【写真について知っているいくつかのこと Vol.11】”デジタル”にはもう慣れましたか by KISHI Takeshi
カロワークスのKISHI Takeshiです。写真やカメラに関する技術・歴史や、写真業界の出来事などを月イチで綴るシリーズの第11回です。
先週の投稿で弊社の社長も書いておりますが、このnote…、最近、自分の番が回ってくるサイクルが短く感じる年度末です。
文筆業の方やクリエイターの方で、定期的なペースでお仕事をされている皆様…本当に尊敬いたします…。
さて、今回は私たちの身近な「デジタル」について考えてみたいと思います。
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昨年から続くコロナ禍の影響で、私たちの生活は人と人との物理的な接触を避けて、デジタル機器を介したコミュニケーションを模索し続けています。
お仕事でのテレワークやWEB会議、友人とのオンライン飲み会、各種SNS…etc、老若男女問わず、この一年で新しいデバイスやサービスを使い始めた…という人は多いのではないでしょうか。
他方では今年(2021年)の9月には国や自治体の行政のIT化やデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する機関として「デジタル庁(仮称)」が発足するそうですね。
しかし、このニュースが出始めた頃からずーっと気になっていたのですが、この「デジタル庁(仮称)」という名称、かなり奇妙なネーミングです。
そもそもデジタル(カタカナ的にはディジタル、と表記する場合もありますね。)という言葉の定義は何でしょう。
古い資料ですが、私の手元にある「マイクロソフトコンピュータ用語辞典」では「デジタル」の項目は以下のように書かれています。
デジタル【digital】
①数値またはそれらを表現する方法に関連する言葉。
②コンピュータ利用においては、バイナリという用語に類似している。なぜならばほとんどの人々は、コンピュータは2進数字(ビット)の組み合わせとしてコード化された情報を処理するものと考えているからである。
『マイクロソフトコンピュータ用語辞典 第三版』, マイクロソフトプレス編, 2001年, 株式会社アスキー発行
ここでまず大事なのは①で、デジタルとは「数値」と深い関係があるという点です。
語源はラテン語の「手指(とくに親指以外)」をあらわす「digitus」で、指で数える…という意味から派生したとも言われ、日本語では「計数」という訳語もあるそうです。また「digit」は、長さや割合を計る単位としても用いられ、大人の指1本分の幅が「1 digit」だそうです。
(ちなみに私の右手の中指では「1 digit」= 16mmくらいでした。)
続けて辞典の②の用例ですが、このクセのある言い回しは当時のコンピュータ観が反映されていて面白いですね。
「バイナリ(binary)」は「二つの」「二進(法)の」という意味で、「ビット(bit)」はコンピュータで情報を扱う際の基本となる単位で「binary digit」(「二進数の桁」の意)の略です。
この辞典が出版された90年〜00年代頃…コンピュータを扱うことは、今よりも「特別感」がありました。現代では「趣味はコンピュータです」という人が居たら「ん???自作PC?プログラミング?」とツッコミが入るところですが、当時はコンピュータやインターネットが家庭にも広く普及しはじめた時期で、それらに詳しいという事は「最新の機器を使えますよ!WWW(*)で世界と繋がりますよ!」という若干のエリート意識(?)を伴うものであったように思います。
(*:World Wide Web。大爆笑しているわけではありません)」
一方、業務で仕方なくコンピュータの操作を覚えなければいけない中高年世代からは「人間は複雑なんだよ!!コンピュータみたいに1か0かで分けられるもんじゃないんだぁぁ!!!」と拒絶反応とも、行き場の無い怨嗟の声ともつかぬ悲鳴が挙がっていたようにも記憶しています。
そんな、コンピュータに詳しい人/不慣れな人との温度差が大きかった時代…。②の用例の「ほとんどの人々は〜」とか「〜処理するものと考えているからである。」のようなシニカルなワードの端々に、当時のコンピュータ・意識高い系とアンチ勢との相克が現れているような微笑ましさがあります…。
大丈夫、あと20年後には、好むと好まざるとに関わらず、皆当たり前のようにコンピュータを使っていますよ…。
話は逸れましたが…端的には「デジタル」とは「数値またはそれらを表現する方法に関連する言葉」です。また、コンピュータで情報を表す際には「0と1」や「ONとOFF」のような2進数による表現を基本としながらも、その桁数を増やすことで複雑な情報を数値として扱うことができます。(なので「コンピュータは1か0かしかない」=「複雑な物事を扱えない」というのは誤りです。)
このような定義を参照しながら「デジタル庁(仮)」を直訳すると「数値庁」「計数庁」となり、何のための機関なのか、何を意味する名前であるのかが判りにくいような…。
しかし、デジタル庁に限らず、世の中では殊更のように「デジタル」という言葉が強調されがちです。それは、現代において「デジタル」という言葉が、単に「数値」という意味だけでなく、「新しさ」や「効率的」「先進的」といった様々な価値と結びつけて使われやすい、という事情が背景にあるのではないでしょうか。
デジタル的な原理に基づいたコンピュータ、それらを用いた新しいハードウェア・ソフトウェアの登場によって、この数十年で私たちは様々な利便性や、驚くような新しい体験を得られるようになりました。その技術を支える「デジタル」は魔法の呪文のようなものなのかも知れません。
しかし、日夜デジタル機器に囲まれながらも、ふと思うのは、私はデジタルの何を知っているのだろう?という事です。デジタル機器は高度かつ複雑に働きながらも、その原理や過程は必ずしも目に見えるものではなく、ときにブラックボックス的でもあります。
所謂「デジタルネイティブ」な世代ではない(と思う)私にとって、20〜30年の長い付き合いになる「デジタル」、すっかり慣れてしまった部分もあれば、未だに違和感を感じる部分もあります。
みなさんは「デジタル」に慣れましたか?
デジタル=「数値」の技術が私たちの経験にどのように関わるのか、とくに写真・画像の分野でのデジタル技術について、次回以降も徒然に考えていきます。
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…と書いていたら「デジタルトランスフォーメーション(DX)」や「デジタルネイティブ」など別な言葉も色々ツッコミどころが気になってきました…。
しかし言葉は時代によっても変わるもの…。言葉狩り警察にならないようインターネット上では「ネチケット」を守っていきたいところですね!
次回もnoteでお会いしましょう〜。
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