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一万年後の昔話「こうたろう」 | 掌編小説
一万年後から見ると、
いま私たちが生きるこの現代で起きている出来事も、ある一つの昔話。
きっとその未来では、私たちがリアルタイムで体感していることが小さな絵本の中で語られ、子供たちの心をときめかせていることでしょう。
今からお送りするのは、一万年後に語られている一万年前の昔話…
つまり、『現代』のお話です。
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
朝早くから、おじいさんはヤマデ電機で芝刈り機を買いに、
おばあさんはカワバタカメラへ洗濯機を買いに行きました。
おばあさんが洗濯機をながめていると、
ぶりんばんばんぼん、ぶりんばんばんぼんと、
大きな大きな音が流れてきました。
電話です。
耳が少し遠いので着信音は大きくしてあります。
流行りの音楽に敏感なおばあさんが二つ折りのガラケーをパカっと開いて耳にあてましたらば、中から聞こえてきたのはそれはそれはご機嫌なおじいさんの声でした。
「いい芝刈り機を見つけたぞい」
「あら、いいですね。こちらはまだ悩んでいますよ」
おばあさんがおじいさんに洗濯機の悩みを相談すると、
お互い家電屋にいるのでちょうどよいということになり、
おじいさんもヤマデ電機で洗濯機を見てくれることになりました。
「ばあさんや、フタチの洗濯機には全自動機能がついとるぞ、どうじゃ」
「いいとは思いますが、なかなか値段がお高いですね」
おばあさんは言いました。
「じゃあこっちはどうじゃ、脱水機能がついとる」
「魅力的ではございますけど、それも少しお高いですねぇ」
おばあさんは言いました。
「じゃあ何ならよいのじゃ」
おじいさんは怒り始めました。
「予算も少ないですし、先月に電話プランを最安のものに変えたばかり。
この先お金に余裕が出るにはまだ時間がかかりますし、
今回はお安いものにしませんか」
と、おばあさんは懐事情を説明します。
「そんなせせこましい考え方だから生活が進歩せんのじゃ。
よい機械を買えば洗濯が楽になる。そこで出来た時間を使って、
別に稼ぐ方法を考えりゃいいじゃろう。頭を使え、頭を」
「なんですか、その言い方は、私だって考えております」
売り言葉に買い言葉。おばあさんも負けていません。
言い争いはますます激しくなり、おじいさんの顔はもう真っ赤っ赤。
するとどうでしょう。
真っ赤になったおじいさんの姿がみるみる膨らみ、
やがて大きな大きな赤鬼になってしまいました。
片手に持ったガラケーを振り回し、大きな声で話し続ける赤鬼。
アンテナを最大限に伸ばしているので先端がとても危ないです。
「これは大変なことになった」と店員さんは大慌て。
赤鬼の写真を撮影すると、急いでハッシュタグをつけてSNSにアップしました。
電子化された情報は日本中を駆け巡り、猛スピードで拡散されていきます。
ほど遠い穏やかな田舎から、それを見て立ち上がる者がおりました。
その名はこうたろう。
こうたろうは部屋を飛び出すと、両親に向かって高らかに宣言しました。
「私が鬼を退治してきます!」
「こうたろう、これを持っておいき」
旅の途中にスマホの電源が切れてしまうことを心配した両親が、バッテリーをたくさん持たせてくれました。
「重たいな!」
こうたろうはたくさんのバッテリーを腰に装着し、重量感のある体で歩き始めました。
道の途中、歌声が聞こえてきました。
見るとイヌがマイク片手に歌を披露しています。
マイクとスマホをBluetoothで接続しているようですが、
なぜだかイヌは困っているようです。
「イヌくん、何かお困りかい?」
「こうたろうさん、こうたろうさん。
そのお腰につけたバッテリー、おひとつ私に頂けないでしょうか。
マイクの電源が切れて歌えなくなりそうです。
頂けましたら、お礼に鬼退治にお供します」
「いいとも、さぁ、使って」
イヌが仲間になりました。
イヌを連れたこうたろうがしばらく歩いていると、
下を向いて歩いていたサルとぶつかりました。
「サルくん、歩きスマホはやめたまえ」
「すみません、配信に夢中で気が付きませんでした。
こうたろうさん、そのお腰につけたバッテリー、
おひとつ私にも頂けないでしょうか。
実は私のスマホの電池の残量がござらんのです。
配信って、電池食いますよね」
「知らんけど。さぁ、使って」
サルが仲間になりました。
また歩いていると、道路脇に眼鏡をかけたキジがおりました。
パソコンの画面とにらめっこしながらウンウン悩んでいます。
「どうしたの?キジくん」
「私は新聞記者です。記事を書いているのですがいい案が浮かばなくて」
「キジが記事を!?」
「そうなんです、最近は生成AIを活用して記事を書くのですが、
なかなか思うような回答が得られず、
悩んでいる内にパソコンのバッテリーが切れて困っていたのです。
おや?そのお腰についているのはもしやバッテリーですか?
よろしければ、おひとつ私に頂けませんか」
「いいとも、さぁ、使って」
キジが仲間になりました。
サル・イヌ・キジを連れたこうたろうは、
いよいよ家電屋さんに到着しました。
「わしに指図するなぁ~!」
到着するやいなや、こうたろうの目の前をアンテナがかすめました。
大きな声で叫びながらガラケーを振り回す赤鬼。
これは一刻も早く町の平和を取り戻さなくてはなりません。
まずイヌが赤鬼の前に立ちました。
赤鬼をひるませようと自慢の声でワンワンと鳴きますが、
赤鬼も電話をしながら大きな声で話しているので焼け石に水。
やがてイヌは声が枯れてしまいました。
次はサルの出番です。サルは果敢に赤鬼に向かっていきましたが、
赤鬼の振り回したアンテナが頭にぶつかりケガをしてしまいました。
「いたた…もう僕はダメかもしれない」
そう言いながら、サルはスマホ片手に自撮りを始め、
ケガをした姿でライブ配信を始めてしまいました。
サルはインフルエンサーなので配信が最優先です。
「私に任せてください!」キジが言いました。
キジは羽ばたきながらパソコンを開くと生成AIに尋ねました。
『赤鬼になったおじいさんを退治する方法を教えて』
生成AIが答えました。
【鬼を退治する方法はいくつかございます。
しかし、赤鬼の元の姿は罪のないおじいさんです。
退治という名目で危害を加えることは、モラルや法律など様々な観点から推奨されておりません。安全な方法のご検討をお願いいたします】
「確かにそうだ…そうなんだけどさ…」
まだまだ発展途上の生成AIに言いくるめられ、
キジはうなだれてしまいました。
イヌもサルもキジもくたびれてしまいました。
振り回されたガラケーのアンテナを、
こうたろうはギリギリでかわし続けます。
「こうたろうさん!このままでは負けてしまいます!」
みんなが叫びました。
「考えるんだ。きっと突破口がある。
鬼を傷つけることなくこの町を救う方法がきっとあるはず」
こうたろうは店内を見渡しました。
家電屋さんにはたくさんの電化製品が並んでいます。
その時、頭の中にぼんやりとイヌを仲間にした時の映像が浮かんできました。
「これだ!」
こうたろうはひらめきました。
「みんな!音響コーナーに置いてあるスピーカーの電源を片っ端から入れていってくれるかい?大急ぎでお願いするよ!」
家電屋の店員さんも加わり、全員で店内を駆け巡ります。
そして全てのスピーカーの電源が入りました。
「全部つけましたよ、こうたろうさん」
「ありがとう!おかげで道が開けたよ」
こうたろうはスマホを取り出しました。
画面を見ると、スマホの電池残量はもう残りわずか。
(お父さん、お母さん、ありがとう)
こうたろうは、両親が持たせてくれた最後のバッテリーをスマホにしっかりと取り付けました。ほわっと光が点り、スマホが息を吹き返します。
こうたろうはスマホのBluetooth機能をONにすると、
それを店中のスピーカーに接続していきました。
そしてミュージックアプリを起動し、音量を最大値まで上げたこうたろうは、一覧から一つの曲を選んで再生ボタンを押しました。
「サブスクリプション契約だからどんな曲だってあるぞ!これでどうだ!」
たくさんのスピーカーから大音量で流れてきたその曲が聞こえるやいなや、
赤鬼は動きを止めてその雄大な音楽に耳を澄まし、やがて首を傾げました。
「…おや、店じまいかね?」
そうです。こうたろうが流した音楽は、
閉店の際に流れるおなじみの楽曲、
【蛍の光】だったのです。
「こんな時間になっていたとは…気がつかなんじゃ。
そうか、閉店の時間なのじゃな」
すると大きな赤鬼の姿がみるみるしぼんでいき、
元のおじいさんの姿に戻りました。
「なんだかどっと疲れたわい。ばぁさんや、今日は洗濯機は諦めよう」
「そうですね、またじっくり考えましょう」
購入をあきらめ電話を切ったおじいさんとおばあさん。
「すごい長電話でしたね」とイヌが言います。
「ガラケーのバッテリーの持ちは本当にすごいよ。
こればっかりはどれだけ最先端のスマホでも敵わないだろうね」
とこうたろう。
仲直りしたおじいさんとおばあさんの様子を見つめた後、
こうたろうとイヌとサルとキジは顔を見合わます。
少し静かな間をおいて、誰かがふふっと吹き出すと、みんなつられて笑い出しました。笑いながら、自然に近づいていきます。
みんなは円陣を組んで一つになった後、
空に向かって高らかな声で一斉に叫びました。
「これにて、一件落着!!」
店内から惜しみない拍手と止めどない歓声が巻き起こりました。
イヌの華麗な歌声がムードを盛り上げ、
サルがこうたろう達の雄姿をライブ配信しています。
生成AIに頼ることなく自らの経験を元に書いたキジの記事も、
その後絶賛されることになりました。
こうたろうたちは家電屋さんからたいへん感謝され、
たくさんのほうびを受け取りました。
また、この日は大切な記念日となり、毎年同日になると「買うたろう祭」と呼ばれる大安売りのイベントが開催されるようになりました。
そして、町は平和を取り戻したのです。
・・・
一か月後。
おじいさんとおばあさんはSNSをやらないので、
あの日の騒ぎのことは知りません。
情報と共存する幸せもあれば、
情報と距離を置く幸せもまたそこにあります。
二人は静かに幸せに暮らしていました。
「…おや、手紙がきているぞい」
ポストに入っていた封筒を開封して、
おじいさんは「あっ!」と声を上げました。
中に入っていたのは携帯電話の請求書。
契約プランを変更し、かけ放題が先月でなくなってしまったため、
家電屋で話していた際の電話料金が2万円を超えていたのです。
「しまったぁ。こんなことなら早く洗濯機を買っておけばよかったぁ」
おじいさんとおばあさんは頭を抱えてしまいました。
それからは、夢中になりすぎて大事なことを忘れてしまうのを、
「かでんやのながでんわ」と呼ぶことになった、ということです。
おしまい
あとがき
坊っちゃん文学賞に応募した作品。落選こそしましたが、
悔いはなく、私が今書ける全ての情熱を注ぎ込んだ渾身の作品です。
奇想天外、はちゃめちゃな物語をお楽しみ頂けたのであれば幸いです😊
【この物語を思いついた経緯】
子どもの寝かしつけの際に、
絵本ではなく「手の絵本」を読んでいたことがきっかけです。
「手の絵本」は、本を持たずに、手だけを暗闇に掲げ、
その場で創作した話を読み聞かせるという不思議な世界。
何も考えずに、その場の勢いで、
心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく読み進めていくので、
いつもわけのわからない作品が出来上がります。
(子どもから「意味わかんない!」と総ツッコミを受けることもしばしば)
だけどそれを結構気に入ってくれてて、
夜寝る前に子どもから「手の絵本読んで!」と言われると、
嬉しいようなめんどくさい様な変な気持ちになります。笑
ある日の「手の絵本」の読み聞かせ時、
桃太郎の話を読むと見せかけて、川の上から「ぶりんばんばんぼん」と
Creepy Nuts の二人が歌いながら流れて来る物語を読みました。
「我ながらくだらないなぁ」と思った先に、
この風呂敷を思いっきり広げたらどんなお話になるんだろうと、
子どもが寝静まった後に一人書き始め、この作品が完成しました。
【おわび】
最終審査通過作品発表後、
修正、加筆を行った結果4,000文字をはるかに超えてしまいました。
いつも410字のショートショート専門でしたので、
いきなり長い話になってしまってすみません!
【おわりに】
いいね、コメント大歓迎です!
普段は欲張りませんが、今回はちょっとだけ欲しがらせてください✨
ものを作る楽しさ
応募する瞬間の胸の高鳴り
結果が発表されるまでの緊張感
発表された後の寂寞感
賞レースには計り知れない魅力が詰まっていると感じます。
(すごい人は寂寞感ではなく達成感・安堵感なのかもしれませんね)
自分の能力をこれから更に向上させて、この先もお読み頂いた皆さまに一つの光を注ぎ込めるような、そんな作品をこれからも作っていきたいと思います。
百折不撓。
次は何を書こうかな。