッポをポケットから出して火をつける。
「火、貸してもらっていい??」
びっくりしてきみの顔を見ていると
「また会ったね。」
と笑って言った。
僕はジッポを渡して缶コーヒーを開ける。
座るまで誰もいないと思ってた…疲れてるのかな??なんて考えていると
「ありがとー」
と言ってジッポを返してきた。
ジッポを受け取って僕もタバコに火を付ける。
ふーっと煙を吐いて何気なしに聞いてみた。
「1つ聞いていいかな??」
「なーに」
「きみは一体何者?」
「何者だと思う??」
「うーん…」
「じゃあクイズにしよう」
「当たったら?」
「正体が知れる」
「なんだかなぁ」
「じゃあやめる??」
「やるけど…」
きみがニヤニヤしながら
「じゃあスタート!!」
僕は一息つきながら考える。
「大学生?」
「ハズレ」
「ミュージシャン?」
「ハズレ」
「ユーチューバー?」
「ハッズッレッ」
「まさか高校生?」
「ハズレ」
「ショップ店員?」
「ハズレ」
「会社員?」
「ハズレ」
「えー宇宙人?」
「ハズーレ」
「おばけ?」
「ハズレ」
「未来から来た人?」
「なにそれ??」
「いや、未来から僕に会いに来た…とか」
「ウケる…小説とマンガの読みすぎじゃない…ハズレ」
「じゃあ…死神」
「当てる気ある??」
「そしたら悪魔」
「…せめて天使って言って…ハズレ!!」
全然当たらない。当たる気もしない。
「わからないよ」
僕は困ったように笑った。
それを見かねたのか
「仕方ないなぁ…正体はお月様だよー!!」
とこちらに笑顔で言う。
僕は口に付けていた缶コーヒーを吹き出しそうになりながら
「へ??お月様??」
僕はきっと変な顔をして聞き返していたと思う。
「そー、お月様」
僕は見上げながら
「お月様ってあれ??」
と空に浮かぶ月を指差すと
「だからー、そーだって言ってるでしょ!!」
と言って笑っていた。
「お月様ってタバコ吸うんだ…」
「そこ!?」
「だってお月様に初めて会うから」
「信じてないでしょ??」
「まぁ…ねぇ…」
「信じる信じないは勝手だけど」
「お月様はここになにをしに来てるのですか??」
「休憩」
「今はちょうど月の通り道がになってて、この辺りが降り口になってるの」
よくわからないことを言うなぁって思ってると
「やっぱり信じてない」
と膨れっ面になる。
「信じる…信じるよ。お月様って呼べばいい??」
「そう呼ぶ人は多いかな」
と言いながらウーンと伸びをすると
「そろそろ戻らないと。またねー」って言ってタバコを消す。
僕も灰皿でタバコを消す…ふと見るときみはもういなかった。
本当にお月様だったのか?と疑問しか残らなかった。
考えていても仕方ないので、重い腰を上げて自宅に帰った。
お月様に関してわかってることは深夜にいつものコンビニの灰皿と一緒に置いてあるベンチに現れること…派手な金髪にバントのボーカルみたいな服装…そしていつも火を借りる。
僕が思い描くお月様の要素は、勝手だけど全くと言っていいほどない。
ただ、気のせいかもしれないけど、いつもより少し月が近くに感じた。
金曜日の夜…残業を終えて終電の少し前の電車に乗れてギリギリ終バスも間に合ったけど、僕は歩いていつものコンビニに向かった。
いつものベンチに腰掛けタバコを吸う。
1本吸い終わり2本目…3本目と吸ったけど、お月様は現れなかった。
それから何故だか毎日コンビニに寄りタバコを吸って帰ることが続いた。
雨の日も立ち寄った。
なかなか会えず、もう会えないのかな。って思い始めていたある日、お月様は突然現れた。
その日は僕がコンビニに着いた時にはベンチに座っていた。
僕もベンチに座る。
お月様は僕に気がつくと
「火…借りてもいい??」
と元気無さげに言った。
僕はジッポを手渡すと、お月様はタバコに火を付ける。
いつもなら「ありがとー」と言ってジッポを返してくるけど…返ってこない。
「ジッポ…返してもらっていい??」
「…………」
「僕も火を付けたいんだけど…」
「…ねぇ…このジッポ、もらっていい??」
「えっ…なんで??」
「このジッポなら大切に使えると思うの」
僕が少し困った顔をすると
「もちろんタダでとは言わないよ」
と言いながら僕のジッポをポケットに入れて逆のポケットから違うジッポを取り出した。
「このジッポと交換しよ??」
手渡された新しいジッポはとてもひんやりしてて綺麗な三日月が掘られている。
「最近天気が悪かったから、降りて来れなくて、その時間使って作ったの」
「せっかく作ったならこのジッポ使えばいいのに…僕の汚いジッポとお月様は釣り合わないよ」
「そのジッポはきみに使ってほしいんだ」
と初めて見せる真剣な眼差し。
僕は負けを認めるように
「わかった…わかったよ…交換しよう」
「ほんと!?よかった…」
と言いながらお月様は涙ぐんでいた。
「今日はいつもと違うけどなにかあった??」
「大丈夫!!それよりそのジッポで火を付けてみてー」
言われるがまま僕はタバコを咥え火を付ける。
ジッポから出る火は今まで見たことがない少し暗めで綺麗な青い火だった。
ひんやりとした金属といい使っていて不思議に思いながら眺めていると
「それはね、月の鉱石で作ったの。綺麗でしょー」
「月の鉱石…だからか。すごい不思議な感じ」
「無くしちゃあダメだよ。きみのジッポもきみの身代りと思って大切に使うから。約束だよー」
きみは寂しそうに言う。
「僕もお月様の身代りだと思って大切にする」
「ありがとー」
丁寧に言うお月様。
「なんか最後の別れみたいだね」
と僕が笑って言うと
「そうだねー」
と返してきただけ…少し静かな時間が流れる。
お互いもう1本火を付ける…お互いに煙が混ざり合うのを眺めてる。
とても静かでゆっくりとした空気が流れてる。
まるで時間が止まるんじゃないかって思うくらい。
それでも終わりがやってくる。
お互いにタバコを消して灰皿に入れる。
「あー楽しかったー」
「ホントに??なにも喋ってないけど」
「楽しかったよー。きみとのこの時間と静かな空気がー」
「それならいいんだけど」
と言うとお月様は笑って
「ねぇ、缶コーヒー奢ってー」
と無邪気に言ってきた
「えっ僕が奢るの??」
「他に誰がいるのー??」
と言いながら僕の手を引いてコンビニに入る。
僕の手を引くお月様の手は交換したジッポのようにひんやりしていた。
缶コーヒーが並んでる前でオススメはとか好みだとか言いながら結局僕がいつも飲んでる缶コーヒーを奢らされた。
僕の分とお月様の分。
会計を済ませ1本手渡すと
「ありがとー」
と嬉しそうに笑ってた。
コンビニを出て缶コーヒーを飲むと
「にがーい」
と笑うお月様。それを見て笑う僕。
缶コーヒーを飲みながら他愛もないことで笑い合う。
あっという間に缶コーヒーを飲み終わると
「そろそろ戻らなくちゃ」
とお月様が言う。
「また会えるよね??」
と僕が聞くと
「わかんないなー…きっと会えないって思ってる。」
「そっか…寂しいな」
「大丈夫!!月が見えてるときは良いときも悪いときもいつもきみを見守ってるよー」
僕が何も言えないでいると
「だから、きみも下ばっか見てないでちゃんと月を見上げてねー」
「わかった、約束するよ」
と言って笑い合う。
「じゃあねーバイバイー」
「うん、バイバイ」
「こういうときは男子から去るものだよー」
「じゃあ、行くね」
僕はコンビニの駐車場をゆっくり歩く。
振り返るとその度にお月様が手を振ってくれる。
駐車場を出るまで15m位しかないのに何度も振り返る。
「早く行きなよー」と笑いながらお月様が言う。
僕は手を振りながら駐車場を出てコンビニが見えないところまで進む。
ふと思い立ってコンビニが見えるところまで戻る。
お月様はもうそこにいなかった。
それから、どれだけコンビニに寄ってもお月様には会えなかった。
雲ひとつない月が輝く夜でも会える気すらしない。
お月様との約束通り、なるべく顔を上げて月を見る。
仕事は相変わらずだし、上司も相変わらずで残業も減らないけど、その代わり真上にある月を何にも遮られることなく見ることができた。
休みの日は家の窓辺で缶コーヒーを飲み、タバコを吸いながら月を見ることが多くなった。
その時間が僕にとってささやかな楽しみと安らぎになっている。
今になっても何者だったのだろうか…本当にお月様だったのかな??
月から僕に会いに来てくれていたのかな。
そんなこと思ってたらまた「小説と漫画の読みすぎ」って言われちゃうかな。
なんて考える。
信じてないわけではない。
ただ夢のような不思議な気持ちだった。
交換したジッポは季節関係なくひんやりとしていて、ジッポを握るとお月様の手を握ってるような錯覚にも思えてくる。
お月様と一緒に飲んだいつもの缶コーヒーのデザインも変わってしまった。
僕はもう会えないという寂しさと、また「火、借りてもいい??」ってなにもなかったのように現れるんじゃないかって期待しながら、今夜もコンビニのベンチでお月様と交換したジッポでタバコに火を付け、缶コーヒーを飲みながら、綺麗な月を見上げている。