【息ぬき音楽エッセイvol.5】Four Tetとミックステープ by 村松社長
みなさまこんにちは。カロワークスの村松社長です。
突然やってきた秋らしい気候に、戸惑いを隠せないのは私だけでしょうか…?思えば今年はお花見や花火やビアガーデンなど、季節を感じるイベントがほとんどできないままなので、置いてきぼり気分になっているのかも。
ともあれ芸術の秋、音楽の、読書の、食欲の秋がやってきました。今回はおうちで音楽を楽しむことにも繋がる、ミックステープ(プレイリスト)のお話です。
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さて皆さんは、未知の音楽に触れたいと思ったとき、どのような方法で探していますか?
テレビやラジオで、好きなショップで、あるいはvol.0で触れたようにSNSのタイムラインやYouTubeの「あなたへのおすすめ」をチェックする、といった方法もあるかと思います。
音楽のストリーミングサービスでいうと、私はここ何年かSpotifyを使っているのですが、こうしたサブスクリプションサービスで音楽を聴けるようになって良かったな、と思うことの一つに「プレイリスト」という機能があります。
プレイリスト機能自体はiTunesなどの(サブスクではない)音楽アプリにもありますが、サブスクになってからの大きな変化としては、Spotify上(Apple MusicやAmazon Musicなども同じです)にある曲ならどの曲でも追加できること、そして何より自分が作ったプレイリストをシェアしたり、他の人が作ったものをフォローすることができる、というところでしょうか。
プレイリストにはユーザー個人が作るものの他に、Spotify自体が作るものもあれば、アーティストが作るものもあります。
特にアーティストが作るプレイリストは興味深く、テーマごとにたくさんのプレイリストを新しく作る人もいれば、ある日のライブのセットリストだったり、一つのプレイリストを定期的・もしくは不定期に全く違う中身に入れ替える人などさまざま。
好きなアーティストがどんな音楽に影響を受けているのか、いまどんな気分なのかをリアルタイムで知ることは、このサブスクのプレイリスト機能以前にはなかなかできなかったことで、これによって音楽の楽しみ方が大きく変わった気がしています。
数あるアーティストによるプレイリストの中で、私が最もお世話になっているものの一つがFour Tetによるもの。
Four Tetはイギリスのミュージシャン、キーラン・ヘブデンが1998年に始めたソロ・プロジェクトで、音楽のジャンルとしてはエレクトロニカやIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)に分類され、「フォークトロニカの先駆者」などと言われたりもしています。
彼の音楽はなんと言いますか魅力的で、さまざまな要素が入り混じり、実験的でありながら一曲一曲の特徴がはっきりとしていて…、とにかく大好きです(説明放棄)。中毒性があると言ったらいいのか、私もあるときFour Tetしか聴いていない時期がありました。
リミックスも多数おこなっているほか、 「⣎⡇ꉺლ༽இ* ̛)ྀ◞ ༎ຶ ༽ৣৢ؞ৢ؞ؖ ꉺლ」「△▃△▓」「00110100 0101010」といった謎の別名義でトラックを発表しているので、ご興味のある方はぜひFour Tet沼にお越しください。
Four Tet自身の音楽についてはこのくらいにして、彼の公開しているプレイリストは2020年9月22日現在、1,401曲(119時間48分)。先ほどプレイリストにも色々な形があると言いましたが、Four Tetは一つのプレイリストにどんどん曲を追加していくスタイル。おそらくですが、一度追加した曲は削除しないし曲順も変えないようです。
内容はエレクトロニカ系の曲はもちろん、ジャズやヒップホップやロック、彼のルーツでもあるアフリカやインドの音楽など。あの名トラックの数々には、こんなに幅広い下支えがあったんだということに圧倒されてしまいます。
このプレイリストのおかげでDorothy Ashby(アメリカのジャズハープ奏者・作曲者)やQuarteto Em Cy(ブラジルのボサノヴァコーラス・グループ)など、たくさんのアーティストを知りましたし、何よりもたった一人・たった一つのプレイリストとの出会いで、まだこんなにも知らない音楽と出会えるんだという希望をもらいました。
こうして日々、プレイリストのチェックをしていると思い出すことがあります。誰しも一度は経験したことがあるかと思いますが、好きな曲を集めたCD(古くはカセットテープ)を作って、人に贈るということ。オムニバスCD、コンピレーションCDなどいろいろな言い方がありますが、ここではCDの場合でも「ミックステープ」と呼ぶことにしましょう。
*ヒップホップにおけるミックステープ、いわゆる「ミクステ」カルチャーとは別物です。
ミックステープはレコードから個人でカセットテープにコピーができるようになった頃に生まれた文化ですが、元々は特に好きな人や気になる人に
贈ることが多かったようですね。私は小学生くらいの頃から、友人やちょっとした知り合い程度の人にもカジュアルに贈っていましたが…。
ここである1つの物語を紹介したいと思います。
1995年に発表されたニック・ホーンビィの小説『ハイ・フィデリティ』。2000年にジョン・キューザック主演で映画化もされたベストセラーです。
ロンドン(映画版ではシカゴ)で「チャンピオンシップ・ヴァイナル」という売れない中古レコード屋を経営する、35歳・音楽フリークの主人公ロブと、冒頭で彼に別れを告げる恋人のローラを中心に、2人の周囲の人々を巻き込んで音楽の小ネタとともに展開するストーリー。
タイトルは”High Fidelity”、いわゆる”hi-fi(ハイファイ)”のことですね。
このお話、90年代の音楽ネタが満載なので、「わかるー!」とニヤニヤしてしまうシーンが多いのですが、登場する音楽を知らなくてもコレクター気質があったり、何かをマニアックに好きだったりする方は共感できると思います。
例えば失恋した日に家にあるレコードをアルファベット順から「買った順(思い出順)」に並べ替えたり、週3日で雇ったはずのレコード屋のアルバイト(同じく音楽フリーク)が、気づいたら毎日来るようになっていたり、何でもかんでも「無人島に持って行くなら」ベスト5でランキング化したり…。
↓映画版でジャック・ブラック演じるアルバイトのバリーが、スティーヴィー・ワンダーのヒット曲を探しに来た客を思いっきりディスるシーン…。このバリーというキャラクター、「マニアの悪いところ」を体現するような非常に重要な存在だと思います。
これは、全編にわたってミックステープのお話でもあります。主人公のロブは恋人や気になる女の子にしょっちゅうミックステープを作っているのですが、物語序盤でミックステープについての印象的な言葉があります。
何時間もかけてテープを作った。ぼくにとってオムニバス・テープを作るのは、手紙を書くのと同じだ。録音したものを消去したり、考えなおしたり、また最初から作りなおしたりする。(中略)おなじアーティストの曲を二曲続けてもいけない。あえてそれをやるなら、全体をそういう構成にするべきだ。それから……ああ、ルールなら、無数に存在する。
誰かが作ったミックステープやプレイリストから、なぜこんなにもその人の個性を感じるのか、ずっと不思議に思っていました。曲を並べているだけなのに、まるでその人がその曲を作ったのかと思うくらいに、その人自身を表現している時がある。
ミックステープが「手紙」だというロブの言葉に、深く納得しました。人は”知っている曲”という言葉を使って、「私はこういう人間です」「あなたのことが好きです」「このことについては、こう考えています」「いまこんな気分です」という内容の手紙を書いている。
そして未知の音楽を知ることは、自分の中の言葉、ボキャブラリーを増やすことなのではないでしょうか。
ミックステープがプレイリストになり、音楽で書いた手紙が一人の人だけではなく見知らぬたくさんの人にも読んでもらえるようになりました。好きなアーティストの心の一端を読む・受け取ることができるのはとても幸せなことだし、手紙の内容が理解できるように努力することもできます。
一方で、あらゆるものがシェアされる今だからこそ、ごく個人的な一対一のミックステープや、自分だけに向けた日記のようなプレイリストも大切なのではないかと思います。
これからの秋の夜長、「いまの気分」を綴ったミックステープを作ってみるのも良いかもしれませんね。ロブのようにこだわりすぎて寝不足にならないように気をつけて…。
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