月下の歩哨/暗い、cry、位
月下の歩哨
歩く 歩く 歩く
この荒野をどれほど歩いたか、もはや自分でも分からない
ただひたすらに、脚を動かすだけである
歩く 歩く 歩く
右手と右肩に載りかかる銃は敵を倒すためのモノであったが
もはやこの荒野において、敵は歩みを止めぬ己自身しか居ないことを知る
歩く 歩く 歩く
外套の下に隠れたロケットペンダントの写真は劣化が進んでいた
辛うじて分かるのは
椅子に座る女性と、傍らに立つ男がいるらしいということであった
歩く 歩く 振り向く
ただ薄暗い闇のみが、そこにある
向き直る 歩く 歩く
頭上で輝く月のみが、男にとっては道しるべであった
暗い、cry、位
「もうこの真っ暗な空間に一一日と一時間一一分もいるかと思うと、気が可笑しくなりそうだ」
男が目を覚ました時には、一筋の光も差さない無い空間にただ一人立っていた。
すぐそこにあるであろう自分の手や体も、目では認識できないのである。
だが、自分の頬や足がある場所に一つずつ手を当てると確かな感触はあるので体が欠けているなんて事は無いようである。(ただし、体自体に外傷を負わされているかどうかは判別のしようがない)
「しかし、どうして私が一人だけでこの空間にいるのか全く見当がつかない。
平凡な一日の始まりである朝を迎え、職場に一番に乗り込み仕事を始め、一言上司に小言を言われながらも仕事を終えて、一杯ひっかけてから家に帰って眠った筈なのに」
男の独り言は、ただ男の耳のある場所にだけ届き
後は黒一色の世界に意識を戻すだけである
「もし元の世界に戻れる可能性1%でもがあるなら、この黒い世界を歩き回り、その解決法を探すべきだ」
そんなことはこの世界に来て一番最初に考えたことだ
「だから、どうすれば戻れるか、何が原因なのか
これらを見つけ出す第一歩を踏み出すべきなんだ。暗闇に放り出された人間が人類史に載るような記念すべき一歩を」
それは最後に自分に言い聞かせた一番もっともらしい言い訳であった
男はまた一日を暗闇の中で生きる
しかしそれは、誰一人として知ることのない話である。