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不惑のnoteの心境

「老にして学べば、即ち死して朽ちず」
という言葉が佐藤一斎の「言志四録」にありますが…。

私は、一つとして一芸に秀でたことがありません。
行ってみれば、こなしている習慣(歩く、書く、読む)なども結局は自分を慰めている自己満足かもしれません。

他の方の記事で
「私にとってのnoteは〜〜である」などのタイトルをよく見ます。
そんな文章をみると羨ましくなります。
昔から「私にとっての〜〜」は私には全くありませんでした。
何事も中途半端で終わっていたからです。

よく物事の成功の秘訣は?という答えに
「継続」が挙げられます。
あれもこれもと望む欲の深い私には
一つに決めての「継続」ができません。

それでも最近はnoteに出会いました。
思いをnoteに書いていると頭が整理できますし
書くこと自体も少しずつ楽しくなってきました。
これもひとえに読んでくださる他のクリエーターの方々のお陰様です。
(スキにこだわるのは避けたいのですが)スキをいただくのも励みになります。
本当にありがとうございます。

少し話は変わりますがアドラー心理学のアドラーは目的論を唱えました。

心配事があってもその原因を探すのではなく人が生きたりすること自体に目的を持っているという見方のスタンスをアドラーは提唱したのです。

大ベストセラーになった
「嫌われる勇気」には

自分の悩みの原因に捉われることなく
目的論に則って自由を生きるために
周囲に「嫌われてもいい勇気」を持つことを
のべらています。


私も「本当の自由というのは嫌われる勇気を持つこと」であるところは繰り返し読んでいました。

人はどうしても他人はどうしているかを
気にしてしまい、みんなに合わせてしまいがちになります。心理学で言えば「同調圧力」です。

先にも述べた若い方々の記事はやる気に溢れていてとても眩しく感じます。
この年でもモラトリアムの様な私は恥ずかしい限りです。
(と言いつつnoteに書いている・・・。)
まさに四十の手習です。
書いていても、なんでこんなこと書いているのか不思議になってしまいます。
戸惑っていながら書く時もあります。


思案に暮れるとよ歩く川縁

世の中には、ネットの世界やテレビでもたくさんのいろいろな人の欲望を喚起する情報がたくさんありますね。

私もそれらの情報に惑わされた一人ですが
限られた時間で全てを行うのは不可能です。

いろいろ書きましたが
「不惑」の年に当たる私はこのように
複雑な気持ちでnoteを書いています。

なんだかまとまりない文章。最後まで読んで下さり本当にありがとうございます。
また次の記事でお会いしましょう。

おわり

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