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【ショート・ショート】間違って届けられた本(1585文字)

自宅の郵便ポストを開けると
中には見慣れた小包が入っていた。
大手通販サイトAの小包だ。

その他にはピザ屋のチラシとダイレクトメールが1通。
それらをポストから取り出すと、また自室へと戻った。

そして真っ先に小包の封を開けた。
昨日、ミステリー小説を注文し、今日届くことになっていたのだ。
お気に入りの作家の新作ミステリー小説である。

ところがである。
小包に入っていたのはミステリー小説ではなく、
1冊の詩集だった。

その詩集には、コーヒーの美しい挿絵とともに、
意味ありげな詩が書かれていた。

・1月
 寒く、凍える日。
 熱く、濃いコーヒーがあなたを温める。
 あなたはただ、そのコーヒーを味わえばいい。

・2月
 寒さは続く。
 ミルクや砂糖を多めに入れてみるのもいいだろう。
 あなたにも多少の変化は必要なのだから。

・3月
 温かな日差し。
 コーヒーの種類を変えたのだろうか?
 私は何も言えない。選択肢はあなたにあるのだから。
 
・4月
 桜は咲き、そして散る。
 新しいコーヒーの味はどうですか?
 あなたは選択したのですね。

・5月
 少し汗ばむ日。
 ホットコーヒーだけでなく、アイスコーヒーも飲むのですね?
 あなたは1月の寒さを覚えていますか?

奇妙なことに、詩集の6月から12月までは白紙だった。
そして本にはタイトルも著者名も出版社名も書かれていない。

一体どういうことだろう。
注文した本ではなく、まったく異なる本が入っていた。
それも謎めいた本だ。
不思議に思って、しばらく考えていると、
背後に人の気配を感じた。

振り返ったときには遅かった。
まず腹部に鈍い痛みを感じた。
そのあと、何度も痛みが襲ってきて、
それから徐々に意識が遠のいていった。

目の前にいたのは、誰だかわからない。
血まみれの包丁を持って悲しそうに私を見つめていた。
たまに立ち寄るコーヒーショップで見かけた気がする。

気づくと私は知らない部屋にいた。

「目を覚まされたようです」
「大丈夫ですか?」
「どこか痛いところはないですか?」
周囲には医師と看護師たちがいる。

まず初めに、ここは病院で、私は担ぎ込まれたのだと思った。

「私は腹を刺されて、この病院に担ぎ込まれたのでしょうか?」
医師に尋ねると、医師は不思議にそうな表情をして答えた。

「いいえ。違います。
 あなたは職場で仕事中に倒れ、この病院に運ばれました。
 6月のことです。
 それから約半年間、あなたは意識不明でした。
 今は、年が明けて2025年の1月です。」

「そんな、まさか!?私は腹を刃物で刺されて・・・。」

「では、ご自身の体を見てみてください。傷はありますか?」

自分の体を確認したが、医師の言う通り、傷もなければ、痛みもなかった。

「きっと今は記憶が混濁しているだけです。よくあることですよ。
 徐々に記憶が整理されるはずです。
 ところで、今ちょうど面会の方がいらっしゃってますよ。
 お会いになられますか?」

「面会?私の家族でしょうか?」

「私はてっきりご家族の方かと。
 意識がなかった半年間、毎日来られていたので。」

「では会います。家族と話をしたいです。」

病室に入ってきた相手は、私の家族ではなかった。
不思議に思い、
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
と私は尋ねた。

すると相手は微笑んで答えた。
「私はあなたのフィアンセです。
 去年の1月を覚えていますか?
 寒くて凍える日。あなたを温めたコーヒーのことを。
 あなたは幸運にも目を覚ましました。
 そして今、また1月です。
 きっとまた私が必要になると思いますよ。
 でも、忘れないでください。幸運が2度は続かないと。」

それを聞いて、私は意識が遠のいていった。
きっとまだ頭が混乱しているのだろう・・・。

その時、腹部に鈍い痛みを感じた。
でも、もう気にしないことにした。
今はゆっくり眠りたい。
そして目覚めることがあったら、
熱くて濃いエスプレッソコーヒーを飲みたいと思った。


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お疲れカツカレー
私はコーヒー星から来たコーヒー星人です。チップは私のコーヒー代に変換され、さらには、やがて、新しい記事を書く活力に変換されることでしょう。「それでもよい」という粋で酔狂な方、お待ちしております。