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【機動警察パトレイバー】甲斐洌輝について

 機動警察パトレイバーという作品が数年前から気になっていましたが、ここ最近、意を決して色んなシリーズを見るようになりました。30年以上経過しても未だに公式サイトで商業展開しているのは凄い長生きだと驚嘆します。物語の概要については下記の公式サイトをご覧ください。

 OVAである「アーリーデイズ」が最初期のシリーズですが私はこれだけ制覇しました。その5話、6話に甲斐洌輝(かいきよてる)という人物が主人公たちの敵として現れます。ネットを漁っても彼を掘り下げた文章があまり見当たらないので、パトレイバー素人なりに自分の感想を述べていきます。

甲斐の経歴

 甲斐は主人公である泉野明の所属する特車二課第二小隊の隊長、後藤喜一の学友だったことが明かされています。甲斐は自衛隊の一部隊員によるクーデターの思想的指導者としてテレビ報道されていました。甲斐自身が自衛隊員であるか(だったか)までは不明ですが、隊員と交流できる人脈は持っていたことが窺えます。

 ただし、テレビに映った写真は物語現在よりかなり若い姿に見えます。恐らく長い間、実社会で目立った活躍を見せることはなかったのでしょう。甲斐はクーデターの計画を20年かけて準備してきたと独白していますから、物語現在の甲斐は写真の姿から20年後であると考えたらしっくりきます。

若かりし日の甲斐

モデルとなる二・二六事件

 作中のクーデター描写は明らかに二・二六事件をモデルにしています。クーデター当日に東京に雪が降り積もる描写が一番象徴的です。甲斐がクーデターの「思想的指導者」として取り上げられるのも、二・二六事件を起こした青年将校に思想的影響を与えた北一輝という歴史上の人物をなぞらえているのでしょう。

二・二六事件の反乱部隊
北一輝

 アーリーデイズに限らず、パトレイバーではバビロンプロジェクトという都市再開発計画に反対する環境保護運動がしばしばレイバーを悪用したテロ活動を起こしています。環境テロは基本的に左翼思想を持つ人々が起こすものですが、甲斐のクーデターは二・二六事件を思わせる数々の描写から、それとは真逆の右翼思想に基づく行動なのだと示唆されています。この点でかなり異色の存在です。

テーマは軍と警察の関係

 劇中で甲斐や反乱隊員の思想が掘り下げられる事はありませんでした。これはそもそも物語のねらいがクーデターの思想的是非ではなく、軍が反乱を起こした場合に治安維持組織である警察は何ができるのかに焦点を当てているためです。あくまでも主体は主人公たち警察側であるため、甲斐の言動はそれを際立たせる味付け役に過ぎません。

後藤との関係

 甲斐の思想を探るもう一つのヒントは後藤との関係です。前述の通り、2人は学生時代に交友関係があった事が明かされています。甲斐は後藤を「おれの最高の生徒だった」と述べていますから、これだけ切り取れば教師と学生の関係ですが、お互いタメ口で話しており、年齢的にそれほどかけ離れているようにも見えないため、その線は薄いです。

後藤喜一

 ただ、学生同士だったとしても一種の師弟関係にあったのだと思われます。後藤自身も甲斐と駆け引きをする際に「忘れたのか。おれが誰にそれ(戦略の方法論)を習ったのか」と返しています。最も自然なのは先輩後輩の関係でしょうか。甲斐も後藤もどんなに低く見積もっても30代、恐らく40代は優に過ぎている容姿です。

 アーリーデイズにおいて第二小隊設立の時期は1998年ですから、彼らの学生時代(20年前)は1978年以前になります。学生運動は1968年をピークに下火になっていましたが、今ほど壊滅状態だったわけではありません(ちなみに左翼のみならず右翼の学生運動も存在しました)。

 ここから2人は学生時代に何らかの政治運動に関与しており、国家変革を志す同志だったが、決別したのだと読み取れます。そうでなければ戦略について議論を交わすなどというやり取りを少なくとも「普通の学生」はしません。後藤は甲斐と手を組むのが嫌で警察を目指したと言っています。警察は治安維持組織なので、そうなれば甲斐も後藤に近寄れなくなると判断したのでしょうか。

 決別の理由は不明確ですが、後藤が甲斐の政府への要求事項(国会解散、政党禁止、憲法無期限停止)に怒りを顕にしていたことから、少なくとも思想を実現するための方法論で食い違いが生じていたことは確かです。ただし協力した松井刑事から「今でも甲斐の同志なんじゃないか」とやや挑発的に問われた際に無言だったため、思想信条すら全く異なるとは後藤自身も言えないのでしょう。甲斐からも未だに勧誘されています。

甲斐の目指した国家変革とは

 甲斐率いるクーデター部隊は在日米軍から盗んだ核兵器を切り札として政府と交渉します。後藤は反乱隊員たちはあくまでも交渉の武器と考えていようが甲斐なら本気で撃つと見ており、実際に甲斐は危うくなると部下に静止されながら発射ボタンを叩き割るように押しています(これは特車二課の活躍で事前に発射砲が壊され阻止できました)。

 恐らくこの手段を選ばない過激さに後藤は付き合いきれず離れたのでしょう。変革すべき国家に核兵器を撃ち込んでは本末転倒です。甲斐は目的と手段がひっくり返る危うさを持つ人物として描かれているように見えます。

 アーリーデイズの世界では制作当時を反映して冷戦はまだ継続しています。5話冒頭では日米軍事演習が行われていることと軍事費増大に反対する野党の動きが取り沙汰されていました。甲斐が右翼的な国家変革に着手できたとすれば、この手の目障りな反対勢力を排除して日本の軍事国家化に邁進したのでしょうか。ただし核兵器を所持していることからアメリカに対しても一定程度の主張を行い独立した外交姿勢を貫くように思います。

 このアーリーデイズの話は劇場版にも引き継がれているようですが、できれば甲斐自身についてもっと掘り下げる作品展開が今後あれば嬉しいです。

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