中学二年生の吉田さん | 封印されし闇の力は危険です(1175文字)
この春から中学生になると、
世界がいっぺんに変わってしまった。
学校や登校までの道のりも変わった。
知らない同級生もたくさん増えた。
仲良しの田中くんが一緒じゃなかったら、
自分はまるで記憶喪失になったようなものだっただろう。
何より一番びっくりした変化。
それは「先輩には敬語を使え」ということだ。
これまで小学校で6年間過ごしてきたけど、
上級生に敬語なんて使うことはなかった。
それが中学生になった途端どうだろう。
「先輩には絶対敬語」を強制されることになったのだ。
そして・・・放課後。
ぼくと田中くんは公園で横並びになり、手を後ろ手に組まされている。
ぼくらの目の前には一つ先輩の吉田さんがいた。
100均で買った片方の目がばねで飛び出しているホラーマスクに、
おもちゃの柔らかいピンクの刀を握り、
まるで居合切りの達人のように身構えた
中学二年生の吉田さんが、低い声で話し始めた。
「皆の者、我を崇めよ…」
・・・低い声を意識しているんだろうとは思うけど、
全っ然声変わりしていないので、ものすごく声が高い。
だけど吉田さんは先輩だ。口答えは出来ない。
「は、ははぁっ!」
ぼくと田中くんは手を後ろに組んだまま、
虚空を眺めて大きな声で答えた。
吉田さんはおもむろに刀を高く掲げ、
空に小さな丸を描くように一回転動かすと、
「ヤーッ!」
と叫んで、刀を思いっきり地面に突き刺した。
刀はぐにゃっと曲がり、吉田さんが態勢を崩してよろめいた。
「・・・」
ぼくと田中くんは目を見合わせる。
おそらく、笑ってはいけない・・・と思う。
「我が名はヨッシダー…オレンジ色に染まる空に唐突に生まれた亀裂の境目から産み堕とされ、水と新緑に彩られた生命の惑星に浮かび上がる深紅の音符が踊るこの地上に注ぎ込まれた聖なる魂・・・」
「…」
ぼくと田中くんは目を合わせる。
一体どこで産まれたんだ・・・全然わからん・・・
「そこっ!返事はっ!!」
「はいっ!!」
思わず返事してしまったが、返事するタイミングだったっけ?
僕は田中くんに目で助けを求めるが、
田中くんも同じような顔で僕を見つめている。
この先輩をどう取り扱ってよいのかがわからない。
「わが聖なる魂は未知の闇の力を自らに宿した。
皆の者!見るがよい!
これが太古の古のはるか昔の古代から伝わる魔法の力だ!」
昔を表す用語を多用した吉田さんが、
鉄棒によじ登ってすっくと立ち上がり、
綱渡りの要領で棒の上を歩き出したのだ!
「吉田さん、あぶな・・・」
吉田さんは股から鉄棒に落ち、股間をしたたかに打ち付けた。
「ふぐぅ!」
吉田さんは苦しそうにしゃがみ込み、お腹を抱えて震えながら、
それでも先輩のプライドからか、
地面を転がりながら絞り出すような声で叫んだ。
「わが・・・芳醇なふた粒の葡萄が!
芳醇なふた粒の葡萄がぁー!!!!」
僕と田中くんは耐えきれず大笑いしてしまった。
おしまい
はじめまして!アルロンさんの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします!
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