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「飽きっぽい」を事実と捉えるか、欠点と捉えるか

私は、一つのことにワーッと一定期間夢中になったあと、急に気持ちがスン、と離れてしまうことがある。
そんな私に向かって夫が「飽きっぽいよね」と言った。

「どうして人のこと悪く言うの? 自分だってそうでしょ?」
ムキーッと反応をする私。

夫「え、欠点を指摘したわけじゃないよ、事実を言っただけだよ」

え、そうだったの?

「飽きっぽい」とは、事実なのだろうか。
でも、「飽きっぽい」と言われていい気分にはならない。どちらかというとネガティブな感情になる。

それだけではない。
なぜか私は夫に言われることをネガティブに受け取って責められているように感じ、強い口調で反論する。
なぜか夫には負けたくない精神が出てしまう。

でも、私は人を見ているのだ。
強く言える人にしか言わない。
夫が身内だからといって甘えているのだ。
夫もそれを知っていて、「俺と母親ぐらいにしか強く言えないよね」と常々言ってくる。それがまたモヤモヤする。

それは絶対に壊れないという信頼関係のうえに成り立っているのではないか。
きつい口調で言ってしまってごめん。

なんで夫から言われると責められているように感じてしまうのか。
私は私のままでよいと、受け入れられている感じはあるのに。

きっと私の心の癖のせいだろう。
自己肯定感が低いために、自分を守ろうと夫の言葉にいちいち反応しているのかもしれない。

そんなに深い意味で言ってない夫に、敏感に反応する癖をどうにかしたい。

まだまだ心の修業が足りない私だ。



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