光学メカ設計技術者講座 ~1、ザイデルの5収差と色収差~
1、ザイデルの5収差と色収差 ~その見極めと対策方法~
光学メカと言いながら「収差の話?」と思われるかもしれませんね。
しかし、基本中の基本である収差を理解し、見る目を養うことで光学設計者にも意見できるようになります。
まずは、この基本の基本を学んでください。
§1、収差とは
レンズによる焦点は、「物理的」理由と「光の色」による理由から、
完全に一点に収束はできません。
物理的理由の収差を定義したのがザイデルです。
したがって、ザイデルは単色光での振る舞いだけを定義しています。
その収差は以下になります。
1)球面収差
2)非点収差
3)コマ収差
4)歪曲収差
5)像面湾曲
単色でない光の色で発生する、いわゆる色収差は以下になります。
6)軸上色収差
7)倍率色収差
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●ポイント1
この中で、レンズ設計における描写をコントロールするために利用できるのは、「1)球面収差」だけです。(詳しくは、球面収差の項でお伝えします)
したがって、球面収差以外の収差は極力抑えて設計しなければいけません。
ただし、近年ではカメラ内の画像処理によって以下の収差は補正が可能です。
4)歪曲収差
7)倍率色収差
この補正可能であることは、設計的メリットに繋がります。
つまり、補正可能な収差をある程度許容して光学設計をする事で、得られた設計余裕(設計自由度)を「補正できない収差の収差改善」に割り当てる事ができます。
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また、程度の軽いものであれば、以下も補正できます。
2)非点収差
3)コマ収差
ただし、通常倍率方向、つまり放射方向だけが補正対象となります。
つまり、サジタル方向の非点収差、サジタルコマ収差の補正は基本的にできません。(サジタル方向の収差は各収差の項でお伝えします)
ここで、光学メカ屋は「収差なんて光学設計者がわかってればいいやん」と思われる方も多いと思います。
しかし、それでは高性能のレンズを高良品率で製品化することはできません。
何故なら、試作して性能を確認した時に、画像を見て発生しているであろう収差を見極め、その収差の発生源を突き止めて、メカ的修正を施すのは光学メカ設計者の仕事だからです。
いちいち各収差を測定なんかしませんからね。
したがって、全ての収差に関して、光学メカ設計者も、収差の発生メカニズムは完全に理解して下さい。
ただし、この講座では、収差の発生源まで説明はしません。
ググれば調べられる内容は基本的に各自調べてください。
それでは、各収差の特徴と発生した場合の現象と対策を述べていきます。
§2、各収差の特徴
1)球面収差
最も厄介で、しかし、描写演出に唯一使える収差が球面収差です。
2-1-1、球面収差とは
球面収差量は、専用の測定用機器がないと測定が出来ません。
それほど難しい訳ではありませんが、壺阪電機製の球面収差測定器か、シャックハルトマン式測定器もしくは、波面収差を利用した測定器を内製する必要があります。
また、画像を見た目で球面収差だと判断するには、後述するコマ収差のような見た目の特徴が無いため、それなりの経験者でないと難しいと思います。
したがって、以下の特徴をよく観察し、見る目を養ってください。
2-1-2、球面収差の特徴
球面収差が発生した画像は、全体的にフレアっぽい画像になります。、
しかし、余程ひどい収差量でなければ解像はするものです。
したがって、球面収差が発生してもMTF測定で良品に判定される事があります。
要注意です。
結果的に、「検査は通るがボヤッとしか写らない」という現象につながる訳です。
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●ポイント2
このような場合の対処方法のひとつに「低周波側の検査」も行うことです。
検査方法として、最も効果的な方法は「SFR検査」です。
SFR検査のやり方はググってくださいね。
SFR検査では特定の空間周波数だけでなく、低から中周波のコントラストを検査可能です。
ただし、SFR検査は高周波の測定精度が悪いので、MTF検査との併用を薦めます。
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球面収差が大きく発生したレンズで撮影した写真は、以下の点で判断できます。
1)細かい被写体まで解像してはいるが、抜けが悪く、全体にフレアっぽい。
2)大きい被写体にメリハリがなく、コントラストが低く感じる。
疑似的に球面収差の発生した写真を作成しました。
このイメージをよく頭に入れておいてください。
↓ 球面収差なし
↓ 球面収差あり
大きな画像ではわかりにくいので、一部を拡大します。
↓ 球面収差なし(拡大)
↓ 球面収差あり(拡大)
解像はしているが、フレアっぽくてすっきりしませんね。
実は私も経験をしています。
海外工場で鏡筒の立ち上げをやっていた時、MTF検査で良品判定して出荷します。
しかし、日本での着荷検査で70%程度の良品しか取れない。
確かに画像の抜けが悪く、最初何が原因かわかりませんでした。
なかなか画像だけを見て、球面収差と判断できる人は限られています。
おかげで3か月改善に時間を要しました。
もちろん原因がわかっても、どこで起きているかを見極めるのが大変なんです。
必ず組み立て時に球面収差感度の高い部分の検査には気を配ってください。
発生してから見つけるのは、本当に大変です。
これをわかっているだけで、無駄な時間を使わずに済みます!
2-1-3、球面収差の描写演出利用
ボケ味の制御は球面収差を利用しています。
以下の図を見てください。
いきなり、縦収差図を示しますが、見方はググって調べてください。
ぜんぜん簡単ですから、すぐに調べて覚えましょう。
レンズの外周側を通過する像がレンズ寄りに結像する場合を「負修正」(アンダーコレクション)
逆に、レンズから離れる方向に結像するように修正を加えた場合を「過修正」(オーバーコレクション)と呼ばれます。
それぞれの焦点内外像を見ると、それぞれ対照的な事がわかります。
↓ アンダーコレクションの焦点内像
↓ アンダーコレクションの焦点外像
負修正(アンダーコレクション)レンズは焦点内像はボケ像の外周にリングが発生じ、焦点外像はボケ像の外周が自然と減光しています。
↓ オーバーコレクションの焦点内像
↓ オーバーコレクションの焦点外像
過修正(オーバーコレクション)レンズでは焦点内像はボケ像のが自然と減光し、焦点外像はボケ像の外周にリングが発生します。
※ちなみに、光軸上の+-は像面に対し、以下の決まりです。図のdefocusの符号を見てください。
撮影者側が+ レンズ側が-
ここで焦点内像と外像のどちらが前ボケと後ボケかわかりますか?
全系繰り出しのレンズを想像ください。
近距離の被写体を撮影するとき、レンズは繰り出しますね。
つまり近い物体ほど撮影者側にピント位置があるということです。
つまり、焦点内像が前ボケになります。
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●ポイント3
この外周にリングが発生することが「2線ボケ」の原因です。
ですから、ポートレート用の中望遠レンズなどは、後ボケ(焦点外像)が綺麗になるように、負修正になるように設計します。
ここから察しは付くと思いますが、背景に2線ボケがなく、美しいボケ像を撮影できるレンズは前ボケが確実にエッジを持つボケになります。
ただ、以下の理由で大きな問題になりにくいのです。
・手前にあるため、被写体が大きくなる
・前ボケを入れるにしても大きくボケる事が多い
なぜ前ボケが大きくボケるかは、マニュアルフォーカスレンズの深度表示を見れば一目瞭然です。
このレンズだと、F11で2mにピントを合わせた状態です。
この時、F11の深度メモリは、以下になっていますね。
近側:約1.1m~2m 遠側:2m~約無限大
同じF値の深度幅では、近側の幅が狭い事がわかりますね。
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中望遠レンズの開発を行っているなら、必ずアンダーコレクションになっていることを見極めましょう。
光学設計者とよく相談して、ボケの美しさをどこに持っていくか落としどころを探してください。
1-1-4、球面収差の調整
球面収差は共軸系誤差が原因で発生し、以下の3つの誤差が支配的です。(共軸系誤差は、講座「3、偏心系、共軸系誤差」で詳しく解説します)
①レンズの面精度
②レンズの心厚
③レンズ間の空気間隔
当然①レンズの面精度と②レンズの心厚を調整するわけにいきません。
したがって、球面収差の調整は③レンズ間の空気間隔で行うことになります。
ここで、光学設計の出来映えが重要になります。
空気間隔の感度が、何箇所にも高い感度で分散している場合は要注意です。
つまり1箇所で調整しきろうと思っても、調整量が多くなり、空気間隔誤差による他の光学性能(焦点距離誤差や像面湾曲、像高誤差など)にも影響をあたえます。
したがって、球面収差調整が必要な場合は、他の感度に影響を与えにくい1箇所に感度を集中させることが良い光学設計になります。
開発するレンズが、球面収差量を管理する必要のあるレンズであり、誤差計算上調整が必須であるならば、メカ的調整を考慮して調整可能な位置を1箇所で可能なように調整間隔の空気間隔感度を高くしておきます。
また、ズームレンズの場合は、広角から望遠における感度バランスが取れている、つまり調整した焦点距離以外で球面収差が破綻することがない事です。
群内の調整であれば、崩れることはほぼありませんが、群間で調整する場合は気を付けましょう。
超ベテランの光学設計者であれば、最初からその事を考慮しますが、スキルが低いと考慮されていない場合が多々あります。
この時に指摘できるのは光学メカ設計者ですから、鏡筒構造設計段階で、光学設計者に指摘できる能力を養わなくてはなりません。
群内のレンズ間隔で球面収差調整を行う時、偏心系誤差の調整を同時に行いたい場合があります。(詳細は講座「9、調心方法」にて説明します)
現在では5自由度(光軸方向、光軸に垂直な面のxy軸、xyを軸とする回転)で調整する、いわゆる空中接着による組み立て可能な生産設備を投入しているメーカもあります。
2)非点収差
非点収差には2種類ある事を覚えてください。
①軸外光、つまり光軸を通らない光が、周辺で一点に収束せず線状に収束する現象。
②軸上光、つまり光軸上の光が、一点に収束せず線状に収束する現象。
前者①は、球面単玉であれば物理的に発生する現象です。
したがって、複数のレンズを用いて、光学設計的に収差を軽減するしかありません。
後述するサジタルコマ収差を合わさって、切り分けが難しいと思います。
したがって、尚更、光学設計段階で軽減を要求してください。
特に広角系レンズで発生しますから、ズームレンズの広角側含めて注意してください。
後者②は、レンズの製造不良やレンズ保持設計不良、組立不良で発生する二次的要因です。
今では②による非点収差が顕著に現れるようなレンズは見かけなくなりました。
昔はレンズ固定にCワッシャを使い正常に装着できていない場合、玉枠の加工精度が悪くレンズを歪ませているなどの場合に発生しました。
また、落下させるなど外的要因によってレンズが歪んだ場合にも発生する事があります。
現象は図のように、ピント位置で点に収束せず線状に収束します。
いわゆるピント位置が無いというレンズになります。
光学設計にミスがなく、部品精度が設計通りであり、組み立てにイレギュラーが無ければ、通常発生しません。
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・ポイント4
したがって、発生した場合は以下の手順で調査してください。
①レンズ面精度(フィギュア、ニュートンリング)
②玉枠嵌合径寸法と真円度
特にプラスチックレンズではガタが必ずあること
③玉枠レンズ当たり面の面精度
④組み込み作業の再調整
・熱カシメ(アンビルの形状、位置、圧力、温度、時間)
・ロールカシメ(ローラー圧、角度、つぶし量)
・接着(接着剤の塗布条件、厚み、硬化照射バランス、
照射パワーと時間、冷却)
・押さえリング(レンズ当接面精度、変形、ゴミ、締付トルク)
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レンズ面の組込み精度の確認は、コリメータを用いて反射偏心にて偏心測定治具にレンズを組み込んだ玉枠を装着し球心位置を見ることが効果的です。
3)コマ収差
軸外光に発生する収差で、言葉通り彗星のコマのようにメリディオナル方向に光が拡散する現象です。
同時に合焦位置が光軸方向にずれる事でサジタル方向にも光が広がります。
これを「サジタルコマ」や「サジタルフレア」と呼びます。
細かく言うと、サジタルフレア=サジタルコマ+非点収差になるのです。
しかし、これは光学設計事項ですから、光学メカ屋がとやかく言っても始まりません。
スポットダイアグラムを確認して、チェックしてください。
メリディオナル方向のコマ収差は冒頭でも述べたように、程度の軽いものは補正も可能です。
しかし、サジタルフレアはどうにもなりません。
広角レンズで発生するものが多く、点光源を撮影すると、画面周辺にいくに従い、鳥が羽根を広げたような像が写ります。
したがって、写真全体ではぐるぐると渦巻いたような写真が出来上がります。
古いレンズで極端に発生するものがあります。これを補正する手はありませんから、メリディオナルコマ収差を小さくするのは当然だが、サジタルコマ収差を小さくしておくように光学設計で注意して欲しい点です。
撮影時には、絞りを1、2段絞ると改善します。
4、歪曲収差
直線が湾曲して写る現象で、樽型と糸巻き型があります。
ほとんどのメーカーはこの収差に関しては補正しています。
補正量はメーカーにもよるが、約10%程度まで補正します。
特別なレンズの場合(焦点距離20mm程度以下で歪曲を味としているレンズ)以外は、歪曲収差量は3%程度に抑えたいため、光学設計的には最大13%程度収差を出している場合があります。
この補正はライブビュー画像でも補正していることがほとんどです。
RAW画像も補正後の画像を記録するのが一般的です。
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・ポイント5
補正方法ですが糸巻き型の場合、画面中央を原点としてxy方向に画像を拡大することになり、画質が悪くなります。
下図の補正後が赤格子です。
つまり、画像を引き延ばす必要があり、画像が劣化します。
そのため、画質が許容できる約10%までの補正にとどめています。
樽型は悪化する要因はありません。
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5、像面湾曲
画面中央にピントを合わせたとして、同心円で光軸方向にピント位置がズレる現象です。
同心円というのがポイントであり、点対象でない場合は、光学設計ではなく、製造上の二次的要因で片ボケが発生しています。
像面湾曲はズラし撮影すれば一発で像高ごとに量がわかります。
図のように、フォーカスレンズをチャート中心に合焦させ固定します。
カメラ全体を光軸方向に0.1mmピッチ程度で前後させて撮影ます。
各画像の解像度を読取りグラフ化すれば、像面湾曲量と片ボケ量が測定できます。
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・ポイント6
共軸系の誤差で発生しますから、以下の手順で調査してください。
①レンズ面精度
②レンズ心厚誤差
③空気間隔誤差
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6、軸上色収差
光軸上の焦点位置が色でズレる現象です。顕微鏡で像点位置を観察するとよくわかります。
様々な分散特性や異常分散、異常低分散の硝材が開発され、昔に比べて光学設計的に抑え込みやすくなりました。
最近では人工蛍石も開発され、非常に高精度に軸上色収差を抑え込むことが可能になってきています。
軸上色収差は補正不可能ですから、光学設計的に軽減しておく事は必須条件です。
7、倍率色収差
レンズの硝材の色による屈折率の違いから、斜入射光はレンズ内の透過距離が変わるため、軸外で像高が高くなるほど強く現れる現象です。
このような倍率系収差は画像処理による補正が可能です。
だだし、ズレ量に関するレンズデータがあらかじめ解っている必要があります。
補正データに関しては、製造誤差等での大きな変化は発生しないので、設計データを用いても問題ありません。
※補足
・パープルフリンジに関して
デジカメ初期のころ盛大に発生しているものが多くありましたね。
当時は、フィルムでは考えられないほど発生したことで、結構大きな問題になりました。
画像処理で倍率色収差補正が出来なかったことも一因ですが、何より撮像素子の近紫外域の感度が高かったのです。
撮像素子の赤外感度の高いことはよく知られていたことなので、IRカットフィルターは当たり前に入っていました。
しかし、近紫外のUVカットフィルターは入っていなかったのです。
近年では、光学設計的な配慮と、ハイブリッドUV-IRカットフィルターの搭載、そして、倍率色収差補正によりほとんど話題に上ることも無くなりました。
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以上で理解すべき収差の説明は終わりです。
・発生要因
・調整可能な収差か
・製造系で発生するか
以上が空で言えるまで、何度も見返し、勉強して下さい。
では、次回は「2、光学収差図の使い方」講座を配信します。